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新たな始まり
290 筋肉達と筋肉祭
しおりを挟むタケダと筋太郎を先頭にして、探索を開始した。
俺達は見守るのがメインで、なるべく手は出さない話になっている。
この狩場は一度しか来ていないが、手前側ならそんなに危険はないだろう。
「おっ」
短い声と共に、タケダが足を止める。
その視線の先には、腹筋の割れた大きなイチゴに逞しい手足の生えたモンスター、≪イチゴマッスル≫がいた。
「これが噂のモンスターか。なるほど、いい筋肉だ」
「おお、なんと美しい」
イチゴマッスルの方もこちらに気付いたようだ。
身体を俺達の方に向けて、一歩踏み出す。
そして、仁王立ちのような体勢で立ち止まった。
力を込めているのか、全身の筋肉が盛り上がっているように見える。
「ほう……これは、リラックスか」
「儂らに挑戦というわけだな。タケ、ここは任せてもらおう」
「ああ、行ってこい」
タケダが意味深に呟く。
筋太郎は不敵に笑いながら、イチゴマッスルの方へと足を踏み出す。
そして、向かい合うように立った。
と思ったら、そのまま隣に並んだ。
「え?」
「どうしたナガマサさん?」
「いえ、どうして並んだのかなって」
「あれでいいんだ。なに、見ていれば分かる」
変な声が出てしまったのを、タケダに拾われた。
素直な感想を伝えると、自信満々に返された。
何故かは分からないが、筋太郎もタケダも楽しそうだ。
タケダがそう言うなら多分大丈夫だろう。
どこからともなく他のフルーツ達も現れて、筋太郎達の横に並び立った。
イチゴマッスルと筋太郎の他に、オレンジ、ブドウ、リンゴが一列になっている。
他のフルーツ達は、俺達側に立って筋太郎達の方を向いた。
「フロントダブルバイセップス!」
「うぇっ!?」
「ふんっ!」
突然タケダが大声で叫んだ。
びっくりして俺も変な声を出してしまった。
どうやら合図だったようで、筋太郎達が同時にポーズを決めている。
ああ、そうか。
今タケダが叫んだのは、ボディビルの、筋肉を見せつける時のポーズの名前だ。
両腕を上げて肘を曲げる格好で、腕を中心に全身を見ることが出来る。
筋太郎もフルーツマッスル達も、腕や腹筋の筋肉がかなり盛り上がっている。
すごい迫力だ。
「キレてる! キレてるぞ!」
「おぉ……」
「すごーい!」
タケダが叫ぶ。
俺は、感嘆の声しか出なかった。
タマも興奮しているようで、はしゃいでいる。
「ほらナガマサさん、感想は声に出してやると喜ぶぞ」
「あ、はい」
タケダに促されて我に返る。
そうだ、これはボディビル大会。
声を上げることで、笑顔も筋肉も更にキレていく。
見ているだけでは勿体無い。
「フロントラットスプレッド!」
「はぁっ!」
再び、タケダの合図でポーズをとる筋肉達。
次は身体の正面、腕を軽く開いてお腹の辺りで両の拳を突き合わせる手前で止めるような体勢だ。
背中の筋肉が広がって、腋の下から覗いている。
「さんばーん! きれてるよー!」
「広背筋がビッグバン!」
「ナイスバルク!」
「直立した亀だね!」
手を口の横に当てて声を出す。
全力だ。
喉とお腹に力を込めて、出せる限りの音量で叫ぶ。
「サイドチェスト!」
「はいどーん!」
次は、腕や脚、後は身体を横から見た時の厚みを見せつけるポーズだったかな。
ポージングと同時にタマが声を効果音を付けている。
ギャラリーの盛り上がりも既に最高潮だ。
「化石が埋まってるー!」
「よっ、カモシカ十頭分!」
「ばりばりー!」
「マッスル大統領!!」
「今日一でゴリラ!」
その後も、次々にポーズが披露されていく。
バクダブルバイセップス、バックラットスプレッド、サイドトライセップス、アブドミナルアンドサイ。
これらが終わって、ポーズダウンと呼ばれる段階に入る。
これが、決勝戦であり、順位発表だ。
全員でポーズを取りながら、タケダの発表に合わせて一名ずつ後ろに下がって行く。
暴れることもなく、健闘を称え合いながら移動する姿はまさにスポーツマンだ。
最後の二人に残ったのは、イチゴマッスル。
そして、筋太郎だ。
「第二位、イチゴマッスル!」
イチゴマッスルは、まるで空を仰ぐように体を傾けた。
そんなイチゴに、筋太郎が握手を求める。
イチゴマッスルは筋太郎の手を取って、頷いた。
優勝者の決定だ。
参加者もギャラリーも、俺もタマもタケダも、全員が拍手をした。
盛大な音が、この会場を包み込んだ。
大会はこうして幕を下ろした。
フルーツマッスル達は満足したのか、意気揚々と去って行った。
「いい大会だったな」
「ああ、そうだな。今回は儂が勝ったが、内心ヒヤヒヤしておったわい」
「実際ギリギリの戦いだった。次は危ないかもしれないぞ?」
「儂も今以上に鍛えておくだけだ」
「ふっ、そうだな」
二人も満足したようで、すっきりした顔をしている。
なんだろう、もう帰るのかな。
「ナガマサさん、お陰で楽しかったぜ。感謝してもしきれないな」
「本当にな! これから錬金術が必要になれば、いつでも声を掛けてくれ!」
「ああ、俺もこれまで以上に力になるぞ」
「ありがとうございます。もう帰りますか?」
聞いてみると、やはり二人とも今日は満足したとのことだった。
あのボディビル大会の報酬なのか、沢山のアイテムがストレージに入っていたらしい。
俺も確認してみると、何故かそれなりに入っていた。
意味が分からなすぎる。
ついでに、マジカルプロテイン―マッスルイチゴ味―をお裾分けでくれた。
これは優勝賞品だそうだ。
「プロテインだー!」
「良かったな、タマ。筋太郎さん、ありがとうございます」
「ありがとー!」
「なに、これくらいどうってことないわい」
嬉しかったようで、タマが飛び跳ねて喜んでいる。
少し変わってるけど、この人もいい人だ。
錬金術っていうのも気になるし、今度色々聞いてみようかな。
さて、とりあえず帰るか。
フルーツマッスルに遭遇することなく船着き場へ到着。
そのままイズハントへと戻った。
ついでにタケダと筋太郎にもクエストを済ませておいてもらうか。
そうすれば俺がいなくても、好きな時に行けるからな。
というわけで、さくっと完了してもらった。
アイテムは例の割高露店で購入した。
元気そうで何よりだ。
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