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身バレは最大のピンチ
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夜も更けてきた、午後十時。
家賃七万のぼろアパートの一部屋には弱々しい灯りがついていた。
そこに住む十六の青少年、日野隆介は安物のデスクトップパソコンと向き合っていた。
ボサボサな髪を適当にかきむしり、耳に中古で買った黒いヘッドホンをつけ、パソコンを立ち上げる。薄茶色のノートパソコンは製造会社のロゴを大々的に見せつけ、起動に移る。
その間に彼は狭い台所へと向かい、地元スーパーのセールで勝ち取ったコーヒーのティーバッグセットの一つを取り出し、小さめのマグカップに入れる。お湯を沸かし、注いでできたコーヒーをそっと口に運ぶ。
(苦っ!)
舌を出して味覚に抵抗するも、苦いものは苦かった。さっさと諦めてパソコンの置いてあるデスクへ向かう。
席に着きノートパソコンを操作する。慣れた手つきでマウスを動かし、あるサイトへたどり着いた。
「……よし」
ほんのりと口の端をゆるめ、気持ちを入れ替える。
そして彼はマウスを動かし、『始める』ボタンをダブルクリックする。
「はい、皆こんばんは。今日も始まりました、『りゅーすけチャンネル』。ここから二時間よろしく!」
パソコンに向けて独り言を言っているイタい人とも見て取れるが、違う。すでに液晶には変化が出ていた。
よろしく! ―――笹竹パンダ
待ってました―――二十日いちご
初見です。友人から聞いて―――ryo
画面の右から左へと文字が流れていく。ひと際大きく『今日も楽しみ! ―――小さい鳥さん』という字も日野のパソコンに映し出される。
「皆さんきゅー。今日は何していこっかなー?」
変化はすぐに訪れる。
雑談! ―――小太り親方
いいな、最近の出来事知りたいし―――あちゃ
ゲーム実況は? ―――分裂ポニーテール
最近はやりのゲームやって! ―――熱血体育委員長(仮)
次々と文字が流れていくのをすべて読み切ることはできなかったが、日野の顔は笑顔でいっぱいだった。
「よし、せっかくだから全部やろう。今日はパーティーナイトだ!」
ディスプレイの盛り上がりは最高潮だった。黄色い文字で『きたーー‼』や緑の大文字で『これだからりゅーすけチャンネルはやめられない』と賛同の声が上がる。
「さあ、始めるぞ!」
日野隆介、十六歳。動画配信者。チャンネル登録者数三千人。決して多くはない数字だが、そんな彼のチャンネルにはある噂が立っていた。曰く、動画を批判するアンチが存在していないのだという。
平日。うだるような暑さの中、日野は自身が通っている私立高校の教室で授業を受けていた。一時間目は来たばかりだからだるい。二時間目は数学だから嫌い。三時間目はもうお腹すいた。四時間目は以下略という結局勉強をする気がない言い訳を並べ、彼は真面目に授業を受けなかった。
そして四時間目終了のチャイムが鳴る。号令のあとは昼休み。弁当派の日野に学食は無関係なため、彼は机に顔を密着させて居眠りを始める―――ところだったのだが。
「日野くん。ちょっといいかな」
彼に声をかける存在があった。日野はゆっくりと顔を上げる。
(……天音鞠絵)
目の前にいたのは同じクラスの女子生徒だった。というか学級委員。ピシッと着こなしている制服に、校則にしっかりと則ったスカートの丈。整っていてきれいな黒髪のポニーテールは小さく揺れている。
(おまけに美人)
学年で一、二を争うほどの美少女とされていて、男女ともに人気がある。男女ともに。……ちなみに日野は天音が一位だと心の中で思っていた。
(でも、なんでそんな奴が俺のところに?)
脳内ミスコンを開くような変態のもとに来るなんてよほどのことがあるのだろう。
「俺に何の用?」
「ここじゃ話にくいから、移動しよ」
「あ、ああ」
ここでは話しにくい、とはどういうことなのか。想像がつかないが、ここで男子の中でも特によく会話をする竹弘道と目が合った。彼は天音に連れていかれる日野を見て、
「お前、まさか……」
と言ってきたので、とりあえずノリで、
「竹。俺の勝ちだ」
といっておいた。
場所は、家庭科室の前の廊下。昼休みは交通量が少ない。
(こんなところまで連れてくるってことは……まさかほんとに⁉)
妙にテンションが上がってきた。
「あのね、日野君」
小さな声で天音が声を発する。
(わ、まじかこれキタわ。絶対こんなの確定じゃんだってなんか恥ずかしがってるし声小さいし人がいないしふたりっきりだしー‼)
妄想が止まらない日野であったが、そこで天音はスマートフォンを取り出した。
(ん、スマホ? なんで、まさかメール交換いやそれはありえんここでやる必要ないしうんありえないなありえない‼)
彼女は携帯端末を指で操作して、やがて動きを止めた。
そして日野にスマートフォンが映し出している画面を見せた。
「これ、日野くんだよね」
画面に映っていたのは、ゲーム実況をノリノリでしている昨日の自分だった。
家賃七万のぼろアパートの一部屋には弱々しい灯りがついていた。
そこに住む十六の青少年、日野隆介は安物のデスクトップパソコンと向き合っていた。
ボサボサな髪を適当にかきむしり、耳に中古で買った黒いヘッドホンをつけ、パソコンを立ち上げる。薄茶色のノートパソコンは製造会社のロゴを大々的に見せつけ、起動に移る。
その間に彼は狭い台所へと向かい、地元スーパーのセールで勝ち取ったコーヒーのティーバッグセットの一つを取り出し、小さめのマグカップに入れる。お湯を沸かし、注いでできたコーヒーをそっと口に運ぶ。
(苦っ!)
