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2.決別とノーマルな関係

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ゴールデンウイークが過ぎた頃、オープニングスタッフの何人かが辞めた。
初日の研修で同じグループにいたリナもそのうちの1人。
たった2ヶ月の間に他店舗の社員とイケナイことをしたとかしないとか。
そんな噂を聞いた時真春は、あーやっぱりなぁ…と思った。

オープニングスタッフということもあって、この店のみんなはすごく仲がいい。
スタートが同じだからコミュニケーションも取りやすいし、みんな面白くていい人ばかりで、真春は毎日楽しいバイト生活を送っていた。

「真春さん、お疲れ様でしたー!」

「お疲れー」

22時になり、締め作業する真春以外のバイトの子達が上がる。

「真春さん、お先に失礼しますね。ラスト頑張ってください!」

「ありがと、頑張る。おつかれ」

香枝も今日は22時までだ。

「香枝ちゃーん!一緒に帰ろ!」

キッチンの奥にある事務所に向かおうとする香枝に小走りで近づき抱きつく、香枝より少し背の高い子。
高校3年生の賀来優菜かく ゆうなだ。
優菜と香枝はもう一番といっていいほど仲が良い。
いつもこんな感じでベタベタしている。

優菜はオープニングスタッフより1ヶ月あとに新しく入ってきたが、すぐにみんなと打ち解けた。
誰にでも笑顔で接してくれるし、明るくて話しやすい。
が、少し図々しいところがあり、既に店長の清水さんと怪しい関係と噂されるスキャンダラスな彼女をあまりよく思わない子も中にはいるみたいだが、今のところは上手くいっている。

一部では、清水さんとの関係は優菜の一方的な気持ちに過ぎないという噂だが、どこまでが本当なのかは誰も知らない。

香枝と優菜は家が近いらしく、上がる時間が同じ日はほとんど一緒に帰っているみたいだ。

「香枝ちゃん今度遊び行こーよ!優菜、行きたいとこあるんだ!」

ほんと仲良しだよなーと2人の会話を聞きながら真春は締め作業を続けた。
デシャップ台をダスターで拭き、散らかったソースのボトルを綺麗に隅に並べる。

「まはるん、ばいばーい!」

優菜がでっかい声で叫ぶ。
真春のことを"まはるん"と呼ぶのはこの店で優菜だけだ。
変なあだ名をつけられてしまった。

高2のくせに、大学3年生に向かってタメ口か!と思ったが「うん、ばいばい!」と笑顔で返事した。

「しみちゃんまたねー!」

また優菜のでっかい声。

「じゃーな」

清水さんは翌日の仕込みで忙しそうにしながらぶっきらぼうに返した。

「しみちゃんつめたーい!もういーもん!香枝ちゃん帰ろ!」

優菜は口ではそんなこと言うけど、清水さんと話せたことが嬉しいみたいで、ずっと笑顔。

「お疲れ様でーす」

香枝と優菜が帰って行く。
裏口のドアがバタンと閉まる大きな音がした。


0時。
締め作業を終えた真春はさっさと帰る準備をした。
更衣室でスウェットとパーカーに着替える。

「おい白石、もう帰んの?」

裏口から出ようとすると、まだ仕込みをしている清水さんの声がキッチンから飛んできた。

「帰りますよ、明日学校ですもん」

「えー!俺が終わるまで待ってて」

面倒臭い絡み…若い店長はこれだから嫌だ、と真春はイラッとした。

清水さんはエリア内の店長の中でも一番若い24歳。
見た目も話し方も、何もかもがチャラチャラしている。

触りすぎってくらい髪を触り、常に前髪のポジションを気にしすぎていて、事務所には清水さん専用のワックスが置かれているほどだ。
蓋にはマジックで"清水専用"と優菜の字で書かれていて2人の関係を疑いたくなるが、多分これは優菜の一方的な行いだと真春は思っていた。

「待ちません。じゃ、お疲れ様でーす」

「なんだよー。気をつけて帰れよー!」

真春は清水さんの言葉を無視して強引に帰った。
優菜は清水さんのこういう構ってちゃんなところを気に入っているのだろうか。
真春は、今の状況、優菜だったら絶対喜んで待ってただろうなと考えながら夜道を自転車で駆け抜けた。

