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二学期 五章 文化祭準備

028 本当の夢って……

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言葉先輩のいる部屋を遠慮がちにノックする。照明がついているから、きっとまだ中にいるはずだ。

 しばらくの間の後、ゆっくりと扉は開かれた。

「……弟くん。」

 ドアが完全に開かれたところで、俺はまず最初に謝罪の言葉を告げようとした。

「さっきはすみませんでした!」
「さっきはごめんなさい!」

「……えっ?」

 顔を上げると、言葉先輩は深々と頭を下げていた。どうやら、シンクロしてお互いに謝罪をしたらしい。

「あの……言葉先輩?」

「さっきは取り乱しちゃってごめんね。弟くんは悪くないのに……」

 言葉先輩はそう言って、非常に申し訳なさげに顔を上げた。

「いえ、こちらこそ……勝手にノートを読んでしまって、すみませんでした。」

「ううん。それはもういいのだけど、あのさ……ノートの事は内緒にしててほしいんだけど。」

 ノートの事――つまりは言葉先輩の夢の事だろう。

「言葉先輩が、小説家を目指してることをですか?」

「やめてっ……! 言葉にしないでっ……!」

 すごい恥ずかしがりようである。そこまで気にする事だろうか。

「わかりました。誰にも言いません。」

「本当にほんと……?」

 言葉先輩は、涙目で小首をかしげて確認してくる。こんな時に低俗なことを考えるのは不謹慎だが、普段のお姉さんらしさとのギャップ萌えで、思わずハグしてやりたい可愛さである。

「それにしても、言葉先輩はお家の仕事を継ぐ予定だって、前に進路の話をした時に言ってましたよね。」

 言葉先輩は某全国チェーンの本屋さんの社長令嬢である。大学卒業後は、会社を継ぐ予定だとか言っていたはずだ。

「うん……その予定だけど……、いつか自分の書いた本が……書店に並んだらいいなって。あぁっ……もう無理、この話恥ずかしい! もういやだ~!///」

「何をそんな恥ずかしがるんですか! ぜひどんな話書いてるのか読ませてくださいよ。」

「それ、ほんとうに嫌だ! 無理! 絶対いや!」

「えぇっ? いいじゃないですか。減るものじゃあるまいし。」

「減るよっ! 私のSAN値が大きく削られるの! 全く顔の知らない人ならともかく、私のこと知ってる人に読まれるなんて絶対無理! それくらいなら弟くんに裸を見られた方がまし!」

 もちろん言葉先輩がどんな小説を書いてるのか気になるが、彼女の裸を見られるならぜひそちらを見たい……なんて言うと本気で軽蔑されるだろう。

 言葉先輩が変なことを言うから、つい変な妄想をしてしまった。

「……ともかく、俺は言葉先輩の夢を応援します!」

「応援しなくていいので、そっとしていてほしいの! むぅ~! 私だけずるいよ。弟くんの夢も教えてよ!」

 言葉先輩は頬をぷくりと膨らまして、俺に詰め寄ってきた。

「そんな子供っぽいこと言われても……。」

「何かあるでしょ? 弟くんの将来なりたいものとか。」

「いや、まぁ前までは……安定した仕事について、優しい人と結婚して、それなりに幸せな家庭をもつことが夢だとか思ってたんですけど……。」

 ほどほどの幸せが手に入ればいいと思っていた。ほどほどに学業も、恋愛も、部活も、友達付き合いも、全部適当にこなし――ある程度幸せな人生を全うする。

 その認識は決して間違っているものではない。

 しかし、それとは別に、特別な何か――熱い情熱を捧げられる夢。自分もそんな何かが欲しいと思った。

「周囲に夢を持った人を見たり、熱い想いで青春を謳歌する人を見たりして、何だか羨ましいなって……だから、今はまだ……目の前の事に一生懸命やるしかできないですけど、自分も将来的に何をしたいのか、何になりたいか考えてる最中なんです。」

 言葉先輩は「……そっかぁ。」とやや目じりを下げながら言った。

「っじゃあ、弟くんにとっての夢も、見つかったら教えてね。」

「はい。わかりました。」

 言葉先輩と約束をし、帰宅後は自室でぼんやりと物思いに耽っていた。

 夢を夢だと認識するのはいつなのだろうか。

 何か認識するきっかけがあるのだろうか。

 それとも知らないうちに、気が付けば夢になっているのだろうか。

 小さな目標をたてるのは得意だ。現実思考な自分は、堅実的にしか生きてこなかった自分は、安定的で実現可能で、普通なことしか考えない。

 だからこそ――夢という実現可能かわからない、未知数な大きなものを掲げることが苦手なのかもしれない。

「難しく考え過ぎだろうか……。」

 ふと机の上に置いてある、まだ真新しい一眼レフのカメラが目に入った。

 将来の夢――体育祭後の神崎さんの言葉が頭を過る。

“雪くんは将来、写真家になるのかな?”

「写真家……。いやいやいや……。」

 頭に引っかかってはいたものの、考えないようにしていたのかもしれない。

 そうだ、無意識的に――しかしどこか意図的に。

 夢を持つのは難しい。夢を持つ人に憧れる。

 そんな言葉を並べながら、俺は夢に向き合う自信が持てなかったのだろう。自信をもってこれが俺の夢だと――正面から向き合うことから逃げているだけかもしれない。

「俺にも……夢はあるかもしれない。これが本当の夢になるかもしれない。」

 間接照明の光を浴び、鈍く光るシルバーのまだ真新しいカメラを俺はもう一度じっと見つめた。
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