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第 4 章
6. やりたいことをやるのが休息
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「朱璃が補導されているぞ」
「やっぱりあいつを野放しにしたのが間違いだった」
朱璃の耳に入っていたら間違いなく怒られるようなセリフをつぶやきながら、久遠と健翔は足早に朱璃の元の向かった。
襟首を掴まれている朱璃が嬉しそうに手を振る。
「友達か?」
「うんっ」
朱璃の武修院での武勇伝?は兄(蘭雅王)や飛天から耳に入っているので、彼らが朱璃の守り役でもある友人だとすぐに解った。彼らは中々の逸材だと聞いていたが、なるほど。あいつらがいつも朱璃のそばに居るのか……。
桜雅の胸中に少しモヤモヤとしたものが沸き起こる。
「申し訳ございません。武官様。私たちは彼女の友人です。この者がどのようなご迷惑をおかけしたのでしょうか」
「ひっどっ 何かしたのを前提なん!?」
「していないのか」
「してへんっ」
朱璃を掴んでいた武官が可笑しそうに自分たちを見ているのに気が付いた久遠と健翔は少なくとも大事ではないのかと一安心した。
朱璃が襟首を掴まれていたのでてっきりそう思ってしまったと反省した瞬間、若い武官の言葉で二人は目を剥く。
「人さらいに遭いかけたくせに偉そうに言うな」
「未遂やん」
「助けられたからだろ」
「そやけど、もし捕まったとしても食料はあるし小太刀も持ってるしちゃんと出られたで」
桜雅はため息をつく。麻袋の中で呑気に饅頭を食べている朱璃が目に浮かんだからだ。
「饅頭を食べるのは袋から出てからにしろよ」
「……その方がいいかな?」
「ああ。面倒なことになる前になるべく早く出てきてくれ」
「うん解った」
朱璃でなかったらこの二人の会話は相当変なのだが、耐性のついてきた久遠たちはすんなり受け止めた。
朱璃が人さらいに遭いそうになり助けられたこと。この武官が朱璃を非常に理解した知り合いであること。
上記から真実を推測し彼らは敬礼をする。
朱璃の友人二人の態度から自分の事は大方目星がついたのだろうと桜雅は思った。本当に優秀だな。
「俺は白桜雅という。以前からの友人だ。すまないが、少し彼女を借りるよ。ちゃんと送り届けるから安心してくれ」
「承知いたしました」
「えっ? 私も警捕庁行く?」
「いや、少し話があるのと反省会だ」
「うげ」
何だか切実そうな表情の桜雅に朱璃はピンときた。またお兄ちゃん(王)に無理難問を持ちかけられたんだな。ほんと真面目な桜雅はいろんなところで損してるよね。可哀想に。
朱璃は頷き、友人二人に向き直った。待ち合わせ時間に現れなかった自分を探しまわってくれたのだろうと少し汗ばんだ髪や自分を見つけた時の様子から想像できる。
「久遠、健翔。心配かけてごめん。これ、お詫びと言ってはなんだけど、お美味しいから食べて」
話の流れから饅頭らしき包みを押し付けるよう渡し、若い武官と肩を並べて去って行った朱璃を見送る久遠と健翔は顔を見合わせた。
「今のが弟公子の白桜雅様か……噂通りの美丈夫だな」
若い武官が瑠璃色の瞳でチラリと見える髪が朱色であることに気付き、まさかと思ったがと久遠が肩を上げた。
「朱璃は前に親友だと言っていたから会う約束でもしていたんだろう」
「だろうな」
まさか偶然出くわしたとは思えず2人はそう納得し先に武修院に戻ることにした。今度からは必ず朱璃を一人にしないかボンキュウを連れてこようと相談しながら。
「甘味は散々食べたから今度は塩からいものが食べたい!」
そう言う朱璃を食事処へ案内した桜雅は、瞳を輝かせお品書きを見つめる朱璃を愛おしげに見つめていた。 途中警捕庁で桃弥に言づけてきたのでしばらくはここに滞在する予定だ。
