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二学期 三章 青春大運動会
017 体育祭の打ち上げ
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体育祭のクラス打ち上げ会場は、関西圏では有名な粉もんのチェーン店であった。
打ち上げに参加したクラスメイト達は、クラス委員長の号令でジョッキを掲げて声をあげる。
「体育祭っ! お疲れ様~! まじ卍~!」
「「まじ卍~!!」」
なんとかならんのかこのノリは……。
そう思いつつも一応空気を読んで声を出し、近くの連中とジョッキを重ねた。
「俺らも来年受験かぁ、そろそろ進路のこと考えないとなぁ。」
乾杯後、コーラの入ったジョッキをぐるぐると回しながら、野球部の松坂が将来の話を切り出した。
松坂の言葉に対し、バスケ部の真野はぼやくように言う。
「とりあえず、いい大学に行く、そして名のある企業に正社員で採用されるだけでいいさ。」
「それが……幸せなのかな。」
ふと思った言葉が、口に出てしまっていた。真野は少し目を丸くし、松坂も少し怪訝そうな顔で俺を見つめた。
「おっ、青葉も何か意見したそうだな。」
真野はもんじゃ焼きをつつきながら、興味深そうにそう言った。
「あっ、すまん……。いや、そういうわけじゃないけど。」
「でもまぁ、今の時代は幸せの形って色々だからね。」
クラス委員長が、知ったような口をききながら割り込んできた。
「委員長は、将来のこととかちゃんと考えてるの?」
俺の横に座っていた菅野さんが質問し、クラス委員長は言葉に詰まった。
「そ、そうねぇ……。う、うーんと、とりあえず大学に行って、ご……合コンとかで……お金もちのIT社長とかと知り合って……。」
ざっくりしてる……。まぁ彼女らしいと言えば彼女らしい。自分の他にも将来のことがふわっとしている人間が多くいることに、どこか安堵を感じる。
「クラス委員長は、なんか普通のOLやってそうだなぁ。」
真野の意見に、松坂は「あぁ、わかる。十年後も同じような事言ってそう」と笑った。
「お前ら、馬鹿にしおってー!」
わいわいと三人が騒ぎだしたので、俺は隣りに座る菅野さんへ話題を振った。
「菅野さんは将来のこととか考えてる?」
俺の問いに、菅野さんはもんじゃ専用の小さいコテをくるくる回しながら、「うーん」と小首を傾げた。
「一応考えてはいるけど……でも、若葉みたいにはっきりしてないな。」
若葉――神崎さんの進路。
「神崎さんの進路……音大行くんだよね。」
俺は他に誰も聞いてないのを確認してから、小声でそう尋ねた。
「ふふっ、やっぱり青葉くんも若葉の進路を知ってたか。」
やっぱり――という言葉が少し引っかかったが、菅野さんが続けて話し始めたので突っ込まなかった。
「若葉みたいに、はっきりした夢があればいいけど……それがまだ見つからない人は、とりあえず目の前のできる事をするしかないんじゃないかな。そして学生にとって、目の前のできる事は勉強だ。青葉くんはそれについてどう思う?」
「同意見だよ。勉強は蔑ろにしてはいけない。」
菅野さんは俺の言葉に頷いて、ゆっくり口を開いた。
「勉強を蔑ろにしていいのは、特別な夢を持ってる人か、特別な才を自覚する人だけだ。夢がなく、特別な才がない学生は、普通に勉強して、普通に就職するしかない。」
「普通に勉強し、普通に就職か。なんだか俺の事を言われているみたいだ。」
「ふふっ、私は自分のことを言ったつもりだったけどね。」
菅野さんはすらっとした脚を組み直し、大人びた笑みを浮かべた。その仕草に思わずどきっとしてしまう。
「青葉君は、うちのポンコツ彼氏と違って話をよく聞いてくれるね。」
「ポンコツ彼氏……。あぁ、やっぱり月山と付き合ってるの?」
俺の問いに、菅野さんは少し驚きの表情を見せた。
