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対決の日

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 串焼き屋での食事以降、桂とは特に個人的な何かもなく、これまで通りの仕事をこなしていた。

 図面の引き直しはさすがに堪えたが、連れていかれた串焼き屋での若狭の言葉が頭に残っていて、決して高級志向じゃないデザインで、親しみやすく手に取りやすい店舗がベースだと気づかされた。

「光とかそういった言葉の裏には、家族とか友達とか居心地のいい場所って意味があるんだ」

 桂は独り言を言いながら、黙々と図面を作り直していた。
 

::::::::::


「うん、これだね。
 私もこの案がいいと思うよ」

 新しい図面を見せて、イメージできやすいように立体的にした画像もみせて、桂はどうだと言わんばかりに若狭にアピールして見せた。

「ふふふ、いいね、その顔。
 いかにもな感じがいいよ」

 桂は図面より提案した自分の表情を誉められ? なんだか掌で踊らされているような気がした。

 そして、やはり若狭はイケメンなのだと、桂をからかうような仕草さえカッコよく見えた。

「こちらのデザインなら、輝くような光ではないですが、穏やかな日差しのような光を取り入れられるのでは、と思っています」

「うん、そう言う感じがいいね」

 若狭はしげしげと眺めながら、人の動線や商品のレイアウト、それに働く人たちの気持ちを考えた内装のイメージにかなり満足していた。

「これ、結構なコストだよね?」

「そ、こは、仕方ないと思います!
 ただ、廃材やほかの閉店するような店舗からの二次品でも行ける気がしますから、製作ものじゃなければある程度のコストダウンは見込めます」

 これまでの様に大きく厚いガラスをやめて、ステンドグラスのようなデザインを数か所に取り入れたり、少しだけアンティークな雰囲気を作った分、廃材や二次品で自分が作ってもいいかと桂は考えていた。

 これまでと違って桂が確信できる提案をしてきたことに、若狭が驚きと頼もしさ、そして経験値を積んで大人になった彼のその瞬間に立ち会えたようで、非常に満足げな笑顔を見せていた。

「これでいこう。
 私も閉店するほかのオーナーとかの知り合いがいるか、伝手を探してみるから」

「はい、ありがとうございます!」

 頭を抱えていた案件がやっと走り出した安堵感で、桂はこのところの不安定な気持ちから笑えなかったのに、今は心からの笑顔を見せていた。

 そして、その笑顔を抱き込むように若狭に抱きしめられていた。

「あ、えっと」

「まぁまぁ、よくやった、君はこれからも成長するんだ。
 せめてその笑顔を抱きしめさせてくれ。
 君を見つけた私ってすごいだろ?」

 抱きしめながら自分を褒めてと言う若狭に、桂もそうですね、と言って抱きしめあっていた。

 もしかしたらこのままキスくらいしてしまうんじゃないかと思っている桂の胸ポケットのスマホが振動した。

「あ、電話」

 仕方ないなぁ、と言いながら若狭が離れスマホの画面で着信を確認すると前回お世話になった警察からの電話だった。

「もしもし? 何かありましたか?」

 警察からの着信なんて、何かなければ絶対にないと思い、まずはそう聞いてみた。

『後藤さんのお電話でよろしいですか?』

「はい、私が後藤です」

『前にご相談されていたご家族が勝手に部屋に住み着いて、不動産の管理会社から通報があったのは連絡しましたけど、今回はホテルのほうに来られたらしく、そこのフロントから通報がありまして。
 後藤さんをと言ってるんですわ』

 自分の居場所がなんで亮介に分かったのか、不思議で仕方なかった。

「私の滞在先はどこから?」

『それが、その、ほかの警察官が言ってしまったようなんです』

「はぁ?! ちょっと待ってくださいよ!」

『えぇ、こちらとしては民事ですので……。
 どうしても話し合いたいとおっしゃられて、弁護士もですね』
「弁護士がいたら滞在先を教えるんですか!」

 小賢しく亮介は弁護士を介入させたらしく、桂のホテルへとやって来たが部屋に入れろと言ったらしく、そこは弁護士がいてもどうにもならず、警察へ通報したという顛末だった。

 民間のほうがよっぽどセキュリティがいいじゃないか、と悪態をついたところで若狭が一緒に行こうと言って桂に有無を言わさず自分の車へと連れ立った。

「桂君、弁護士のあてはある?」

 車まで行く間に桂が弁護士のあてがないことを知ると、若狭はさっさと顧問弁護士に電話をかけて桂の滞在先のホテルへと行ってもらうように連絡をしてしまった。

「そんなに簡単に行ってもらえるんですか?」

「あ、大丈夫。
 顧問弁護士兼友人だから」

 それに事務所もホテルに近いからと付け加えた。


:::::::::


 ホテルのロビーのソファには香子と子供たちが座り、その横には亮介が立っていた。

 桂は会いたくもない連中に一瞬顔をしかめ、若狭の顧問弁護士を探して合流すると彼らのところへと足を向けた。

「桂! ひどすぎるだろ!
 共有財産だってあるはずだし、あの部屋を勝手に解約するなんて、俺たちが困るって思わなかったの?」

 最初の一言目から、亮介の思考回路が斜め上過ぎて、誰も理解ができなかった。
 いや、唯一理解していたのは香子だった。

 同じ思考回路、それは誰かに寄生して生きていくこと、それだけでどうにか事実を曲げて自分に有利な話に持っていくという部類の人間が二人そろっていた。

「確か、亮一って、そう言うところが嫌で亮介と縁を切ってたし、離婚になったのもそこじゃなかったのか?」

 死んでしまった兄である亮一に確認のしようがなかったが、亮一側の友達やもしかしたら亮一の両親なら?と思わなくもない桂の思考も思わず漏れ出ていた。

「兄貴は俺に香子たちや子供たちのことを頼むってずっと言ってたんだ!
 だから、桂だって俺のパートナーなら助け合うのが普通だろ?」

「横から失礼。
 私、弁護士をしております高坂と申します。
 そちらにも弁護士がついてると聞いておりますが、どちらにいらっしゃいますか?」

 そう切り出した途端、香子も亮介も顔色を変えた。

「もう、帰ってもらいました。
 私の友人で、善意で来ていただいたのですが、さすがに待てないということで」

 香子がそう答えると弁護士はすかさず、担当になるのでしょうからと名前を教えて欲しいと言った。

「え、あの、担当になるかどうかは」

「ですが警察まで同行されたんですよね?」

「えぇ、こちらも本当に困っていたので」

「でしたら民事でこちらも争いますので、その方を担当にされたほうが情報共有できてよろしいのではないでしょうか?
 あと警察でのやり取りもお聞かせ願いたいので、そちらの弁護士の方とお話させてください」

 若狭の友達という弁護士高坂は、桂と直接話をさせないように前面に立ち、名刺を出して弁護士の名前を聞き出していた。

「桂君、我々は向こうで待ってようか」

「え、あの、はい」

 その場から離れようとすると、亮介が逃げるな、や、非道だのと罵詈雑言を投げてきた。
 その中にはマイノリティであることや、桂の仕事への誹謗中傷まで上げ連ね、ネットへ拡散してやるとまで言い出した。

「はい、それ以上の発言は不利になりますよ。
 私が聞きました、そしてここは公の場です。
 これ以降は録音させていただきますので、ご了承ください。
 すでにこちらは民事で争うと宣言させていただきました。
 そちらが弁護士を立てないのは自由ですが、裁判所まで行くことになれば厳しいかと思いますよ」

「わかりました、ならこちらも弁護士を呼びます!」

 香子が電話をかけると十分ほどで、弁護士が現れた。

 

 

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