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新たな始まり

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 ここからでも立派な壁が見える。
 ストーレの街はすぐ近くだ。

 またいつ狙われるとも限らないから、急ぎながらも変に目立たないよう、俺達は少しの早歩きで街へ向かうことにした。
 そこら中にうじゃうじゃいるプレイヤーになるべく近づかないように、慎重にだ。
 頭の上のアイコンを見られたらすぐバレるからな。

「それで、βNPCってなんなの?」
「っ」

 歩き出してすぐ、並ぶように浮いていたルインが問いかけてきた。
 そういえば、後で説明するって言ってそれっきりだった。
 よく覚えてたな。

 シュシュがルインの言葉に反応したように見えたが、気のせいか?
 でも多分、何か言いたそうにして、止めた。

 言いにくいことなら、無理に聞きだす必要もないだろう。
 っていうか、NPCのクオリティが高すぎるな。
 葛藤してる人間の表情として完璧だ。
 他のゲームじゃ見たことが無い。

「俺の頭の上のアイコン、見えるか?」
「この緑色のやつよね? 見えるわ」
「それじゃあ、シュシュの上にあるのは?」
「あれ、青いわね。でも、これがどうしたのよ」

 ルインはシュシュのアイコンの周りを漂った後、若干不満げに俺の顔の横まで来た。
 せっかちだな。
 結論を急ぎ過ぎだ。

 そして相変わらず感情が豊かだ。
 コインなのに、ムスッとした表情がなんとなく目に浮かぶ。

「そう焦るなって。βテストって分かるか?」
「分かんないわ」
「あーっと、このゲームは今日正式にサービス開始しただろ? でも、ぶっつけ本番でオープンしたわけじゃない。その前に、何回もテストプレイをする必要がある訳だ」
「うん?」

 βテストを知らないルインに、まずそこから説明を開始する。
 それを知ってないと理解出来ないだろうからな。

 しかし、ルインは不思議そうな声を零した。

「どうした?」
「……まぁいいわ、続けて」
「それで、ほぼ完成に近づいた段階で、ユーザーに実際にプレイしてもらうことを、βテストって呼ぶ。ここまではいいか?」
「大丈夫よ」
「勿論このゲームでもβテストの参加者、βテスターを募集した。俺も応募したけど、まあダメだったな。競争率が高すぎた」
「それで?」
「βテストはある一定の期間が経てば終わる。けど、記念ってことでその時のテスターのデータは最新技術で保存して、NPC化された。それがβNPCだ」
「そういう、ことね」

 所々ルインの反応が素っ気なかったが、そういうものだろう。
 簡潔に一気に説明した。
 聞き終わったルインは、納得したように呟いている。
 でもなんか暗いな。

「さっきの奴、あれも一般プレイヤーでしょ? どうしてβNPCを狙ってたの?」
「βNPCは、テスト時のテスターのデータから作られてるから、そのテスターと同じような行動をする。生産や商売、狩りなんかも再現されて、この世界の住人として生きている」
「うん」
「けど、あくまでも記念だからな。βNPCを倒すと、そのキャラが持ってるアイテムやお金、経験値なんかをほぼ丸ごともらえる。所謂、ボーナスキャラだな。倒しても倒されても特にペナルティも無いし、こぞって狙ってくるだろうな」
「そんな、そんなことって……」

 実際、俺もそのつもりだった。
 レベルが上がってある程度強くなったら、βNPCを積極的に狩ろうと、そう思っていた。
 公式ホームページにでっかく宣伝されてたし、多分知らない一般プレイヤーは少ないだろう。

 ルインは、なんだろう、怒ってる? 
 もしくは、悲しんでいる? 両方?

 様子を見ていると、歩いている俺の前へと躍り出て、同じような速度で進行方向に飛んでいる。
 器用な事しやがるな。
 視野は狭いらしいけど、それって後ろ見えてるのか?

「ゼノ、お願いがあるの」
「何?」
「あの子を、シュシュを守ってあげて欲しいの!」
「えっ?」
「どうしたんだ、急に」

 急に真面目な顔――は無かったな。
 真面目な雰囲気で、ルインが変なお願いをしてきた。
 並んで歩いてるシュシュも面喰っているようだ。

「詳しいことは言えないけど、お願い……!」
「ルインさん、私」
「いいの、何も言わないで」
「ルインさん……」

 なんだこの空気は。
 相棒もβNPCも、反応や言動が滑らかと言うか、違和感が無さ過ぎる。
 
 どんな変態が作ったら、こんな真摯なお願いが出来るのか。
 理解出来ない。

「まぁ、その、なんだ、お前にそんなに畏まられると困惑するから止めてくれ」
「でも――!」
「大丈夫だ。迷惑じゃなければ、守ってやるさ。今更見捨てたんじゃ、さっきの俺の頑張りも勿体ないだろ?」
「ゼノ! あんた、いいとこあるじゃない!」
「いいとこしかねーよ」
「今だけは否定しないであげるわ!」
「こいつ――!」

 あー、なんか照れ臭い。
 でも、引き受ける意思を見せたらルインは喜んでくれた。
 その感情を全身で表現するかのように、ひらひらクルクル舞っている。

「というわけでシュシュ、良かったら俺達と一緒に行動しないか? 勿論、迷惑なら街まで送ったらそれ以上は関わらない」
「そんな、迷惑なんてことないよ! でも、いいの?」

 NPCとはいっても、反応は人間と変わらない。
 本人の意思を尊重したい。

 俺の提案を聞いたシュシュは、足を止めて俺をじっと見つめてきた。
 思わず俺も立ち止り、見つめ返す。
 ここで怯んだら負けな気がする。

「よくなかったら提案なんてしないから、気にするな。相棒たってのお願いだしな」
「あたし達にどんと任せなさい」
「二人とも、ありがとう。これからよろしくね!」

 出来るだけ堂々としてみせた。
 正直、他人と見つめ合うとかコミュ障の俺にはきついが、ここが正念場だ。
 目を逸らすな!

 その甲斐あってか、シュシュは笑顔で提案を受け入れてくれた。
 良かった。
 正直、俺も可哀そうな気がしてしまったからな。
 全てを守れる訳でもないけど、せめて知り合ったシュシュくらい、守ってみせたい。

 それにしても、いい笑顔だ。

「本人達にこんなこと言うのもなんだけど、二人とも人間らしくて驚いたよ。まるで、本物の人間が操作してるみたいだ」
「そ、そんな訳ないじゃない。ねぇ、シュシュ?」
「そ、そうだよー。私達はれっきとしたNPC、だよ?」
「だよな」

 NPCがこのゲームで何体いるかは分からないが、態々操作に人間を入れていたら人件費がやばいことになりそうだ。
 開発費用だけで恐ろしいことになってそうなのに、そんなことしないよな。

「ほらほら、早く街に行かないと、また襲われるわよ!」
「そ、そうだね。急ごう! ほら、ゼノさんも!」
「分かってるって。目立たないように、かつ迅速にな」

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