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夏休み 五章 終わる夏休みと終わらない宿題
032 俺と彼女の未来予想図
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ちろるの言葉が発端であるこの気恥ずかしさを紛らわすように、俺はテーブルの台拭きをかってでた。リビングのテーブルを拭き、普段ちろるの家族が食卓を囲んでいるであろう椅子に着席した。
リビングには、ちろるの幼少時代が写されている家族写真が飾られていた。スキー場だろうか――雪にまみれて嬉しそうに笑う5歳くらいのちろるに、母親が優しい笑みを浮かべながら頭にのった雪を払ってあげている。撮影者はおそらく、ちろるの父だろう。
夏にキャンプにいったらしき写真、遊園地の写真、小学校の入学式、どれも幸せそうな桜木家の歴史が切り取られていた。それらは技術的に優れているというわけではなさそうだが、どの写真にも見る人の感情に語りかける温かさがあった。
それら写真を眺めただけでも、ちろるが両親に大事に育てられた一人娘だという事が伝わってくる。彼女の他人に思いやりをもって関われるところや、感謝や愛を素直に人へ伝えられるところは、きっと彼女の本来の性質だけでなく、注がれた両親からの愛情の深さも起因しているのだろう。
「写真に残すって――やっぱりいいことだな。」
桜木家のリビングに飾られた写真を眺めながら、俺はふとそんな言葉を漏らした。その時、台所の方から桜木家の愛娘の声が聞こえてきた。
「雪ちゃん先輩、ご飯できましたよ~。……って、何私の子供の頃の写真凝視してるんですか!?」
「あっ、ごめん。でも、いい写真だなって思って。」
「恥ずかしいんであんまり見ないでくださいよぉ///」
そう言いながらも、照れ笑いのような表情をちろるは浮かべた。それはきっと彼女もそれらの写真を気に入っているからだろう。
「さぁ、冷めないうちにいただきましょう。」
簡単な物しか用意できないと言っていたが、食卓には肉じゃがにチンジャオロース、白魚と水菜の和え物、ほかほかの白ご飯が並び、十分過ぎる品揃えの料理たちで彩られた。
「そうだな。頂きます――――うまっ!!」
彼女の作った肉じゃがは、ホクホクしたじゃがいもに、甘くとろける玉ねぎ、牛肉も口の中で解けるほど柔らかく、文句なしに美味しかった。
チンジャオロースも香辛料が絶妙にきいており、白いご飯がどんどんすすんだ。
「めっちゃ美味しいよ。すごいなちろるん。」
「それはよかったです。ご飯のお代わり、欲しければ言ってくださいね。」
エプロン姿のままのちろるは、そう言ってにこりとほほ笑んだ。火のついたコンロの前で料理を作っていたからか、彼女の髪は少し汗でしっとりし、前髪が額にぴたっとくっ付いている。
きっと彼女と結婚したら、健気に尽くしてくれるいいお嫁さんになるのだろう――そんなはるか先の未来予想図が頭をよぎった。ついこの間まで、恋愛対象にすら見てなかった彼女に、気が早すぎる妄想をしている自分が何だか可笑しかった。
大丈夫だ――俺の中で、ちろるの存在は確実に大きくなっていっている。
晩御飯を食べ終えた後、せめて皿洗いくらいはさせてほしいと申し出た。俺が片づけをしている間、ちろるは食後のコーヒーを淹れてくれた。コーヒーの安らぐ香りにほっと一息つく。嗜好品という物は、必ずしも必要なものではないが、あれば人生をより豊かに満たしてくれるものだ。
「あっ、先輩……。もうすぐお母さんが帰って来ちゃうそうです……。」
ちろるは自分のスマホの画面を見ながら、少し慌てた様子で言った。
「そっか、もう時間も八時前だもんな。」
挨拶くらいはして帰ったほうがいいのだろうか――と思ったが、ちろるはそれは止めといた方がいいと忠告した。
「うちのお母さん、滅茶苦茶おしゃべり好きですから……。先輩を根掘り葉掘り質問攻めにしたり、自分の青春時代のエピソードを延々と話し続けたりしますよ。その前に帰った方が身のためかと……。」
「そ、そうか――そこまで言うなら忠告に従う事にしよう。」
逃げるように帰るのは少し気が引けたが、質問攻めにされるのはやはり気が重い。それに付き合ってもないのに、ちろるの両親にご挨拶するのもおかしなことだろう。大人しくちろるの家を後にし、俺はそそくさと自宅へと戻った。
