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272 純白と紅

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「ええと、†紅の牙†……さん?」
「突然すまない」
 
 あまりにも予想外過ぎる人物だ。
 この世界に来てすぐの頃に、タマに懲らしめてもらったことがある人物だ。
 ミルキーに変な絡み方してたし、それは仕方ない。

 少し前にトップギルド≪三日月≫と決闘した時も、突然現れた。
 その時はマスターである伊達と、何故か一騎打ちを始めてたな。
 モグラが言うには俺を庇ってくれたらしい。
 終始怯えられていたから本人と話は出来なかったから、真相は謎だけど。

 そんな†紅の牙†がどうしてこんなところに……?
 よく見ると、その背中には誰かが背負われている。
 その特徴的な明るい紫のとんがり帽子と、笑顔の仮面は――。

「純白猫さん!?」
「ああ、やっぱり貴方の知り合いだったんですね。良かった……」

 思わず名前を口にしてしまった。
 それを聞いた†紅の牙†は、安心したように息を吐いた。
 あれから初めてまともに会話したけど、敬語になってるのは何故だ。
 伊達への態度と大きく違う。
 ああいや、今はそんなことどうでもいい。

「一体どうして純白猫さんを背負ってウチに来てるんですか? それに……寝てる、んですか?」
「その辺りはちゃんと説明します。とりあえず、敵対しに来た訳じゃないんで攻撃しないでくださいね。寝てるだけで、この通り無事です」
「大丈夫、敵だとは思ってないですよ」

 だからそんなに怯えなくてもいいって。
 すごい目線逸らされてるし、よく見ると†紅の牙†の脚が震えている。
 怖がられ過ぎじゃない?

 少し心配になりつつも、純白猫を受け取る。
 そのまま、様子を窺いにやってきたミルキーに任せた

 †紅の牙†にも家の中へ入るよう勧めてみたが、断られた。
 このまま説明をしてくれるようだ。
 
 今朝11時半頃、†紅の――ああもう面倒だから紅でいいか。
 紅は教会へ向かう途中、路地裏に引きずり込まれる純白猫を偶然にも目撃した。

 放っておけなかった紅はすぐさま追いかけた。
 PKとの激戦の果てに、救出に成功。
 しかし、純白猫はPKのスキルで負傷、特殊な状態異常を受けてしまう。

 HPの最大値が減少し、継続的なダメージを受ける。
 更に、効果を発揮している間は目覚めることがないという。

 なんだそれ。
 完全に呪いの類じゃないか。

「もはや呪いですね。厄介なPKの一人だったみたいです」

 俺が驚いていると、紅はそう添えてくれた。
 純白猫以外にも結構な数の被害者がいたらしい。
 そんなのに襲われて無事で済んで、紅には感謝しかない。

「でも、もう治ってるよね。どうやったの?」
「ええとですね」

 その状態異常の治療法は、高度な浄化のスキルが必要だった。
 しかし、そこまで支援に特化したプレイヤーはそうそういない。
 一先ず紅は、顔見知りの薬師に相談した。

 紅は言われるがままに駆けずり回って、材料を調達した。
 そうして作られた色々な薬を試したが、効果はない。
 お手上げだったそうだ。

 そこで薬師は、とある村に住む商人が、とんでもないポーションを手に入れたと話していたのを思い出した。
 その商人はそのポーションを量産できる者を探して、薬学に詳しい者に声を掛けていた。
 薬師も、その一人だった。

 紅はその薬を求めて、この村へとやって来た。
 気を失った純白猫を転移スキルで運ぶことが何故か出来なかった為、背負ったまま歩いたらしい。

 そうして紅は、PKや一般プレイヤーのちょっかいを撥ね退けて、村に辿り着いた。
 商店の主人も最初は渋っていたが、事情を知るや快く提供してくれたらしい。

 流石、気がいいな。
 明日にでもお礼を言いに行かないと。

「そのポーションをかけたら状態異常は治ったんですが、一瞬意識を取り戻したとおもったらまた気を失ってしまって……」
「大丈夫なんですか?」
「寝てるだけだと思います。その時に、ナガマサさんの名前を呟いていたので連れてきました」

 そういうことだったのか。
 本当に、紅には頭が下がる。

「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか」
「いえ、お役にたてたのなら良かったです。……あの」
「なんですか?」
「前、俺は調子に乗ってました。あの時は……本当にすみませんでした」

 紅は頭を下げた。
 ずっと反省していたようだ。
 そこまでされなくても、俺はもうとっくに怒ってなんかいない。
 腹いせみたいに小さな仕返しもしたしな。

 ただ、それをそのまま伝えても納得しないだろう。
 相当怖がられてるみたいだからな。
 そんな相手に、怒ってないよ、なんて言われたって不安なだけだ。

「頭を上げてください。反省してるなら、全部水に流しますよ」
「はい、反省してます。もうあんな馬鹿なことはしません」

 頭を下げたままの紅に声を掛ける。
 まだ怯えられてる感じがするな。
 少し待つと、紅は疑うように顔をゆっくりと上げる。様子を窺っているらしい。

「じゃあ頭を上げてください。今回だって、紅さんがいてくれたお陰で純白猫さんが助かったんです。ありがとうございました」
「ええ!? いや、俺なんてそんな大したことは」
「俺にとっては大したことですよ」

 頭を下げて感謝の気持ちを伝える。
 驚いたようで、紅は変な声を出した。
 少しは緊張も解れただろうか。

「お礼もしたいので、是非寄って行ってください。パーティーの途中なんですよ」
「いや、俺は……仲間も待たせてるので」
「そうですか」

 それは無理に引き止めるのも悪い。
 だけどこのまま返すのも気が引ける。
 受けた恩はきっちりと返しておきたい。

「それじゃあ、今欲しい装備とかないですか?」
「装備? どうしてそんなことを」
「いいからいいから」
「うーん……」

 質問を遮って解答を促す。
 少し考えた紅は、何か思いついたようだ。

「それなら……アクセサリー、ですかね」
「分かりました」

 素材はおろし金の剣のような棘、≪滅魔金蛇の神剣棘≫を使う。
 待たせるのも悪いし急いで作る。
 完了させると、出来上がったアクセサリーが現れた。
 そのまま、俺の手の中にポトリと落ちた。

「感謝の気持ちです。受け取ってください」
「いや、でも」
「いいから」
「いーからいーから」
「ひっ、あ、有難くいただきます!」

 紅はやっぱり遠慮しようとした。
 念を押そうとしたところで、背後からタマの声が聞こえた。
 いつのまにか寄って来てたようだ。

 タマの姿を見た紅は瞬時に意見を変えて、アクセサリーを受け取ってくれた。

「それじゃあ、俺はこれで!」

 そのまま立ち去ってしまった。
 そんなにタマが怖いのか。
 せっかく怖がられなくなったと思ったのにな。
 ……まぁ、タマを1日程貼りつかせて獲物を横取りさせてたせいだとは思うんだけど。
 俺も反省しよう。

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