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21.思い思われて

c.

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「本当ですか?もう冷めちゃったんですか?」

あの日のことを、言えるわけがない。
未央の顔が見れない。
何もかも悟られてしまいそうだ。

「本当に何もないって。何かおかしかった?」

真春はバクバクする心臓のせいで声が震えないようにするのに必死だった。

あの夜はただ、気分が高揚していただけだ。
もう、あんなことはしちゃいけないし、きっともうすることもないだろう。

しかしそう思う一方で、こんなに香枝を意識し、触れたいと思ってしまう自分がいる。
自分で自分がよく分からなくなる。

未央にはこれ以上相談しても、迷惑でしかないだろうな。
応援してくれると言っていたが、やっぱりこんな感情はいけないことだと真春の心は中途半端なところで揺らいでいた。

「香枝と全然話してないと思ったら普通に戻ってるし。むしろ前よりも仲良さげだし。だから何かあったのかなーと思って」

「気のせいじゃない?まぁ…好きは好きだけど、友達としてね」

「でも香枝、半分本気っぽいですよね」

「え」

真春は耳を疑った。
香枝があの日のことを未央に言ってしまったのだろうか。

「そんなわけないでしょ」

未央は「そうですか」と心なしか余裕のあるような笑顔で真春に笑いかけた。
真春は、下手くそな引きつった笑い声を返すので精一杯だった。

「ただいまー!」

香枝が戻ってきた。
複雑な気分になる。

出航を告げるベルが鳴り、ゆっくりゆっくり船が動き出した。

冷たい風と太陽の日差しが絶妙だ。
風を感じながら、船から見える景色を眺める。

「すごーい!山がくっきり見えるー!」

香枝が眩しそうな顔をしてこちらを向いた。
風に靡いた栗色の髪の毛が顔を覆っている。

てっぺんに昇りつめた太陽が、子供のようにキャッキャとはしゃぐ香枝の顔を照らす。

スピーカーから景色を説明する声が流れていたが、真春の耳にはこれっぽっちも入って来なかった。

未央に言われたことが、頭の中をぐるぐると駆け巡っている。

どういうことなのだろう。

そんなことばかりを考えているうちにクルージングが終わり、船を降りると足元がやけにぐらついていることに気付いた。

途端に猛烈な吐き気に襲われ、真春はおぼつかない足取りで俯いた。

「えっ?真春さん大丈夫ですか?!」

真春の異変に気付いた香枝が肩に腕を回して身体を支えた。

「気持ち悪い…」

「大丈夫ですか?船酔い?」

「ごめん…」

「未央、水持ってる?」

「持ってない!買ってくる!」

未央はバタバタと走って自動販売機を探しに向かった。

「もー、船酔いするなんて。大丈夫ですかー?」

香枝は困ったように笑いながら真春の背中をさすった。
自分で湖のクルージングが楽しそうだと提案しておいて、情けない。

「ほんと…ごめんね。まさか船酔いするとは思わなかった…」

香枝にさすられることで、真春の心臓はまたバクバクし、同時に吐き気も増した。

「お水買ってきましたよー!真春さん、飲んで」

未央がペットボトルの蓋を開けて真春に水を差し出す。

「ありがと…」

ペットボトルを受け取り、水を一口飲んで深呼吸すると、いくらか楽になった。

ぼーっとしたり船酔いしたり、自分は何をやっているんだ、と真春は心の中でため息をついた。

しばらくして真春の体調が落ち着いた頃、再び未央を先頭に歩き出した。
山道のハイキングコースのような所があったので、景色を楽しみながらそのコースを歩くことにした。

「真春さん、大丈夫ですか?」

「うん、もう全然大丈夫!超元気!」