残務をする清水さんを置いて家に帰ったあと、真春はベッドの上に体を放った。
ふとスマホに目をやると、メッセージが届いていた。

誰だろ。

メッセージを開くと、香枝からだった。
出会ったその日、香枝とは連絡先を交換していて、たまにメッセージのやりとりをすることがあった。

『真春さん!ラストお疲れ様です!今日めっちゃ混みましたね~。明日もバイト入ってますか?』

いつものような、なんてことない内容だ。

『おつかれ!今日は疲れたねー。明日もバイトだよ!』

返事を返すと、またすぐ返事が来た。
香枝とは回数は少ないものの、バイトの事だけでなく色んな話をしていた。

香枝には年上の彼氏がいること、自分と同じ血液型だと思ってたら違ったこと、学校のこと、将来のこと…。

『真春さんと同じ血液型だと思ってたー!だってめっちゃ気が合うし!』

『そんな風に思われてたんだ!』

『思ってましたよ!それと、真春さんはあたしの憧れです!なんか、いいなって思います』

いつだかにそんなやり取りをした時、香枝が自分のことをちょっと慕ってくれていると知って、一瞬胸が高鳴るのを感じた。
今夜も香枝からメッセージが来て、その時のことを思い出して、少し嬉しくなった。


翌日は、学校から帰ってきてからバイトだった。

「真春さーん!おはようございますっ!」

18時に出勤するなり、香枝が満面の笑みで飛びついてきた。

「おはよ。香枝めっちゃ元気じゃん」

「だってー、真春さんとバイト一緒なんだもん!」

嬉しいことを言ってくれる香枝に、真春は自然と笑顔になった。
いい子だなぁ。

「あ!まはるーん!おはよーぅ!」

キンキンした大声がパントリーから聞こえてくる。
今日、優菜もいたんだっけ。

「おはよ。優菜はいつもうるさいなぁ」

真春が笑いながら言うと「まはるんひどーい!優菜うるさくないもん!」と優菜は頬を膨らませて真春の肩を軽く叩いた。

香枝はいつもこの子と一緒にいて疲れないのかな、と疑問に思う。
自分にはこのテンションにずっと付き合うのは絶対に無理だ。
香枝も大変だなぁと思いながらホールに出る。

客はまばらで窓から外を見ても入店してくる気配はない。

「お客さん、来ませんね」

真春が裏に戻ると香枝がデシャップで意味もなく大葉を揃えながら言った。

「ね。ゴールデンウィークも終わっちゃったしね」

結局この日は非常に暇で、仕事にも気が入らなかった。
優菜は清水さんとキッチンで終始いちゃついていた。
と言うより、ほとんど優菜がちょっかい出してるだけだけど。

真春は香枝の隣でシルバーを拭きながら2人をぼーっと眺めていた。
清水さんも清水さんでチャラいので、まんざらでもない感じでなんだか楽しそうにしている。

しかし、当たり前だがこの会社は社員とバイトの恋愛は禁止されている。
お互いに分かっているはずだろうけど、好きになってしまったらそのお熱は完全には冷めないだろう。
むしろ、掟破りの恋で燃え上がるかもしれない。

そんな事を考えてるうちに22時になった。
今日は香枝と2人でラストまでだ。
暇だから1人上がらされるかと思ったが、清水さんが仕事が山積みだと言ってパソコンの前から動こうとせず、2人で全て締めることになった。

「お疲れー!」

優菜が帰ったのは23時近く。
事務所で清水さんとしっかりラブラブしていたのは、キッチンからよーく聞こえていた。
清水さんに働けよと言いたいところだったが、香枝と黙々と作業を進め、早めに締め終わったのでイライラも少しはマシになった。

「あー、疲れた!なんか暇疲れしちゃったね!」

「ほんと今日暇でしたね!」

香枝と話しながらホールを回って最終チェックをする。
お客さんももう来ないので、サロンと帽子を外してゆったりした格好でいられる。

「あたし、彼氏と別れようと思うんです」

窓際の6人席の呼び出しボタンを置き直していた時、突然香枝が言った。

「へ?」

突然すぎて真春は変な声を出した。

「なんでいきなり?最近上手くいってないの?」

香枝曰く、彼氏が遠くに転勤することになったらしく、2、3年で戻ってこれるかもしれないけど、そんなに待つのもなんかなあ…と考えてしまっているらしい。
よく考えれば考えるほど、待てる自信もないし、そもそも待つほど好きではないかもしれないと思い始めていると。

「だから別れようかと思って。なんか微妙なんですよね、気持ちが。それに、中途半端な自分が嫌で」

何か言いたそうな香枝の目を見て真春は「そっか…」としか言いようがなかった。

でも、どことなく悲しそうな目をしている。
本当は辛いんじゃないのかな。

「真春さん」

「ん?」

「髪の毛、あとついてますよ」

香枝が笑いながら真春の右のもみあげを指差した。

「え、うそ」

真春は左手で自分の髪の毛に触れた。
帽子を被っていたから変な風に抑えつけられていたみたいだ。
美容院に行ったばかりで綺麗なマッシュショートだから、なおさら目立ってしまう。

「はは、ほんとだ」

何故か、笑い方がぎこちなくなってしまった。
微妙な雰囲気のまま2人は事務所へ戻り、店をあとにした。
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