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7 希う

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結局、僕はネットに上げたりはしていなかった。
個人情報としては何も登録の無いスマホに意味はなかったらしく、メアドに迷惑メールが来てるくらいで、クレカが不正利用されたとかも無く、流出もしていなかった。



罪悪感を持つことで、愛されたいなどと思ってはいけないんだと、自分を戒める事が代償なのだろう。
許す、という選択肢を持っていなかった。

「ニーナ、君のスマホはどうする?」

証拠として提出していたものが返却されて来ていた。

「そうですね~
 仕事でそっちを使いますよ
 登録し直すの面倒だし」

既に新しいのを持っていたけど、これ以上プライベートを知ってる人を増やしたくなかったから、仕事では今まで通りのスマホを使用することにした。
顕彰さんは代理のマネを終えて、今まで通りママに復帰していた。
僕のマネは蓮見さんから、他の人を付けると言われたけど、自分で管理できるからと断って、自分で動くようにした。

契約で縛られるのは、もうすぐ終わる。
それが、自分の目標で執着地点だと思っていた。







実際、不起訴で幕を閉じた。
示談が成立して、彼らは接近禁止命令が出て、当然戸籍やら住民票も秘匿されることになった。
秘匿は良いけど、自分で必要な場合も面倒なんだよね、これ。

「ニーナ、仕事は順調かい?」

「蓮見さん、今のところはですね」

「相変わらずメイクをしてるんだね
 素顔の方がずっと良いのに」

「益々、人が苦手になってしまった感もありますよ」

貼り付けた作り物の笑顔で、答えた。

「なぁ、お礼も兼ねて、顕彰さんのお店に行かないか?」

「そう、ですね。
 蓮見さんは、誰彼構わずに笑顔をふりまかないでくださいね」

ちょっとだけ嫌味を言って、顕彰さんがやってるお店へ向かうことにした。
会いたい、でも自分から会いに行くことは出来ないから、こうやって誘ってもらえるなら、ちょっとだけでも顔を見たかった。
例え、綺麗な顔を嫌悪で歪められたとしても。



タクシーに乗り込みながら、顕彰さんが最近可愛い子を雇ったとか、その子と怪しいとか、そんな話を聞かされた。

僕は笑うしかなかった。
なるべく、明るく、そして繕う様に。

「ニーナ、今日は飲もう!
 きっと顕彰さんのお祝いもする事になるだろうし!」

「可愛恋人とうまく行くと良いですよね」

あの人の幸せを祈ろう。









「いらっしゃ~い!
 あら、ハスミン!
 来てくれたの?
 まあ、マレちゃんも!」

ママである顕彰さんが、僕たちを営業スマイルで迎えてくれた。
目深に帽子を被り、黒縁の太いトンボのような眼鏡をかけて、店に入ると顕彰さんと幸せそうに笑いあう可愛い店員さんがいた。

正直に生きてる人はなんて晴れやかな笑顔を持てるんだろう、そんな事を考えながらあの時のお礼と、二人への祝辞を述べた。

「顕彰さん、お二人でお幸せに!」

精一杯、楽しい嬉しい笑顔を見せた。

「ありがとう、ニーナもね」

僕は、資格がないから。

「もちろん!」

心は死に絶えた。
息もできない心が、壊れてしまったんだ。

「ニーナ、仕事は?」

「はい!おかげさまで!
 だから、大丈夫ですよ
 今まで、ご迷惑おかけしました。」

何事もなかったかの様に、明るく作って顕彰さんに答えた。
本当は、明日で最後だけど、顕彰さんの顔が見れただけでも幸せなんだ。
幸せで、これ以上望んではいけない。






一通り挨拶をしたら、もう、この場にはいられなかった。
幸せなニーナを演じて、泣きそうな希は誰からも必要とされないから。

蓮見さんには悪いけど、こっそり抜け出して帰ってしまった。
幸せそうな二人に呪詛の様な自分の気持ちを悟られたくなくて、逃げ出した。

涙が出た。
始まりもしなかった恋を嘆いて、悲しんで涙が止まらなかった。

どうやって、帰ったかわからなかった。
家にたどり着くと、玄関の三和土から廊下に向かって倒れ込んで、泣き叫ぶ様に泣いた。
仕事が入ってる。
だから、ひとしきり泣き叫んだら、顔を冷やし、明日のために準備をした。
 



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