2階の個室からは緑あふれる夕瀬川の土手が見え、心地よい良い風が流れ込んでくる。
さっきまで窓から身を乗り出してその景色を喜んでいた朱璃は料理が運ばれてきた瞬間、卓の前の正座していた。
自分の海老と南天の天ぷらを朱璃の皿に載せてやると「えっいいの!? 太るやん」と言いながらも嬉しそうに頬張り蕎麦を啜る朱璃を見て桜雅は安心していた。飛天から「可哀想にやせ細って」と聞いていたし虐められているという情報もあったのでとても心配していたからだ。
兄は「楽しそうにしているよ」と言っていたが飛天とは言っていることが真逆なので真実が分からず胸を痛めてきた。こうして朱璃に会いどちらの言葉も正しかったのだと理解した。
朱璃は辛い困難を己の力で乗り越え、仲間を得て、そして今に至るのだとその様子がやっと目の浮かぶようになった。
朱璃には人を元気にする不思議な力がある。心が休まり癒される。その反面何かと問題が起こり朱璃の周りはいつも賑やかだ。笑ったり怒ったり……ごく当たり前の人間らしい感情が心地よいのは裏が無いからだろうか。
彼女自身もつらく悲しい目に合っていたにも関わらず、仲間たちのために一生懸命だったに違いない。だからこそ朱璃は仲間に慕われ助けられ守られるのであろう。
「お前はえらいな」
「……!? ど、どうしたん。急に」
「いや、本当によく頑張っていると思ってな。でも、頑張りすぎるな。一人で抱えないで周りに助けを求めるんだぞ」
桜雅のあたたかい眼差しと言葉に蕎麦が呑み込めなくなってしまった朱璃はごまかすように自分の鴨を桜雅のそばに載せた。
「鴨も美味しいで。食べてみて」
「……ああ、美味いな。ありがとう」
相変わらずきれいだなと桜雅の瑠璃色の瞳とくっきり二重に見惚れながらも、心優しい親友に同じ言葉を返したくなったが我慢した。かわりに違う言葉をかける。
「桜雅の方は大丈夫なん? 蘭さんからまた変な言われてへん?」
「まぁ、それはしょっちゅうだからな~」
「あはは。やっぱり? 桜雅に会いたいって素直に言えばいいのにな。最近は何言われたん?」
からかうように言えば桜雅の耳が少し赤くなり朱璃はとても癒された。
朱の貴公子と民に人気の弟皇子桜雅は整い過ぎた顔面に加え無愛想なので冷徹に思われがちであるが、本当は不器用な可愛い人だ。情に厚く繊細な一面も良く知っている朱璃は王である蘭雅が彼を可愛がるわけも理解していた。
ま、結局は蘭さんの溺愛はめんどくさいんだけど。
「この間は『あたまの左側を使って作る食べ物』を所望されてな、桃弥と頭を悩ませた」
「ぷぷっ なぞなぞ~。で、わかったん?」
「数日悩んだ」
「あはは。桜雅は頭が固いのが弱点やな」
「……もしかしてもう解ったのか」
「簡単やん。豆やろ。頭の左側」
朱璃が即答し、桜雅は判りやすく落ち込んみ朱璃を喜ばせた。
「で、何を持って行ったん」
「煮豆」
「ぷっ。桜雅可愛いなぁ~」
「そ、そんなにおかしいか。兄上も笑っていたが」
「ううん。そのまんま過ぎるけど」
「確かにそのままだったな。お前だったら何を持って行く?」
「そうやな~。豆乳プリンとかきな粉クッキーかな。もやしのナムルも面白いかも」
「もやし? 野菜じゃないのか」
「あれは豆から芽が出てるんやで。桜雅はあんまり食べた事ないやろ。庶民の食べ物やしな」
「知らなかった」
お互いの近況やたわいない話をしながらの食事が済み、朱璃が最初に声をかけられて甘味処について行ったことを叱られていたところにようやく桃弥が合流した。
「もっと早く来て欲しかった」
「ん?」
ちゃっかりと蕎麦を注文した後、桃弥は警捕庁で得た情報を報告する。
「そんなに人さらいが横行しているんや」
「残念ながらな。ここ数年で匪賊が増悪して、略奪や強盗の件数も当然増えているが、女子供を奴隷として売るために手当たり次第さらっていやがるんだ」