舌を出して味覚に抵抗するも、苦いものは苦かった。さっさと諦めてパソコンの置いてあるデスクへ向かう。
席に着きノートパソコンを操作する。慣れた手つきでマウスを動かし、あるサイトへたどり着いた。
「……よし」
ほんのりと口の端をゆるめ、気持ちを入れ替える。
そして彼はマウスを動かし、『始める』ボタンをダブルクリックする。
「はい、皆こんばんは。今日も始まりました、『りゅーすけチャンネル』。ここから二時間よろしく!」
パソコンに向けて独り言を言っているイタい人とも見て取れるが、違う。すでに液晶には変化が出ていた。
よろしく! ―――笹竹パンダ
待ってました―――二十日いちご
初見です。友人から聞いて―――ryo
画面の右から左へと文字が流れていく。ひと際大きく『今日も楽しみ! ―――小さい鳥さん』という字も日野のパソコンに映し出される。
「皆さんきゅー。今日は何していこっかなー?」
変化はすぐに訪れる。
雑談! ―――小太り親方
いいな、最近の出来事知りたいし―――あちゃ
ゲーム実況は? ―――分裂ポニーテール
最近はやりのゲームやって! ―――熱血体育委員長(仮)
次々と文字が流れていくのをすべて読み切ることはできなかったが、日野の顔は笑顔でいっぱいだった。
「よし、せっかくだから全部やろう。今日はパーティーナイトだ!」
ディスプレイの盛り上がりは最高潮だった。黄色い文字で『きたーー‼』や緑の大文字で『これだからりゅーすけチャンネルはやめられない』と賛同の声が上がる。
「さあ、始めるぞ!」
日野隆介、十六歳。動画配信者。チャンネル登録者数三千人。決して多くはない数字だが、そんな彼のチャンネルにはある噂が立っていた。曰く、動画を批判するアンチが存在していないのだという。
平日。うだるような暑さの中、日野は自身が通っている私立高校の教室で授業を受けていた。一時間目は来たばかりだからだるい。二時間目は数学だから嫌い。三時間目はもうお腹すいた。四時間目は以下略という結局勉強をする気がない言い訳を並べ、彼は真面目に授業を受けなかった。
そして四時間目終了のチャイムが鳴る。号令のあとは昼休み。弁当派の日野に学食は無関係なため、彼は机に顔を密着させて居眠りを始める―――ところだったのだが。
「日野くん。ちょっといいかな」
彼に声をかける存在があった。日野はゆっくりと顔を上げる。
(……天音鞠絵)
目の前にいたのは同じクラスの女子生徒だった。というか学級委員。ピシッと着こなしている制服に、校則にしっかりと則ったスカートの丈。整っていてきれいな黒髪のポニーテールは小さく揺れている。
(おまけに美人)
学年で一、二を争うほどの美少女とされていて、男女ともに人気がある。男女ともに。……ちなみに日野は天音が一位だと心の中で思っていた。
(でも、なんでそんな奴が俺のところに?)
脳内ミスコンを開くような変態のもとに来るなんてよほどのことがあるのだろう。
「俺に何の用?」
「ここじゃ話にくいから、移動しよ」
「あ、ああ」
ここでは話しにくい、とはどういうことなのか。想像がつかないが、ここで男子の中でも特によく会話をする竹弘道と目が合った。彼は天音に連れていかれる日野を見て、
「お前、まさか……」
と言ってきたので、とりあえずノリで、
「竹。俺の勝ちだ」
といっておいた。
場所は、家庭科室の前の廊下。昼休みは交通量が少ない。
(こんなところまで連れてくるってことは……まさかほんとに⁉)
妙にテンションが上がってきた。
「あのね、日野君」
小さな声で天音が声を発する。
(わ、まじかこれキタわ。絶対こんなの確定じゃんだってなんか恥ずかしがってるし声小さいし人がいないしふたりっきりだしー‼)
妄想が止まらない日野であったが、そこで天音はスマートフォンを取り出した。
(ん、スマホ? なんで、まさかメール交換いやそれはありえんここでやる必要ないしうんありえないなありえない‼)
彼女は携帯端末を指で操作して、やがて動きを止めた。
そして日野にスマートフォンが映し出している画面を見せた。
「これ、日野くんだよね」
画面に映っていたのは、ゲーム実況をノリノリでしている昨日の自分だった。
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