「あれ? 青葉くん聞いてなかったんだ。てっきり、翼が部活とかで喋りまくってるんだと思ってたけど。」
下の名前で呼び合う仲……いやまぁ、付き合ってるなら当然か。
「あいつは昔から馬鹿っぽく見せてるけど、意外と思慮深いところもあるんだよ。大事な事は、あまり誰にも言わないことが多い。」
「そうなんだ。青葉くんは去年ずっと翼と一緒にいたから、さすがお互いのことよく知ってるね。熟年夫婦って感じ?」
「あいつが一方的に絡んでくるだけだ。」
そう言うと菅野さんは、くつくつとからかうように笑った。
「多分、月山は菅野さんの事を大事に思ってるんだと思うよ。だから、ペラペラと周囲に喋ったりしないのだと思う。」
「そっかぁ。それはなかなか嬉しいね。」
菅野さんは表情こそ変わらなかったが、少しだけ頬が赤らんだ気がした。
「青葉くんと翼が昔からの付き合いのように、私と若葉も長い付き合いなんだよ?」
「そうだったんだ。」
「うん、幼馴染といっても過言ではない。」
幼馴染――何歳から知り合いなら幼馴染と言えるのだろうか、幼馴染の正確な定義はわからないが、長い時間を共にしている事は二人の様子からも感じられる。
「青葉君なら、若葉のことを御願いしてもいいかもしれない。」
「……はい? 何の話?」
「青葉君が、若葉の彼氏になる未来があれば素敵だな、と言っても過言ではない。」
「な、何言ってるの!? 菅野さん!?」
「そして、若葉も青葉君のことを好意に思っている」
まじでか……神崎さんが、俺に好意を持っているだと!?
「うそ!? ほんとうに!?」
「いや、それは過言だったかもしれない。」
「そ、そうか……。」
思い切り肩透かしを食らった気分だ。
「ふふふっ、青葉くんって案外感情がわかりやすいね。」
「っ……悔しいが言い返せない。」
先ほどから会話が完全に菅野さんのペースだ。面白いように踊らされている。手玉に取られている。
しかし、菅野さんのペースはまだ終わらない。
「でも、昔ほど若葉のことは――好きじゃなくなったのかな?」
「えっ?」
ぽかんとする俺に、菅野さんは容赦なく続ける。
「いや、好きの絶対量は変わらないけど、他に好きな人ができて相対的にそう見えるのかな。」
「……はい?」
先ほどから、菅野さんの言葉に何度もドキリとさせられる。彼女と二人でしっかり話すのは始めてである。こんな鋭い洞察力を持っていたとは……。
「違ってたらごめんね。ただ私はもし、青葉君にその気があるなら、若葉との仲を応援したいと思うの。あの子は強いけど、危なっかしいところがある。一人で荷物を抱え込み、そして知らぬ間に一人で押し潰されそうになっている。それをさっと支えてくれる人が必要なの。」
それは鋭い観察眼で長年見続けた、菅野さんの捉える神崎さんの姿だった。
「でも……それは……。」
「ふふっ、困ってるねぇ……。私も青葉君を困らせている自覚はある。」
「あるんだ……。」
「まぁもしその気があるなら、私は応援するよ。そしてもしその気がないなら、彼女が平穏な気持ちで夢を追えるように、そっとしてあげてほしい。」
菅野さんの言わんとすることの意味を把握するまで、しばらくのタイムラグがあった。相変らず真野、松坂、クラス委員長たちはわいわいと楽しそうに騒いでいる。
「それはつまり……神崎さんと付き合う気がないなら……彼女と距離をおけってこと?」
「そこまでは言わないけど。でも、あの子の器はもう一杯なの。これ以上何かを抱えるといつか溢れかえってしまう。下手にあの子が青葉君を好きになって、その時に青葉君の気持ちが離れてしまっていたら、きっと彼女は潰れてしまう。」
「それは、過言ではなくて?」
「これは確信してるわ。幼馴染から見た断定できる事の一つ。だから、もし若葉を傷つけたくないなら、私の忠告は胸にとめておいてね。」
「……わかった。でも、その心配はないさ。」
忠告されるまでもなく、俺は神崎さんをこっそり見つめているだけで、特にアピールらしき事はしてこなかったのだ。それどころか、今では恋心をなくそうとすら考えている。そんな俺に神崎さんが恋心を抱くことはないだろう。