「そんな……。蘭さんが王様になってから随分減ったって聞いてたけど」
祇国は数十年前か奴隷制度は廃止されているはずだ。しかし他国では、奴隷制度が実座しているのも現実だ。国境を越えて人身売買されていると言うことか。朱璃は唇をかんだ。
「匪賊の中でも最大勢力を誇るのが蟷螂。討伐隊も結成されている」
「早くなんとかしてな」
「ああ、分かっている。言っておくが、中央が動いてるんだから変に首をつっこむなよ」
桃弥が朱璃にくぎをさす。
「まさか。さすがに身の程を弁えてるって。まずは一人前になることが先決やし」
「その通りだ。お前少しは成長したんだな」
「何か引っかかるけど、まぁいいか。あ、ところてん私のな」
「いつの間に頼んだんだよ。ったく。それだけ食えるんだったらもう心配はいらねーな。良かったな」
最後の一言は桜雅に向けてだった。
朱璃が武修院に入隊してから桜雅の心労が増えて、このままじゃ|禿[はげ》るんじゃないかと本気で心配していた桃弥が安心したように言う。
泉李や莉己から面会を禁止されればされるほど胸を痛めていた桜雅だったが、朱璃のためだとその命令には真面目に従った。
それに「必ず武修院での生活を楽しんで無事卒院してくる」と言う朱璃の言葉を誰よりも信じていた。
だからこそ自分もさらに鍛錬に邁進し、副隊長としての任務を完遂するという約束を守った桜雅は、偶然にも少し早く朱璃に逢えた運命に感謝していた。
「それ食ったら送ってやるからもう帰れよ」
「はーい」
朱璃もまた、親友との偶然の再会というご褒美に、心から幸せを感じていた。
聞かなくても彼らが武官としての任務だけでなく弟皇子としての公務にも励み、多忙の日々を送っていることは分かっていた。
いつか桜雅の力になれるように私も頑張ろう。次の再会にはもっといい報告が出来るように頑張ろう。
「今度はボンキュウを紹介するな」
「ああ。楽しみにしている」
「元気そうで良かったな」
武修院へ戻って行く朱璃を名残惜しそうに見つめている桜雅に桃弥が声をかける。この数か月の桜雅を知っているだけにからかう気にはなれなかった。
「ああ。随分とたくましくなっていた」
「ぷっ、あれでも一応女なんだからもう少しましな言い方はないのか。怒られるぞ」
「はははっ」
実は数か月ぶりに逢った朱璃はさらに美しくなっていて心を奪われてしまった。
朱璃への気持ちを自覚してからも逢う度に一目ぼれしている。そんな感覚があるのだ。その事を素直に認める反面、桜雅は潔いくらい何も望んでいなかった。
なぜなら自分はいつも辛い時苦しい時にそばに居れず、ただ見守り祈ることしかできない。
そばに居て朱璃の力になっている泉李や莉己。なんだかんだ言って手を出している景雪や飛天。相変わらず行動の読めない兄もしょっちゅう武修院に行っているようだし、そもそも朱璃に自分は必要ないのではとひねくれてしまうほどには落ち込んでいたからだ。
朱璃を守れるほど力をつけたい。それは弟皇子として王の片腕と誰もが認める実力と実績を持つことと同じだと桜雅は考えていた。
そんな桜雅の決意は言わずとも皆理解していた。そんな愛弟子の事を朱璃以上に見守り支えているのだから当然である。(切ない恋心も分かりやすくバレている)
そんな桜雅のために彼らのせめてもの心使い(ご褒美)が来週に行われる模擬交戦だった。
桜雅が副隊長を務める2番隊が今期の模擬交戦の相手を務めることになったと聞かされたのは1週間ほど前の事であった。匪賊討伐を控えたこの時期にどうして2番隊が!?と思ったが王命らしい。
あたかも重要任務と称しての命に拒否権は無かった。
禁軍の武官たちの間でも、今期の12期生は異色だという噂で持ちきりであり2番隊の面々は大歓迎。珍しく女武官(しかも美女だと言う噂)がおり、一人は秀家の姫、一人は武闘会での入賞者とあれば興味を持って当然だった。
息抜きにもなるとあって25名の希望者は抽選をしないといけないほど集まった。