以上にて、俺の夏休みにおける特筆すべき出来事は終了である。いや――、あともう一つだけあった。夏休み最終日、俺はあるものを購入したのだ。
今思えばそれが――人生における大きな転機となったといえる。
リビングには、ちろるの幼少時代が写されている家族写真が飾られていた。スキー場だろうか――雪にまみれて嬉しそうに笑う5歳くらいのちろるに、母親が優しい笑みを浮かべながら頭にのった雪を払ってあげている。撮影者はおそらく、ちろるの父だろう。
夏にキャンプにいったらしき写真、遊園地の写真、小学校の入学式、どれも幸せそうな桜木家の歴史が切り取られていた。それらは技術的に優れているというわけではなさそうだが、どの写真にも見る人の感情に語りかける温かさがあった。
それら写真を眺めただけでも、ちろるが両親に大事に育てられた一人娘だという事が伝わってくる。彼女の他人に思いやりをもって関われるところや、感謝や愛を素直に人へ伝えられるところは、きっと彼女の本来の性質だけでなく、注がれた両親からの愛情の深さも起因しているのだろう。
「写真に残すって――やっぱりいいことだな。」
桜木家のリビングに飾られた写真を眺めながら、俺はふとそんな言葉を漏らした。その時、台所の方から桜木家の愛娘の声が聞こえてきた。
「雪ちゃん先輩、ご飯できましたよ~。……って、何私の子供の頃の写真凝視してるんですか!?」
「あっ、ごめん。でも、いい写真だなって思って。」
「恥ずかしいんであんまり見ないでくださいよぉ///」
そう言いながらも、照れ笑いのような表情をちろるは浮かべた。それはきっと彼女もそれらの写真を気に入っているからだろう。
「さぁ、冷めないうちにいただきましょう。」
簡単な物しか用意できないと言っていたが、食卓には肉じゃがにチンジャオロース、白魚と水菜の和え物、ほかほかの白ご飯が並び、十分過ぎる品揃えの料理たちで彩られた。
「そうだな。頂きます――――うまっ!!」
彼女の作った肉じゃがは、ホクホクしたじゃがいもに、甘くとろける玉ねぎ、牛肉も口の中で解けるほど柔らかく、文句なしに美味しかった。
チンジャオロースも香辛料が絶妙にきいており、白いご飯がどんどんすすんだ。
「めっちゃ美味しいよ。すごいなちろるん。」
「それはよかったです。ご飯のお代わり、欲しければ言ってくださいね。」
エプロン姿のままのちろるは、そう言ってにこりとほほ笑んだ。火のついたコンロの前で料理を作っていたからか、彼女の髪は少し汗でしっとりし、前髪が額にぴたっとくっ付いている。
きっと彼女と結婚したら、健気に尽くしてくれるいいお嫁さんになるのだろう――そんなはるか先の未来予想図が頭をよぎった。ついこの間まで、恋愛対象にすら見てなかった彼女に、気が早すぎる妄想をしている自分が何だか可笑しかった。
大丈夫だ――俺の中で、ちろるの存在は確実に大きくなっていっている。
晩御飯を食べ終えた後、せめて皿洗いくらいはさせてほしいと申し出た。俺が片づけをしている間、ちろるは食後のコーヒーを淹れてくれた。コーヒーの安らぐ香りにほっと一息つく。嗜好品という物は、必ずしも必要なものではないが、あれば人生をより豊かに満たしてくれるものだ。
「あっ、先輩……。もうすぐお母さんが帰って来ちゃうそうです……。」
ちろるは自分のスマホの画面を見ながら、少し慌てた様子で言った。
「そっか、もう時間も八時前だもんな。」
挨拶くらいはして帰ったほうがいいのだろうか――と思ったが、ちろるはそれは止めといた方がいいと忠告した。
「うちのお母さん、滅茶苦茶おしゃべり好きですから……。先輩を根掘り葉掘り質問攻めにしたり、自分の青春時代のエピソードを延々と話し続けたりしますよ。その前に帰った方が身のためかと……。」
「そ、そうか――そこまで言うなら忠告に従う事にしよう。」
逃げるように帰るのは少し気が引けたが、質問攻めにされるのはやはり気が重い。それに付き合ってもないのに、ちろるの両親にご挨拶するのもおかしなことだろう。大人しくちろるの家を後にし、俺はそそくさと自宅へと戻った。
以上にて、俺の夏休みにおける特筆すべき出来事は終了である。いや――、あともう一つだけあった。夏休み最終日、俺はあるものを購入したのだ。
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