初めて本気で恋をしたのは、同性だった。

芝みつばち

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18.魔の手

b.

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年末に引き続き、年明けの三が日も真春はバイトに明け暮れた。
もう6日間毎日休まずこのファミレスに来ている。
連勤の最長記録かもしれない。

おまけにほとんどロングシフトのため毎晩帰宅すると母親に体調を心配されていたが、クリスマス辺りに引いていた風邪はすっかり良くなり、いつも通りの元気な身体に戻っていた。

しかし精神面は、叶うはずもない恋心のお陰でその相手に会うたびに胸が高鳴り、毎回神経がすり減るような思いに振り回されて疲弊するばかりだった。



「おっはようございまーす!」

連勤も残すところあと1日となった6連勤目の夕方、真春とさやかが夜の分のサラダバーやソースなどその他諸々の食材のストックを仕込み終えた時、裏口から大きな声が聞こえてきた。

「来た来た」

さやかは楽しそうに言うと、ホテルパンに入っているレタスを冷蔵庫にしまった。
誰の声かはすぐに分かる。

その声の主は5分も経たないうちに通路を歩いてキッチンに入ってくるなり「よろしくお願いしまーす!」と明るく言った。

「律のテンション高っ!」

さやかは律のキャラクターがお気に入りのようで、とても可愛がっていた。

シフトが被っている時は大体バイトリーダーのさやかが指導していたので、誰よりも早く距離が縮まったのだろう。

2人が話すのを横目に見ながら、真春は子供に渡すコインを取りにレジに向かった。
すると、レジには香枝がいて何やら難しい顔をして何かと戦っていた。

「どうしたの?」

「あ、真春さん。レシート無くなっちゃったんですけど、上手く替えられなくて」

「貸して」

真春は香枝から新しいレシートのロールを受け取ると、スムーズに取り付けた。

「あ、こうやるんですね!」

「やったことないの?」

「はい…実は1回もレシートの交換に当たったことなかったんですよ」

「うそっ?!でもそれ逆にすごいかも。あたしなんて当たりすぎってくらい当たるんだけど」

香枝と他愛のない会話をしていると、いきなり両肩をポンっと叩かれ「真春、おはよ!」と律が後ろから顔を覗かせてきた。

「わっ!びっくりした…てか顔近っ!」

「いいじゃん別に~」

律はそう言いながら後ろから真春に抱きついた。
香枝の前でだけは本当にやめて欲しいと心の奥底から思った。

「今日も可愛い!わたしのリトルボーイ!」

「もー、いいってそれは!ボーイじゃないから」

「なんだなんだ、照れてんの?」

「照れてない」

「真春冷たいー」

「んもー!律がそんなんだからでしょっ!」

真春が律を身体から引き離そうとしていると、香枝が「ホント、好きですね~!」と笑いながら言った。

ここ数日、律とシフトが被るといつもこの調子で絡んでくるので真春は参っていた。

自分のことがタイプだと言われてから、なんだか変な感じがして仕方ないのだ。
気のせいだろうか。

奈帆も過激な方だが律はまた違ったタイプに感じる。

「見てると癒されるんだよねー。なんかキャラクターっぽくない?」

「あははは!なんか分かるかもそれ!」

律の言葉に香枝が同調する。

その後も仕事中、2人は真春をキャラクターに例えては笑って楽しんでいた。
途中からなんだかバカにされているような気がしてきて、真春はテキトーにあしらっていた。



お正月の影響でお店は閑散としていて、バイトはラストまでのさやかを残し、22時で全員上がった。

「お先に失礼します」

デシャップを締めるさやかに声を掛ける。

「お疲れ~!あ、真春、連勤マジでお疲れ。明日で最後だね」

「本当に疲れました。って言ってもさやかさんもお正月から連勤じゃないですか」

「お正月休みは時給アップだからねー」

小さなバットに丁寧にラップをしながらさやかが言った。
さやかは何でも丁寧かつ手際が良いので、真春は彼女の仕事ぶりを尊敬していた。

みんなをまとめるのも上手いし、指示も的確だし、バイトリーダーにぴったりだ。
優菜がさやかに憧れるのも、なんだか分かる気がする。

「あ、そうだ」

「はい」

「新年会やろうと思うんだけど、いつがいいかな?」

「いいですね、やりましょ!てか忘年会の時、今度はさやかさんが次の日オープンからじゃない日にしましょうって言ってましたよね」

真春はそう言うと、ホワイトボードに貼り付けてあるシフト表をめくって確認した。
見ていくと、丁度1週間後がその日だった。

「来週なんかどうですか?」

「来週ならあたしも大丈夫!じゃあその日で」

「今日いる人にはあたしから言っておきますね」

「うん、よろしくー」

