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しおりを挟むテイトが治療を受けないまま成長した事を、彼の親から手紙を通して知らされたのは婚姻の話を受ける前だった。
ザクロは公爵家の事情はそれなりに把握していたが、テイトの存在を知ったのはこの時だった。
「公爵様からの条件は、御子息との婚姻で宜しいですか?
婚姻が成立しましたら、年間を通して伴侶の実家への謝礼金として提示額をお渡ししましょう」
狡猾なヒヒ爺の様な公爵家当主は、ニヤニヤと笑いながら満足そうにしていた。
「末の御子息、と言う事は……」
「安心しろ、公爵家の末息子として戸籍もある。
貴様にとってそう悪い話でもあるまい?」
体が不自由で傷だらけだと言う事は、ヒヒ爺の隣に立つ愛妾からの手紙で知っていた。
どうやってこの囲われ者がザクロへ手紙を出したのか、どうやってこちら側の情報を手に入れたのか不明ではあったが、ザクロは人の美醜等どうでも良いと思う所があったので、気にもせず婚姻の話を受ける事にした。
大金を払って公爵と縁続きになれるなら、それに越したことは無かった。
これを足掛かりに公爵家に入り込んでいけば良いと考えたからで、テイトの存在は特に気にする事も無いと思っていた。
公爵の希望もあり、その場で婚姻の書類に署名を入れさせて、そのまま公爵家の執事が控えさせていた国の機関の者に受理させて名実ともに、テイトが伴侶となった。
「この婚姻、末永く受けさせて頂きます」
「そうかそうか、儂の可愛いトウカが泣きつく故、この婚姻を決めたが」
卑猥なヒヒ爺の顔を隣の愛称であるトウカに向けると、あからさまにその体を舐った。
「旦那様、そ、ん、なことは、お部屋、で」
ザクロに見せつける様にするが、そんな事はこれまでのヤクザ生活で嫌と言うほど見て来た経験上、無視するのが一番問題無く行く事を知っていた。
「では、私はこれにて失礼いたしますが、ご子息は今日この時よりお連れしてよろしいですか?」
「あぁ、連れて行け。
あのような者でも使い道があった。
トウカも嬉しいだろ? ん?」
彼らの姿を確認することなく背を向けると、控えていた執事にテイトの所まで案内をさせた。
想像はしていたが、テイトの姿はそれを通り越して酷い状態だった。
数えで十八歳と聞いていたのに、その体つきはもっと幼く背の高さはそれなりにあったが、体はガリガリで作業着の隙間から見える胸元は骨がしっかりと浮き出るくらいにやせ細っていた。
「テイト、だね?」
大きな黒目がちな目をした青年だった。
「はい」
顎や鼻が曲がっているためどこか空気が抜けているような声だった。
「私がお前の旦那になるザクロだ。
これから私の家へ連れて帰るから、身支度をしておいで」
汚く酷い臭いの作業着では可哀そうだと思い、案内させた執事にサイズの合う着物を用意させるようにザクロが言うと、テイトは親がくれた着物があるからと固辞した。
「確かに、お前さんの親御さんからの手紙にも、せめて自分の着物を仕立て直して渡すとあったな」
「へへ、そう、なんだ」
親から連絡を貰ってると言う話を出すと、それはそれは嬉しそうに笑った。
「テイト、私の屋敷でも辛い事はあると思う。
それでも我慢できるか?」
「親様が、良い、なら、それが、いちばん、うれし」
こんな時すら、テイトは誰かの為に笑って、見知らぬ男の伴侶になる事で知らない世界に連れ出されても良いと言った。
「分かった、お前が住みやすい場所を与えよう」
「あ、りがと、ござ、ます」
うまく言葉が出ないテイトの姿に、昔、ほんの何日か一緒に過ごした子猫を思い出した。
生きる事が地獄でしかないような子猫が、ボロボロになった体を盾にザクロを守った記憶が蘇った。
ヤクザ者として生きるザクロを、小さな体で凶刃から守った子猫が、なぜかテイトと重なった。
最期の一鳴きで、ザクロの運命を変えた子猫に、テイトを重ねた事が罪悪感なのか恥ずかしさなのか分からず、顔を背けてしまった。
「あ、す、み、ません、この、顔」
テイトが慌てて首に下げていた手拭いで顔半分を隠すようにした。
「いや、大丈夫だ。
そんな怪我や状態は見慣れている」
見慣れているなどと答えた自分に呆れたザクロだが、その言葉を聞いて笑ったテイトの目に釘付けになった。
鼻と口元以外は傷ではなく、汚れているために誰も見ていなかっただけで、公爵のヒヒ爺を陥落させるくらいの美貌をもつトウカの息子で、目元だけ見ればそっくりだった。
そんなテイトに見惚れたと思ったザクロは、自分を戒めるためにも距離を置くと決めたのだった。
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