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外伝 紅の剣士3
しおりを挟む「スマッシュ!」
「ギッ!?」
目の前の獲物に意識が集中しているところに、横から切りかかる。
だが、寸前で身体を捻って距離を取られた。
斬撃は武者クワガタの腕を掠めたが、浅い。
それでも注意は引けたようだ。
女に向いていた視線も意識も、完全に俺へと向いている。
それは怒り。
そして殺意へと移り変わっていく。
そんなに邪魔されたのがムカつくか?
俺だって、レベル上げに来ただけなのに巻き込まれてイラついてるんだ。
倒せなかったとしても、逃げる前に痛い目見せてやろうか、クソ武者め。
「ギチギチギチ」
「警戒してるのか? いいぜ、睨み合いならしばらくは付き合ってやる」
武者クワガタは威嚇音を口から発したまま俺を睨みつけている。
突然の乱入者に驚いたようだな。
せめてあのプレイヤーを逃がすまで、そのままでいて欲しいところだ。
「コトノ!」
「はい、ただいま! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……」
「早く、こっちです!」
「ギシャァッ!」
「ちっ、早くしろ!」
「ひえぇ!」
コトノが女性プレイヤーの方へ向かう。
そっちに意識を逸らしたその瞬間を狙って、武者クワガタが動いた。
手に持った刀が怪しく煌めく。
ここで俺がやられれば、そのままコトノや助けたプレイヤーにも向かうだろう。
せっかく助けたのにそれは許せない。
なんとか凌いで、脱出する。
「うおおおおお!! スマッシュ!」
迫る刀に剣を合わせる。
振るうのは、愛剣であり相棒でもある≪闇色の火焔剣≫。
ステータスを持つこいつは普通の武器よりも強靭だ。
そしてそのステータスは俺にも加算される。
武者クワガタと正面から打ち合ったとして、引けは取らない筈だ。
ギキィィィン!!
激しい音と火花が飛び散る。
衝撃も半端じゃない。
それでも、武者クワガタの攻撃を弾き返した。
俺も弾かれているが、充分な成果だ。
ミスをすればそれで終わりのぶつけ合いを、何度も何度も繰り返す。
こいつの攻撃は基本攻撃スキル≪スマッシュ≫を使ってやっと弾き返せる威力だが、≪スマッシュ≫以上の威力を持つスキルは使えない。
武者クワガタの切り返す速度が尋常じゃないせいで、他のスキルを使えばディレイで後が続かない。
奴の体勢を崩せる程の効果を出せればいいが、もしスマッシュと大して変わらなければ、返す刀をスキルで迎撃することが出来ない。
そうなれば大きなダメージを受けることになるだろう。
さっきは痛い目見せてやるとか思ったが、そんな賭けには出られない。
目的は時間稼ぎであって、倒すことじゃない。
「紅さん! オッケーです!」
コトノの合図が来た。
もうSPも切れそうだし、撤収だ。
「スマッシュ! スマッシュ! ヴァリアントスラッシュ!」
「ギギィ!!」
タイミングを計って一際強力なスキルを刀へ叩き込む。
その一撃は今までよりも刀を大きく弾き、武者クワガタを一歩後退させた。
スキルレベルはまだ低いが、鍛えていけば強力な武器になるだろう。
「ファイアーウォール!」
距離が空いた隙に腰に差していた巻物を引き抜いて、スキル名を唱える。
武者クワガタの目の前に出現した炎の壁が武者クワガタを分断した。
「逃げるぞ!」
「はい!」
炎の壁が武者クワガタを弾いているが、所詮は消費アイテムで無理矢理使った魔法だ。
そう長くはもたない。
すかさず俺とコトノは走り出す。
こいつ、普段はとろい癖にこういう時はやけに動きがいい。
森から草原のマップまで戻ってきた。
あまり手前側には移動してきていないが、同じマップであれば確実とは言えない。
そこには、先ほど助けたプレイヤーが待っていた。
「助けてくれて、ありがとう」
「偶々だ。気にするな」
「そうですよ。体は大丈夫ですか? 痛い所はありませんか?」
「大丈夫よ。でも……」
助けたプレイヤー、≪心花(みか)≫は俯いた後、顔を上げた。
その眼には涙が溢れていた。
「どうして――どうしてもう少し早く来てくれなかったのよ――!! そうすれば、ナツキさんは死なないで済んだのに――!!」
ゲームなのに、泣けるんだな。
そんな場違いな感想を抱いてしまった。
きっと、≪ナツキ≫というのはあの時消えていったプレイヤーの名前なんだろう。
もしかしたら心花を助ける為に、文字通り命を賭けたのかもしれない。
だが、俺には何の関係もない。
「知るか、そんなこと」
「なっ――!!」
「俺達は偶然通りかかっただけだ。助ける義理も義務も無い。それを態々勝てないモンスターに立ち向かって助けてやったんだから、文句を言われる筋合いなんかないだろ」
「アンタ……!!」
「く、紅さん、言い過ぎでは……!」
心花はまだ涙の残る瞳を釣り上げて俺を睨みつける。
コトノも俺を嗜める。
言いすぎかもしれないが、間違ったことは言ってない。
なんで助けて文句を言われなければいけないんだ。
こっちは常に命がけのやり取りを終えた後で、責められる謂れはない。
「ナツキが消えていくのは俺も見た。悔しいのも、悲しいのも分かる。それでも、そのナツキのお陰でお前は助かったんだ。俺に文句を言う前に、これからどうするかを考えた方がいいんじゃないのか?」
「う……」
「コトノ、行くぞ」
「えっ、でも、心花さんが」
「放っとけ」
今日はストーレの森でのレベル上げは難しそうだ。
他の狩場を探さないといけない。
「――うん?」
さっさと立ち去ろうとしたら、背中に衝撃を感じた。
首だけを回してみると、心花が抱き着いていた。
「ううぅ、うぅ……」
「――はぁ」
そのまま泣き出してしまったようだ。
参った。動けない。
一人は助けられたが、一人は助けられなかった。
果たして俺は、あの人にボコられないで済むのだろうか。
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