【DK/先輩後輩】皮膜

りつ

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【おまけ1】先輩を追って文芸部に入るの巻【途中まで】

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 それはおはようございますであったり、こんにちはであったりする。このところ戸山は、吉野を見つけたらすかさず駆け出して声を張ることにしている。
 吉野は戸山に気がつくと、ヘッドホンを外して立ち止まってくれるようになった。そうして短い会話を許してくれる。だから走った。少しでも長く話をしていたかった。
「転ぶぞー」
「大丈夫です!」
 おはようございます。息を整えながらもう一度挨拶をする。今朝は校門で追いついた。朝一番から幸先がいい。
「おはよ。なんか荷物重そうだな」
「読みかけの本が朝の電車で終わってしまいそうだったので、もう一冊余分に入れてて」
「ああ。あるある」
 よしなしごととともに昇降口を過ぎる。三年生の教室は二階だ。一つ目の踊場を過ぎて、吉野は足を止めた。
「じゃ、また放課後な」
「はいっ。楽しみです!」
 反射で答えた。あまり楽しみで、無闇ににこにこした。すると唐突に頭を撫でられる。何度やられても慣れない。
「わわわ何ですか!?」
「授業中寝るなよ」
「ね、寝ませんよっ」
 手を振って別れた。別れた横を、よーしのぉ、と元気よく走っていく姿があった。いつの間にか付け直された吉野のヘッドホンを、容赦なく引きずり下ろしている。三年生の友達だろう。
 以前より吉野と話すようになって、見えてきたのは吉野の交友関係の広さだった。マイペースに歩いているようでいて、常に周りに人が絶えない。
「アホ、壊れる」
 吉野のツッコミも慣れた風だ。
 自分にはできない気安いやりとりが、ひどく羨ましかった。
 複雑な気持ちで教室のドアを開ける。時間はまだ早い。人の姿はまばらだった。
「おはよう」
「おはよー」
 誰ともなく挨拶を交わす。最初はそれにさえがちがちに緊張していたことが懐かしい。大抵のものは許容してしまうクラスの雰囲気のおかげで、最近はようやく慣れてきた。
「あれえオチ、今日は来るの早くない?」
「気分」
 不機嫌なのでもはぐらかしているのでもない。これが落合朋弘のリズムなのだ。変則ぶりが、戸山には面白い。
「サトこそ何、変な顔して」
「え。なんで」
「眉間にしわ、でも少し笑顔。その心は?」
「先輩に文芸部に連れてって貰う約束をした、からかなあ。今日の放課後。誘われたのはすごく嬉しいんだけど、初対面の人ばっかりなのは、やっぱり怖くもあって」
 正確に言えば「眉間にしわ」の理由は違う。しかしまだ見ぬ文芸部員たちに馴染めるかどうか、不安なのも本当だった。
 吉野は文芸部の部長を勤めている。それだけ本が好きなのに顔出したことないだろ? ある日訊かれた。なかなか勇気が出なくて。でも興味はあるんです。ぽつぽつ答えるうち、一度来てみたらいいという話運びになっていた。いいやつばっかりだし、俺もついていくし。吉野が言うならそうなのだろうが、どうしても緊張はしてしまう。面倒な性分だった。
「先輩ってあれか、サトが図書室でナンパした」
「ナンパって言うかなあ!?」
「言うでしょ。ことの顛末的に、相当に」
 そうかなあそういうことになるのかなあ、ズレた論点で悩み始めてしまう。見かねたように落合の声が和らいだ。
「サトはそうやって、好きなこと絡むとスイッチ切り替わるんだから、文芸部なんて一番やりやすいだろ。大丈夫大丈夫」
「そう……だね、がんばる。ありがとオチ、元気出た」
「ん。サトが元気ならなんでもいい」
 落合の理屈は身も蓋もなくておかしかった。


