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2.ワンドロお題「パスポート」

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 オレは詳しいんだ。「みなと」というコトバを辞書で引くとこんなふうに出てくる。「川や海などの水の出入り口。水の門」「船舶が安全に停泊できるようにした所」「行き着いてとどまるところ」。これまで国語辞典から和英辞典から、家にある辞書という辞書で「みなと」に蛍光ペンで線を引いてきたので間違いない。だからこそ絶望した。ミナト――これは海のみなとではなく幼馴染みの箱崎湊――が使っている鞄から「書道部・夏合宿のお知らせ」が出てきたことに。
「牛乳しかなかったけどいい? ハルミ」
「ミナト!」
 扉を開けたミナトを勢いよく見上げる。ミナトはオレの顔と握り締めて皺になったプリントを交互に見て、全てを察したようだった。
「希望調査、参加で出したから」
「ヤダ」
 目の前が真っ暗になるってこーゆーことだ。
「ヤダヤダ、いーやーだ! 何日もミナトがいないとか!」
 ミナトはちゃぶ台に牛乳の入ったマグカップをふたつ置き、オレの隣に膝を抱えて座った。ミナトの体温を肩の辺りに感じて、やっぱりオレは(いなくなるって何の冗談だよ)と思ってしまう。
 赤んぼのころから隣にいるミナト。
「四日間だけだよ。電話するし。この部屋、使っててもいいし」
 ミナトはお父さんとお母さんと妹と四人暮らしで、ミナト専用の一人部屋を持っている。でもミナトの部屋にオレが入り浸っているので、ミナトの家族はほとんど二人部屋みたいなものだね、とやさしく笑う。ミナトの部屋にいるとオレが落ち着くのはその通りだが、そこにミナトがいるといないでは天と地ほど違う。
「ヤなモンはヤダ」
 思い切りミナトから目を逸らし、不満をアピールする。
「もー」
「てかほんとはガッコ別なのもヤダし」
 これは高校受験のときに散々揉めて決着済みの事柄だ。オレはミナトといっしょならどこでも構わなかったのに、ミナトが頑としてそれを良しとしなかった。殺し文句は「僕を理由に志望校のランクを下げたら、絶交だからね」だ。絶交をちらつかされてしまっては折れるしかない。ミナトは決めたら頑固だ。やると言ったらやりかねない。
「年パス寄越せよ、年間パスポート。ミナトのガッコとブカツにいつでも入れんの」
「何、僕がようこそってスタンプでも押すの?」
 ミナトは含み笑いで言い、機嫌を取るように頬を撫でてくる。
「こっち向いてよ、ハルミ」
 うっすらと墨の香りがするミナトの手の誘いに、しかしオレは負けない。ここでぐっと堪えるのが肝心だ。後ろ髪を引かれながらも動かないでいると、ふう、とちいさなため息が聞こえた。
「仕方ないなあ」
「……年パス?」
 まだ安心はできない。顔は向けずに問う。
「どっちかというとワンデーパスポート? ……の可能性を探るっていうか」
「ワンパ」
「ハルミを合宿に同行できないか聞いてみるよ。一応」
「ミナト!」
 ばっと顔を上げる。すかさずミナトの手が両側から伸びてきて、オレの頬を挟んでぐにぐにと押してくる。
「言っとくけど高確率で断られるからね」
「れったいワンパもあう」
 絶対だ。なんなら年間パスポートにも漕ぎ着けたい。
「とりあえずあひた」
「来るの?」
 ミナトひとりでは言いくるめられてしまうかもしれない。オレは強い意思を持って頷いた。頬を挟まれているせいでろくに動かせなかったが。
「けっせんら!」
「戦わないでよ、僕の部活と」
 けれどミナトは愉しげに笑うばかりで、来るなと禁じはしなかった。
「かわいいって得だよねえ」
 他人から怖がられたことのほうが断然多いオレを掴まえて、しみじみと言う。ふふん。鼻高々ってやつだ。ミナトは「みなと」みたいにオレが安心して留まれる場所だけど、ミナトだってオレがいるほうがいいってことなのだ。きっと。



(了)210413
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