何とも言えない気持ちで、俺はその日の打ち上げを過ごした。
打ち上げに参加したクラスメイト達は、クラス委員長の号令でジョッキを掲げて声をあげる。
「体育祭っ! お疲れ様~! まじ卍~!」
「「まじ卍~!!」」
なんとかならんのかこのノリは……。
そう思いつつも一応空気を読んで声を出し、近くの連中とジョッキを重ねた。
「俺らも来年受験かぁ、そろそろ進路のこと考えないとなぁ。」
乾杯後、コーラの入ったジョッキをぐるぐると回しながら、野球部の松坂が将来の話を切り出した。
松坂の言葉に対し、バスケ部の真野はぼやくように言う。
「とりあえず、いい大学に行く、そして名のある企業に正社員で採用されるだけでいいさ。」
「それが……幸せなのかな。」
ふと思った言葉が、口に出てしまっていた。真野は少し目を丸くし、松坂も少し怪訝そうな顔で俺を見つめた。
「おっ、青葉も何か意見したそうだな。」
真野はもんじゃ焼きをつつきながら、興味深そうにそう言った。
「あっ、すまん……。いや、そういうわけじゃないけど。」
「でもまぁ、今の時代は幸せの形って色々だからね。」
クラス委員長が、知ったような口をききながら割り込んできた。
「委員長は、将来のこととかちゃんと考えてるの?」
俺の横に座っていた菅野さんが質問し、クラス委員長は言葉に詰まった。
「そ、そうねぇ……。う、うーんと、とりあえず大学に行って、ご……合コンとかで……お金もちのIT社長とかと知り合って……。」
ざっくりしてる……。まぁ彼女らしいと言えば彼女らしい。自分の他にも将来のことがふわっとしている人間が多くいることに、どこか安堵を感じる。
「クラス委員長は、なんか普通のOLやってそうだなぁ。」
真野の意見に、松坂は「あぁ、わかる。十年後も同じような事言ってそう」と笑った。
「お前ら、馬鹿にしおってー!」
わいわいと三人が騒ぎだしたので、俺は隣りに座る菅野さんへ話題を振った。
「菅野さんは将来のこととか考えてる?」
俺の問いに、菅野さんはもんじゃ専用の小さいコテをくるくる回しながら、「うーん」と小首を傾げた。
「一応考えてはいるけど……でも、若葉みたいにはっきりしてないな。」
若葉――神崎さんの進路。
「神崎さんの進路……音大行くんだよね。」
俺は他に誰も聞いてないのを確認してから、小声でそう尋ねた。
「ふふっ、やっぱり青葉くんも若葉の進路を知ってたか。」
やっぱり――という言葉が少し引っかかったが、菅野さんが続けて話し始めたので突っ込まなかった。
「若葉みたいに、はっきりした夢があればいいけど……それがまだ見つからない人は、とりあえず目の前のできる事をするしかないんじゃないかな。そして学生にとって、目の前のできる事は勉強だ。青葉くんはそれについてどう思う?」
「同意見だよ。勉強は蔑ろにしてはいけない。」
菅野さんは俺の言葉に頷いて、ゆっくり口を開いた。
「勉強を蔑ろにしていいのは、特別な夢を持ってる人か、特別な才を自覚する人だけだ。夢がなく、特別な才がない学生は、普通に勉強して、普通に就職するしかない。」
「普通に勉強し、普通に就職か。なんだか俺の事を言われているみたいだ。」
「ふふっ、私は自分のことを言ったつもりだったけどね。」
菅野さんはすらっとした脚を組み直し、大人びた笑みを浮かべた。その仕草に思わずどきっとしてしまう。
「青葉君は、うちのポンコツ彼氏と違って話をよく聞いてくれるね。」
「ポンコツ彼氏……。あぁ、やっぱり月山と付き合ってるの?」
俺の問いに、菅野さんは少し驚きの表情を見せた。
「あれ? 青葉くん聞いてなかったんだ。てっきり、翼が部活とかで喋りまくってるんだと思ってたけど。」
下の名前で呼び合う仲……いやまぁ、付き合ってるなら当然か。
「あいつは昔から馬鹿っぽく見せてるけど、意外と思慮深いところもあるんだよ。大事な事は、あまり誰にも言わないことが多い。」
