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十一話 撫子夫人からのご要望『幻の異邦ハーブ園』
しおりを挟むご家族からの次の要望は、ヴラド伯爵の夫人である撫子様からの要望であった。ケント様、マリア様、エマ様、サクラ様の産みの親であり、マリア様とはまたどこか違う、不思議な雰囲気を漂わせる女性であった。
エマ様に引き継がれたのだろう、艶のある黒く長い髪、ケント様に引き継がれたであろう切れ長の目、マリア様に引き継がれたであろうふっくらした唇と、ナイスバディ。子どもの年齢から考えると、おそらく年は四十代後半は超えているはずなのだが、見た目はまだ三十代だといってもわからないほどに若々しい。
「ちゃんと話すのはこれが初めてですね」と撫子夫人は軽く会釈をして、自身の要望を僕に語った。
「私の要望は、星の貴婦人のハーブ園に行って、サマルダラというハーブをもらって来てほしいのです」
「サマルダラ……?」と僕は尋ねた。この屋敷に来てからというもの、初めて聞く言葉が多い。やはり高級品なのだろうか。
「サマルダラは、ブルガリアのハーブでガーリックのような香りとはちみつのようなやわらかさを持つハーブです。日本では、六甲北異邦ハーブ園でしか取れません」
「違法ハーブ園ってそれ、法律的に大丈夫なんですか?」
「違法ではありません。異邦人の異邦ですよ」と撫子夫人は微笑んだ。その笑顔は、末っ子のサクラ様のような朗らかな笑顔だった。ほとんど話したことがなかったため、少し近づきにくい人かと思いきや、存外そういうわけでもなさそうだ。
「そこのオーナーは星の貴婦人という方です」
「星の貴婦人?」
「あら、セバスはご存じなのですか?」
「そうですね。星の貴婦人の息子さんと爺やさんに、こないだ有馬温泉で会いました」
「そうだったのですね。ちなみに星の貴婦人は、いつも全身まっ黄色の服だからすぐわかると思います。既にお代の方は渡しています。なので、ハーブ園までおつかいしてきてもらえますでしょうか」
「かしこまりました。すぐに行ってまいります」
「ありがとう、助かりますわ」
六甲北異邦ハーブ園までの道のりは、これまた超極秘情報らしい。何でも海外でしか生息できないハーブを、先端技術やら魔術やらで育てているらしく、盗難の被害を防ぐためにも本当に信頼できる個人との取引しかしないらしい。
撫子夫人と、星の貴婦人はお茶友達らしく、よく大丸のお高いレストランでランチをしたり、お茶を飲んだりしているらしい。そこの長男であるスバルお坊ちゃんがあんな感じだから、結構変わり者である可能性は高い。謎のハーブを栽培しているというのも、胡散臭い感じはするが、撫子様のお茶のみ友達という事であれば、粗相がないように気を付けなければ。
六甲布引ロープウェイに乗り、最後の駅から一つ手前で降りる。山頂を示す看板があるので、その看板が差している右側ではなく、かといって左側でもなく、真っすぐ看板の奥に隠された獣道を突き進む。しばらく歩くと渓谷があるので、段丘に沿って谷を降りていく。
「本当にこんなところにあるのか?」
下手したら遭難してしまうほどの険しい山道だ。こんなところに本島にハーブ園があるのだろうか。薄雲のような不安を抱え、山道を進んで行く。いつの間にやら深い霧が立ち込めてきており、視界もかなり悪くなってきた。
「このまま進んで大丈夫かな……。かといって、引き返すわけにもいかないし」
その時、霧の向こうから人影が近づいてくるのが見えた。こんな山奥で人と出会うとは思わなかったため、警戒心を強めたがその必要性はなかった。
「おや、これはこの間の……」
「あぁ! 爺やさんじゃないですか!」
「こんなところでどうされたのですか?」と爺やさんは、少し目を丸くしながら僕に尋ねた。
「今日は六甲北異邦ハーブ園に用事があるのですが、道に迷ってしまいまして」
「そうでしたか。ご案内いたしましょう。……と言っても、もうすぐ目の前ですけども」
爺やさんはそう言って霧の向こうを指さした。たちこめる霧で気づかなかったが、すぐ先に六甲北異邦ハーブ園と書かれた古ぼけた看板が立っていた。
周囲を見渡すと、見た事のない不思議な形の植物があちこちに自生しており、その奥には小さなタージマハルのようなミニ宮殿がたっていた。
「あれが星の貴婦人の屋敷です」
「爺やさんとスバルお坊ちゃんもここに住んでるんですか?」
「いえ、私とスバル坊ちゃんは、普段は町のふもとにある別宅で暮らしています。スバル坊ちゃんの妹は、こちらのお屋敷で星の貴婦人と共に暮らしています」