「入部希望の戸山悟。拍手っ」
 吉野が声をかけると、部員たちは笑顔で手を叩いてくれた。こじんまりとした部室には吉野以外に六人が集まっていた。吉野によれば、他に幽霊部員が何人かいるらしい。大所帯ではないぶんアットホームな雰囲気だった。まずは安心する。
「何か質問あるか」
「クラス!」
「好きなジャンル」
「たんじょーびっ」
「元中どこ?」
 しかも随分ノリがいい。きらきらした目にのぞき込まれて頭が真っ白になる。一生懸命言葉を探した。
「えっと、1年B組の戸山悟です。よく読むのは推理小説で、誕生日は5月22日、中学は隣の市の若葉中でしたっ」
 これで質問は全部だったろうか。多分、大丈夫のはずだ。
「よっ、よろしくお願いしますっ!」
 ぺこんと頭を下げる。よろしく、よろしくなあ、全員が口々に応えてくれた。
「戸山、5月生まれなのか。もう少し早く入部してたらお祝いができたのにな」
「そそそそんな先輩、おれには勿体ないですよっ」
 慌てた。思わず身を引きかけたところを吉野の手に止められた。両手で、顔をうにゅうと挟まれる。
「そういうこと言うとちゅーするぞ」
「ひゃめへくらはいいいい」
 近い。近すぎる。吉野の黒色の瞳に自分の歪んだ顔が映っていた。耳まで一気に熱くなる。
「吉野部長セクハラでーす」
「真顔でセクハラでーす」
 周りが愉快そうに囃す。吉野は戸山の鼻を摘んでから離れた。
「戸山くんもこういうのは遠慮しなくていーんだよ」
「えん、りょ」
「祝う方も楽しいから。そういうことですよね、部長」
「ん」
 頷いた。
「じゃー話は早いですねっ。お菓子もって来てるからお祝いしましょー。そんなオレは日下部です。一年A組」
「えっ」
「じゃあ折り紙でしおり作ってプレゼントする。一年C組の渡辺だよ」
「え。ええっ!?」
「折り紙かよー、と言いつつ一緒に折る、貴崎ね。二B」
「なんかあげたいっていう気持ちでしょ。ツッコミ担当は篠川です。同じく二年」
 岡崎、武田。自己紹介をする間に部室の中心に机が寄せられ、その上にお菓子や贈り物が並んだ。
「俺はさっき読み終わった文庫本を進呈。面白かったから、気が向いたら読んで」
「よ、しの先輩」
「名前と顔は、ゆっくり一致させてくれたらいーよ」
 日下部が柔らかそうな髪を揺らして、爛漫に笑った。
「せーの」
 ハッピーバースデートゥーユー。合唱なんてされたのは初めてだった。泣かないで済んだのが不思議なくらいだった。


「で、どうだったの文芸部」
 翌朝の教室で、落合の開口一番はそれだった。
「誕生日会してくれた!」
 誕生会。落合は無表情に繰り返す。
「このガッコ、ほんと一筋縄じゃいかないな」
「いい人ばっかりで、楽しかったよ」
 いいひとばっかり。また繰り返す。
「……オチ、なんか引っかかってる?」
「べつに。サトが楽しいならいいけどさ」
 言いながらも落合はこちらを向かない。戸山はなんだかくすぐったくなる。
「あのさ。使ってるよ、ブックカバーとしおり。おれの誕生日を覚えてくれてたのはオチだけだった」
 ようやく目が合う。頬杖をついて横目で窺う様子は、きかん気の強い子どものようだった。
「今日も、行くの?」
「うん。まだちょっと緊張するけど、がんばる」
 決意を込めて拳を握る。落合の表情が緩んだ。
「エライ」
 落合も拳を作って、戸山の右手にこつんとぶつけてくる。行ってこい、がんばれ、そう聞こえるようだった。


「し、失礼します!」
 できる限り大きな声を出して挨拶をする。部室には数人がたむろしており、吉野もその中にいた。
「わー戸山今日も来てくれたー! ようこそようこそっ」
 日下部が両手を上げて出迎えてくれる。そのまま向かってくるので流れでハイタッチをすることになってしまった。
「しかもグッドタイミング。推理小説が戸山の得意分野だよね? いまちょーど話題がクリスティになったとこなんだよー」
「そうなんですか! クリスティ好きです……!」
 ちっちっ、と日下部が指を振る。
「タメ語でいーよ」
「う。ん……クリスティ、好きなんだ」
「オッケー!」
 日下部に手を引かれて部員の輪に混じる。面倒見のいい性格なのだろう。しかもそれが不快ではない。
(すごいなあ)
「戸山、前も思ったけど、好きなことになるとほんと目の色変わるよな」
 吉野が堪えかねたように小さく笑った。
「うう。友達にも言われたことあります……」
 普段が大人しいだけ、ギャップが大きいのだろう。しかしどうしてもテンションが上がってしまうのだ。
「はい椅子ー」
「あ、ありがとう」
 部室の壁にたたんであったパイプ椅子を日下部が引っ張ってきてくれる。ぴょこぴょこと色素の薄い癖っ毛が跳ねるのがまろやかに光って綺麗だった。
「で具体的にクリスティの何かってゆーと『アクロイド殺人事件』なんだけどね」
「“フェアプレー論争”!」
「おーさすが知ってるねっ」
 発表当時、推理小説的なフェアプレー精神――読者への情報提供は公正であるべきこと――に鑑みてアリかナシか、で話題になった問題作である。この部内でもアリかナシか、という話になったらしい。
「正直俺は未読なんだけど、議論に混ざりたいしネタバラシして貰うかどうか迷ってる」
「え! 吉野先輩それ物凄い勿体無いですよ! アクロイドは先入観なしで読んでびっくりして欲しいです!」
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