「そうなんだ。青葉くんは去年ずっと翼と一緒にいたから、さすがお互いのことよく知ってるね。熟年夫婦って感じ?」
「あいつが一方的に絡んでくるだけだ。」
そう言うと菅野さんは、くつくつとからかうように笑った。
「多分、月山は菅野さんの事を大事に思ってるんだと思うよ。だから、ペラペラと周囲に喋ったりしないのだと思う。」
「そっかぁ。それはなかなか嬉しいね。」
菅野さんは表情こそ変わらなかったが、少しだけ頬が赤らんだ気がした。
「青葉くんと翼が昔からの付き合いのように、私と若葉も長い付き合いなんだよ?」
「そうだったんだ。」
「うん、幼馴染といっても過言ではない。」
幼馴染――何歳から知り合いなら幼馴染と言えるのだろうか、幼馴染の正確な定義はわからないが、長い時間を共にしている事は二人の様子からも感じられる。
「青葉君なら、若葉のことを御願いしてもいいかもしれない。」
「……はい? 何の話?」
「青葉君が、若葉の彼氏になる未来があれば素敵だな、と言っても過言ではない。」
「な、何言ってるの!? 菅野さん!?」
「そして、若葉も青葉君のことを好意に思っている」
まじでか……神崎さんが、俺に好意を持っているだと!?
「うそ!? ほんとうに!?」
「いや、それは過言だったかもしれない。」
「そ、そうか……。」
思い切り肩透かしを食らった気分だ。
「ふふふっ、青葉くんって案外感情がわかりやすいね。」
「っ……悔しいが言い返せない。」
先ほどから会話が完全に菅野さんのペースだ。面白いように踊らされている。手玉に取られている。
しかし、菅野さんのペースはまだ終わらない。
「でも、昔ほど若葉のことは――好きじゃなくなったのかな?」
「えっ?」
ぽかんとする俺に、菅野さんは容赦なく続ける。
「いや、好きの絶対量は変わらないけど、他に好きな人ができて相対的にそう見えるのかな。」
「……はい?」
先ほどから、菅野さんの言葉に何度もドキリとさせられる。彼女と二人でしっかり話すのは始めてである。こんな鋭い洞察力を持っていたとは……。
「違ってたらごめんね。ただ私はもし、青葉君にその気があるなら、若葉との仲を応援したいと思うの。あの子は強いけど、危なっかしいところがある。一人で荷物を抱え込み、そして知らぬ間に一人で押し潰されそうになっている。それをさっと支えてくれる人が必要なの。」
それは鋭い観察眼で長年見続けた、菅野さんの捉える神崎さんの姿だった。
「でも……それは……。」
「ふふっ、困ってるねぇ……。私も青葉君を困らせている自覚はある。」
「あるんだ……。」
「まぁもしその気があるなら、私は応援するよ。そしてもしその気がないなら、彼女が平穏な気持ちで夢を追えるように、そっとしてあげてほしい。」
菅野さんの言わんとすることの意味を把握するまで、しばらくのタイムラグがあった。相変らず真野、松坂、クラス委員長たちはわいわいと楽しそうに騒いでいる。
「それはつまり……神崎さんと付き合う気がないなら……彼女と距離をおけってこと?」
「そこまでは言わないけど。でも、あの子の器はもう一杯なの。これ以上何かを抱えるといつか溢れかえってしまう。下手にあの子が青葉君を好きになって、その時に青葉君の気持ちが離れてしまっていたら、きっと彼女は潰れてしまう。」
「それは、過言ではなくて?」
「これは確信してるわ。幼馴染から見た断定できる事の一つ。だから、もし若葉を傷つけたくないなら、私の忠告は胸にとめておいてね。」
「……わかった。でも、その心配はないさ。」
忠告されるまでもなく、俺は神崎さんをこっそり見つめているだけで、特にアピールらしき事はしてこなかったのだ。それどころか、今では恋心をなくそうとすら考えている。そんな俺に神崎さんが恋心を抱くことはないだろう。
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