真春はそう言って山道の所々に残っている雪を丸めて未央に投げた。

「ぎゃー!濡れた!真春さん一生船酔いしててください」

雪を払い落とす未央を見て香枝がケラケラ笑う。
そこから雪合戦が始まり、歩きながら雪を投げ合い、気付いた頃には服が半分濡れてしまっていた。



時間も忘れて止まらない女子トークを繰り広げながらハイキングコースを歩いていると、辺りは少し薄暗くなってきていた。

「お腹すいたー」という香枝の一言で、 朝、パン屋さんでパンを食べたっきり、何も口にしてないことに気付いた。

「暗くなってきたし、そろそろ旅館に向かおっか」

地図によると、大分ハイキングコースを歩いて来てしまったために、旅館に向かうバスのバス停から遠ざかってしまったようだった。

「とりあえず道路に出ますか」

未央の意見に従い、道路に出て20分ほど歩く。
なんだか急に疲れがどっと押し寄せてきた。
3人とも空腹と疲労で終始無言だった。

やっと着いたバス停の時刻表を見ると、1時間に1本というなかなかシビアな時刻表だったが、奇跡的に10分後のバスに乗ることができた。

バスに揺られること15分、目的のバス停に着き、降りて2分ほど歩いたところに今夜泊まる旅館を発見した。

チェックインを済ませて部屋に入ると、3人は同時に畳に倒れ込んだ。

「畳のいいにおい!てか疲れたー」

「お腹すいたよー」

真春の隣に寝そべった香枝がため息混じりに言った。

「夕飯までまだ時間あるんで、先にお風呂入りますか?」

未央が天井を見ながら言った。

「そうするかー」

真春はそう言いながらゴロンと寝返りをうった。

「やる気ないじゃないですか真春さん」

起き上がった未央は「じゃんけんで順番決めましょ」と真春の腕を引っ張った。
疲労困憊の気怠い身体を起こし、お風呂じゃんけんをする。

「一番風呂いただきー!」

じゃんけんに勝った真春は着替えを持って脱衣所に入った。

服を脱いで脱衣所の扉を開けると、ひんやりとした空気の中に漂う温泉の匂いと熱気に包み込まれた。

一通り洗った後、熱い温泉の中に体を沈めた。
今日の疲れが癒される。

宿泊先をこの旅館にしたのは、部屋に露天風呂があるからだった。
なかなかリーズナブルなお値段だったのにここまでとは、正直驚きだった。

顔は外気で冷たく、身体はお湯の温度が高くて熱いその差が気持ち良くて、ついウトウトしてしまう。

何分くらい浸かっていたのだろうか。
熱過ぎて頭がグラグラする。

真春はよろめきながら、脱衣所まで戻って浴衣に着替えた。
鏡で見た自分の顔は、今までにないくらい真っ赤で茹でダコのようだった。

「お待たせー。長くなっちゃってごめ…」

目の前が真っ暗になり、頭に鈍痛が走る。

「えっ?!真春さーん!」

香枝の声が遠くで聞こえたような気がした。
頭が上手く回らない。





「大丈夫ですかっ?!」

今度はペチペチと頬を叩かれた。
ゆっくりと目を開けると目の前に香枝の顔があり、真春はびっくりして飛び起きた。

「あっ…ごめん」

「今日の真春さん、弱っちいですね」

香枝はケラケラ笑った。

「温泉に浸かりすぎて倒れるって何事ですか」

香枝は「まだ横になってた方がいいんじゃないですか?」と真春を優しく寝かせ、額に冷たいタオルを乗せた。

「頭ぶつけてたけど、大丈夫ですか?」

「言われてみれば、なんか痛いかも」

真春は額の上の方をさすりながら言った。
すると、何の前触れもなく香枝のひんやりとした両手が真春の頬を包んだ。

「顔真っ赤。寝ちゃったんですか?」

「うん、ちょっと…」

香枝の顔がすぐ近くにあり、冷静さを失いそうになる。
しばらく香枝は真春を見つめ、恥ずかしそうに、そしてどことなく寂しそうにはにかむと「すみません」と一言言って手を離した。

