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一学期 三章 球技大会の幕開け

021 神崎さんは、バドミントンをする姿もとっても可愛い。

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 神崎さんが男子の球技大会の試合を観に来てくれないのは、もうこの際どうしようもないので仕方あるまい。だが、こちらから体育館に足を運び、神崎さんのバドミントンの試合を応援に行くというのはどうだろうか。

 まさにコペルニクス的発想である。物事の見方を180度変える発見だった。

 しかし、この天才的発想には、実行に移すには大きな問題点があった。それは無論、一人で女子の応援に行くなんて……初心な俺には恥ずかしくて出来ない! ということである。

 一人で体育館に行くと、おそらくこうなるだろう。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 体育館の扉をおそるおそる開き、中の様子を覗きこむ。見渡す限りは女子ばかりだ。一部の男子がいるが、あれは所謂世間で言うところのパリピ……とてもじゃないが、彼らに交じって肩を並べて応援するなんてできやしない。

 そこで俺はこそこそと体育館の隅で、女子のバドミントンの試合を見物する。

「ちょっと……青葉が一人でうちらの試合観に来てるよ……。」
「うっわ。ほんとだ~。何で一人で見に来てんの? ちょっと気持ち悪くない?」

 とまぁ、こんな感じに……非常に居た堪れない、悲しい男子高校生の図が容易に想像できてしまう。もう想像しただけでしんどくなってくる。

「……うわ~っ」

 俺は石段の上で、頭を抱えながら唸った。

 神崎さんがバドミントンしてるところめっちゃ見たい! っでも、一人で体育館まで応援に行くとか絶対無理っ! 超絶恥ずかしい……。

 おい、誰かバドミントンの応援行くとか言えよ! 頼むから……おい、真野! お前バスケ部だろ! 普段体育館使ってんだろ? 「暇だからバスケしに体育館いくわ」とか言えや。もう誰でもいいから言ってくれよ~!!!

「おい、何を一人頭を抱えて唸っているんだ?キモイんだけど。」

 この辛辣な凍てつくような声……そしていい歳して、すぐ「キモイ」とか言っちゃうのは間違いなく姉貴である。

「もう、吹雪ちゃん。可愛い弟君にそんなこと言っちゃ駄目でしょう?」

 そしてつい甘えたくなるこの声は、間違いなく言葉おね……言葉先輩である。おそるおそる俺は、声のする方向へと顔をあげた。

「何してんですか?二人とも……。」

 石段の上では、姉貴と言葉先輩が、何やら段ボールを抱えて立っていた。

「倉庫から三年の球技大会で使う備品を運ぼうと思ってな。今は試合がないのなら丁度いい。手伝いなさい。」
「……いや、この後試合だし。」

 嘘である。本当はこの後の試合のそのさらに後が試合である。しかし、簡単にこき使われてばかりはいけない。

 しかし、姉貴は全てを見透かしたようにこう言った。

「そうか、残念だな。ちなみにこの荷物は、体育館に運び込むつもりなんだがな。今頃、体育館では、二年の女子がバトミントンの試合をしているだろうな。……では、こんな冷たい弟は放っといて、さっさと体育館に向かうとしよう。」

「……っ!?すんません!手伝います。お荷物お持ちします!」

「どうしたの弟くん?急にやる気まんまんだね。」
「言葉先輩、女性がこんな重たい荷物持っちゃ駄目ですよ。俺が持ちます。」

「えっ……あ、ありがとう///」
「おい、私のも持ちなさいよ。」

「姉貴は俺より力あるから大丈夫だろ?」

 そう言った瞬間、音速のパンチが俺の側頭部をかすめた。摩擦でちりっと俺の髪が焦げる音がした。

「何か言ったか?」
「いえ……何でもございません……。」

「全く、まだ荷物はある。こっちはいいから、あそこの段ボールを運ぶのを手伝ってくれ。」
「はいはい……。」

 こうして俺は段ボールを担ぎ、姉貴と言葉先輩とともに体育館へと向かった。何という僥倖であろうか、きっと柄にもなくクラスのために頑張った俺に、天からのお恵みが授けられたのだろう。

 姉貴にも感謝しなくては……。

 姉貴には一年の頃から、俺が神崎さんに片思いしていることを感づかれている。まぁ姉貴は弟の恋路なんかに何の興味もないらしく、別に俺の恋路の邪魔をしてきたりはしない。ただまぁ、何かあれば弱みとしてチラつかせてくる程度だ。

 体育館の扉を開くと、そこには女子高生たちが、きゃっきゃ、うふふとバドミントンを楽しむ素敵な光景が広がっていた。その中でも圧倒的な神聖さすら漂う彼女へと、俺の視線は釘付けになった。

 神崎さんは、同じく吹奏楽部の菅野さんとペアになり、バドミントンの試合をしている真っ最中だった。

「おい、早く中へ入るぞ。」
「う、うん。わかってるよ……。」

 同級生の女子ばっかりの体育館に、男子が一人入り込むのには少し勇気がいる。

 しかし、今は生徒会長である姉貴の仕事を手伝わされている、可哀そうな弟という構図が、腕に抱える段ボールからも一目瞭然。俺にはこの女子だけの園へ立ち入る大義名分があるんだ。何も怖がる心配はない。

 姉貴と言葉先輩の後に続いて、球技大会の邪魔にならないよう、体育館の端の方を歩いていく。

 神崎さんは真剣な表情で、バドミントンのラケットを振っていた。しかし、客観的に見ても、彼女はあまり運動神経の良い方ではない。

 神崎さんは頭上高くに上がった羽に狙いを定め、勢いよくラケットを振り抜いた。しかし、見事に空振りし、バドミントンの羽はこつんと神崎さんの頭でバウンドし、そのまま頭の上にのっかった。

「あれれ?」

 神崎さんは不思議そうにラケットを見つめた。きっとラケットに穴があいてないか確認しているのだろう。
「あれれ?」 だってさ。もう可愛いったらありゃしないね。俺がバドミントンの羽でも、ついラケットを避けて、神崎さんの小さな頭の上に着陸したくなってしまうもの。

「おい、何立ち止まっている。早くステージの上に持って行くぞ。」
「えっ……あぁ。」

 ついつい阿呆なことを考えてしまうほどに、神崎さんのバドミントンする姿は可愛かった。神崎さんのことを考えると、俺の知能はおそらくサボテンと同じくらいまで低くなるらしい。

 これだけでもう今日の球技大会に参加した価値はありそうだ。
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