さやかは軽く返事をした後、焼き場を片付けている戸田さんに「ってことなんですけど、良いですか?」と声を投げかけた。

「雑だなぁ~。いいよ」

戸田さんの緩い返しに真春とさやかは声を上げて笑った。

お店の予約もしなくていいし、制限なく好き勝手に出来るので、ここのお店の飲み会は本当に楽だし心から楽しめる。

ただ片付けは面倒臭いが、自由のためならそれくらいへっちゃらだ。


新年会の事をみんなに伝えようと事務所に戻ると、既に高校生たちは帰ってしまっていて、香枝と律しか残っていなかった。

「あれ、みんな帰っちゃった?」

「はい、ついさっき。どうしたんですか?」

「今、さやかさんと新年会の話しててさ。来週やろうってことになったんだけど」

真春が日付を伝えると、香枝は飛び跳ねて喜んだ。

「そんなに嬉しいの?」

「だって次の日学校休みなんですもん!」

そう言えば香枝はこのところ、事あるごとにテストやら授業やらでイベントを楽しめていなかった。

「真春さんは新年会参加できるんですか?」

「うん、次の実習までほとんど休みだからね」

「それじゃあ真春さんもいっぱいお酒飲めますね!」

「香枝もやっと何も気にせず飲めるね。あー、楽しみ」

真春と香枝が話していると、椅子に座りながらスマホを眺めていた律が2人を見上げて「2人とも結構飲むの?」と言ってきた。

「飲むけどそんな強くないかな。って言いながら毎回飲み過ぎてるんだけどね」

真春が「学ばないよね」と苦笑いしながら言うと、香枝が横から口を挟んできた。

「真春さんは酔うと可愛くなるんですよー」

「ならない」

「なーる!だって前だって…」

香枝は未央と3人で飲みに行った時のことを話し始めた。

確かにあの時は酔っ払って香枝に甘えたが、よく考えたら自覚があるのはそれっきりだ。
それ以降は、特記することなど何一つないはずだ。

「もういいよ、その話は」

真春がふてくされると、律が「あ!」と思い出したように言った。

「可愛いと言えば、未央から送られて来たって言ってた真春のあの写真、めっちゃ可愛かったよねー。香枝、もう1回見せてよ」

律がニヤニヤしながら香枝を見た。

「あ、あれ?」

香枝はおずおずとスマホを操作すると、真春と律に画面を向けた。

そこには、トナカイのカチューシャをつけて可笑しなポーズをしている真春が映っていた。
クリスマス仕様で働いていた時期に未央に撮られたやつだ。

他にも、サンタの帽子バージョンもあると香枝が言った。

「なんで未央こんなの送ってんの…」

しかもよりによって香枝に。

どんな経緯でこの写真を送ることになったのか問いただしたい。
とにかく、恥ずかしくて仕方ない。

「消してよー」

「やですよ!」

「じゃああたしが消す!」

真春が香枝からスマホを奪おうとすると香枝は逃げ出した。

「ホント恥ずかしいから消して!」

「やだ、消さない!」

真春は必死になって香枝の後ろから手を伸ばしたり色々と格闘したが、スマホに指一本触れることは出来なかった。

2人の姿を見て、律が「微笑ましい」と言って手を叩いて笑った。

「真春と香枝って、仲良いよね。なんか姉妹みたい。いや、恋人っぽいかな?」

真春は律の最後の言葉に過剰に反応し、置いてあったパイプ椅子につまづいてしまった。

「わっ!」

その衝撃で香枝をロッカーに思い切り押し付けてしまった。

香枝の顔がものすごく近い。

ほんの数センチでもう肌が触れ合ってしまいそうだ。
両腕が辛うじてその数センチを触れるまいと保っていた。

一気に顔が熱くなり手汗がじわじわと滲んできた。
カシャンと物が落下したような音で真春は我に返った。

「あ…ご、ごめん!」

真春は平然を装って香枝に謝ると、床に落下したスマホを拾って香枝に渡した。

香枝の顔を直視できない。
顔が熱いのが、自分でもものすごくよく分かる。

香枝と律から見たら、多分耳まで真っ赤だと思う。

色白なので、寒い日や運動した時などは顔がすぐに真っ赤になるので昔からよくからかわれていた。

最近になってから分かったことだが、お酒を飲んだ時や恥ずかしい時もすぐに耳まで赤くなってしまうので、真春は自分のそんなところが嫌だっだ。

そしてたった今、2人きりならまだしも律にバッチリ見られていたのだ。

物事の捉え方が独特で勘のいい律のことだ。
もしかすると、自分が本気でドキドキしてしまっているのがバレているかもしれない。

「なんか今の恋愛映画みたいだったんだけど!ウケる~!」

律は楽しそうに笑っている。
何とも思っていないのだろうか。

香枝は「からかうのやめて下さいよー」と、こちらも笑っている。

真春は1人で変な気持ちになっていることに、また更に恥ずかしくなった。

「ごめんね、香枝」

「いいえ、全然大丈夫ですよ」

なんか、ひとりでバカみたい。


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