未央の「香枝、半分本気っぽいですよね」という言葉が頭の中でこだました。

「なんで謝るの?」

「なんでもないです。…すみません」

今度はちゃんとした笑顔を向ける香枝。

「そう…。あ、未央は?お風呂行った?」

「はい。もうそろそろ出てくると思いますよ」

そう言った矢先、脱衣所の扉が開いて未央がタオルで頭を拭きながら出てきた。

「あ!真春さん大丈夫でしたー?もうビックリしましたよ」

未央は顔面の筋肉をこれでもかというように崩した笑顔を見せた。

「ほんとごめん。ウトウトしちゃって」

「最初は焦りましたけどね!でも、なんともなくてよかったよかった。あ、香枝。お風呂どうぞー」

「はーい!いってきまーす!楽しみー」

香枝は嬉しそうに脱衣所の扉を開けて入って行った。
しばらくしてから、ガチャッと外へ繋がる扉が閉まる音がした。

「さっきの続きですけど」

濡れた髪をタオルで拭きながら未央は言った。

「続き?」

真春の頭はぼーっとしていたが、平然を装った声を振り絞った。

「香枝のことですよ。しつこいかもしれないですけど」

「だからもういいって」

「じゃあ言わせてもらってもいいですか?」

「なに…」

「さっき、半分本気って言ったけど、あれ、嘘です」

「嘘?なに?どういうこと?」

真春は起き上がって、大声を出してしまったので両手で口を覆った。

嘘ということは、香枝の気持ちは自分には向いていないということなのだろうか。
だとしたら、あのスキンシップは何なのだろうか。

訳がわからない。

「香枝も真春さんのこと、ちゃんと好きってことですよ」

「え。え、なに…どういうこと?」

ますます混乱する。

何故未央がそんなこと言うのかよく分からなかった。
ただの勝手な予想なのか。

「香枝本人から聞いたんですよ」

真春がポカンと口を開けて言葉を失っているのを見て、未央はニヤニヤしながら続けた。

「実はずっと、相談されてました」

未央にそんなこと言っていたなんて思いもしなかった。
何も知らないんだと、ずっと思っていた。

もしかして香枝のことはもう友達としか思ってないなんて嘘も、香枝は知っているのだろうか。

「…へ?いつの話?」

驚きの余り、声が掠れてしまった。

「んー。真春さんに言われるよりも前ですよ。11月の半ばくらいですかね」

11月半ばといったら、ちょうど優菜とのゴタゴタがあった時期だ。

未央曰く、香枝とラストが一緒になったとき、なんの前触れもなく突然言われたとのこと。
その後に真春が香枝のことが好きだと未央に相談したので、ひどく動揺したとか。

香枝が健気でひたむきに真春を思い続けている姿を見て、応援したくなったと未央は楽しそうに話した。

「両想いじゃないですか!」

「いや、でも…付き合うとか、そんなんじゃないって思うの。ただ好きなだけというか…」

ずっとずっとそんなことばかり思っていた。

好きだからなんなの。
一体何がしたいの。
キスできればそれでいいの?
両想いだからって、何すればいいの?

何かしてもしなくても、結局自分は香枝をいつか傷付けてしまうのではないだろうか。

香枝を傷付けたくない。
悲しい顔も見たくない。
でも、そのためには何をしたらいいの?

全然分からない。

香枝は何を望んでるの?

「香枝と、あとでゆっくり話してみたらどうですか?」

未央は優しく言った。

「きっと香枝も同じ気持ちです。でもまだ何もできてないってとこなんですかね」

その言葉を聞いて、律とのことや、キスされた日のことは言っていないのだと悟った。
言えるわけないか。

「ま、それだけ考えるってことは、真春さんも香枝のこと思ってるってことですよね!まだ、ちゃんと好きでしょ?」

未央はニヤニヤした。
真春は好きと言うのが恥ずかしくて、コクリと頷いて未央の質問に答えた。

「やっと認めてくれましたねー。大丈夫ですよ、ファイト!」

両肩をポンポンと叩かれる。
やっと冷めてきた茹でダコのような顔が再び熱を帯びた気がした。
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