ミニタージマハルのお屋敷の門には、星野という日本らしい表札がついていた。どうやら星の貴婦人は、星野という苗字らしい。
玄関を入ると、数百万くらいはしそうなペルシャ絨毯が敷かれていた。どう見ても生活品として、床に敷くのがもったいないほどの芸術性に溢れた絨毯である。壁には西洋の甲冑が飾られていたり、アヌビス像が置かれていたり、色々な国がごちゃ混ぜになったような統一性のない内装であった。ミックス呪酒のマスターを連れて来たら喜びそうである。
「こちらが星の貴婦人のお部屋でございます」
「失礼します」
爺やさんの後に続き、僕は部屋の中へと足を踏み入れた。撫子夫人が言っていた通り、部屋の中にいた人物が星の貴婦人だという事は、一目瞭然であった。
街中を歩けば、圧倒的に人の目を引くような、ゴールデンに近いイエローのドレスに、同じくまっ黄色のカンカン帽を被っている。その姿はまさに星のようにキラキラ輝いていた。鼻筋はよく通っており、おそらく美人なのだろうが、黒く大きなサングラスをつけているため正確なところはよくわからない。
「あら、こんにちは。あなたが撫子ちゃんの使いの人ね」
「はい、執事のセバスと申します」
「私はこの六甲北異邦ハーブ園のオーナーであり、巷では星の貴婦人という愛称で親しまれています。だからあなたも星の貴婦人と呼んでもらっていいわ」
「かしこまりました」
「撫子ちゃんが欲しがってたのは、サマルダラだったわね。今から採ってくるから、ちょっとここで待っててくれる? 爺や、紅茶を淹れてあげて」と言って、星の貴婦人は外へと出ていった。
爺やさんに紅茶を淹れて頂き、星の貴婦人の部屋の中を見渡した。黄色の花を満開に咲かせるレンギョノの盆栽や、まっ黄色の服を着たくるみ割り人形等、そしてその隣には人間の生首が、黄色の液体の中にホルマリン漬けになっていた。驚きで思わず、紅茶を吹きだしそうになった。
「じ、爺やさんっ! あの生首は何ですか!?」
「あれはたしか、星の貴婦人が六甲山で拾ったものを、ホルマリン液でつけた物ですね」
あれって……もしかして、首なしライダーさんの首なのではないだろうか。まさか星の貴婦人が所有していたとは……。
近づいて見てみると、その生首は美しい男性の顔だった。いくら美しいといえども、ホルマリン漬けの生首はやはり不気味である。しかし、命の恩人である首なしライダーさんの首ならば、何とかして返してあげたい。
黄色の液体に沈む生首を眺めていると、サマルダラを採集した星の貴婦人が戻ってきた。
「おまたせ、これがサマルダラね。バルカン山脈の高地でしか育たないものを、何とか六甲山で育てることに成功したのよ」
星の貴婦人は、収穫したばかりのサマルダラを見せてくれた。一つの茎から、小さなチューリップに似た花が噴水のようにたくさん生えている。やはり初めて見る植物だ。僕はそれを大事に袋に入れてカバンにしまった。
「ありがとうございます。あ、あの……いきなりで恐縮なのですが、この生首を僕に譲ってはもらえないでしょうか」
星の貴婦人は、おずおずと尋ねる僕と生首を一瞥してから答えた。
「あら、この生首がほしいの? うーん、拾った物とはいえ、お気に入りの品だからね。普通なら断るところだけど、あなたには長男のスバルがご迷惑をおかけしたらしいから……」
「それでは……お譲り頂けるでしょうか?」
「でも、やっぱりそれ相当の何かと交換じゃないと駄目ね。何かこれに見合う価値のある物と交換してくれるならいいわよ」
相当の物との交換……。だけど、僕が持っている物なんて、大した価値があるものなんてなさそうだ。それでも何かないかと財布の中を確認していると、前回サウナに一時間耐久したことでもらった、黄金の湯の年間入浴券が出てきた。
「あの、これなんかいかがでしょうか。黄金の湯の年間入浴券です」
「あら、なかなか素敵な物を持ってるじゃない。さすが撫子ちゃんとこの執事さんね」
「それでは……これと交換ということで」
「いえ、残念だけどこれだけじゃまだ足りないわね」
「……すみません。これ以外に価値のあるものは何も持っていません」
「そうね……。っじゃあ、私からも一つ要望を御願いしてもいいかしら? それに応えてくれたら、生首を譲ってもいいわよ」
「本当ですか! 何なりと申し付け下さい」
「私の要望はね……。引きこもり娘を外に連れ出してほしいことよ」
撫子夫人の要望そのものは、特に問題なく終わったのだが、この星の貴婦人の要望がむしろ大変な労力を必要とするものだった。
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