朱璃が好奇の目に晒されるのが目に見え、桜雅はそれも心配だった。なるべく常識ある気性の穏やかな武官(婚約済や妻帯者ならなおよし)を選ぶのに悩みに悩んだ。
しまいに桃弥が「1か月後には嫌でも禁軍に配属されるんだからも、諦めろ」とあきれるほどであった。
「と言っても、武修院の訓練生相手に負けるわけにはいかねぇしな」
「朱璃には悪いがそこは譲れない。模擬交戦で負けたとなれば一生何と言われるか分からないからな」
「ああ。負けるはずないけどさ。油断は禁物だぜ。予測不能な朱璃が居るからな」
「ふっ 分かっている」
明後日の打ち合わせで桜雅は初めて武修院へ行くことになっている。朱璃が向こうの代表者に選ばれたと聞いていたが、先ほど会った時は言わなかった。期待どおりに驚いてくれるだろうか。
桜雅の冷たく見える整った顔が自然とほころんでしまい、その甘い顔面に行き交う人(特に若い娘)が立ち止まり渋滞が起こっていた。
「お、桜雅っ。顔、顔」
それに気付いた桃弥があわてて桜雅を人だかりから引きずり出す。
「お前大丈夫か? 朱璃のペースに嵌まらないでくれよ~」
残念ながら桃弥の不安が的中。朱璃は再び大きな事件に巻き込まれ、桜雅も桃弥もしっかり関わることになるのだがそれはもう少し先の話となる。
「やっぱりあいつを野放しにしたのが間違いだった」
朱璃の耳に入っていたら間違いなく怒られるようなセリフをつぶやきながら、久遠と健翔は足早に朱璃の元の向かった。
襟首を掴まれている朱璃が嬉しそうに手を振る。
「友達か?」
「うんっ」
朱璃の武修院での武勇伝?は兄(蘭雅王)や飛天から耳に入っているので、彼らが朱璃の守り役でもある友人だとすぐに解った。彼らは中々の逸材だと聞いていたが、なるほど。あいつらがいつも朱璃のそばに居るのか……。
桜雅の胸中に少しモヤモヤとしたものが沸き起こる。
「申し訳ございません。武官様。私たちは彼女の友人です。この者がどのようなご迷惑をおかけしたのでしょうか」
「ひっどっ 何かしたのを前提なん!?」
「していないのか」
「してへんっ」
朱璃を掴んでいた武官が可笑しそうに自分たちを見ているのに気が付いた久遠と健翔は少なくとも大事ではないのかと一安心した。
朱璃が襟首を掴まれていたのでてっきりそう思ってしまったと反省した瞬間、若い武官の言葉で二人は目を剥く。
「人さらいに遭いかけたくせに偉そうに言うな」
「未遂やん」
「助けられたからだろ」
「そやけど、もし捕まったとしても食料はあるし小太刀も持ってるしちゃんと出られたで」
桜雅はため息をつく。麻袋の中で呑気に饅頭を食べている朱璃が目に浮かんだからだ。
「饅頭を食べるのは袋から出てからにしろよ」
「……その方がいいかな?」
「ああ。面倒なことになる前になるべく早く出てきてくれ」
「うん解った」
朱璃でなかったらこの二人の会話は相当変なのだが、耐性のついてきた久遠たちはすんなり受け止めた。
朱璃が人さらいに遭いそうになり助けられたこと。この武官が朱璃を非常に理解した知り合いであること。
上記から真実を推測し彼らは敬礼をする。
朱璃の友人二人の態度から自分の事は大方目星がついたのだろうと桜雅は思った。本当に優秀だな。
「俺は白桜雅という。以前からの友人だ。すまないが、少し彼女を借りるよ。ちゃんと送り届けるから安心してくれ」
「承知いたしました」
「えっ? 私も警捕庁行く?」
「いや、少し話があるのと反省会だ」
「うげ」
何だか切実そうな表情の桜雅に朱璃はピンときた。またお兄ちゃん(王)に無理難問を持ちかけられたんだな。ほんと真面目な桜雅はいろんなところで損してるよね。可哀想に。
朱璃は頷き、友人二人に向き直った。待ち合わせ時間に現れなかった自分を探しまわってくれたのだろうと少し汗ばんだ髪や自分を見つけた時の様子から想像できる。
「久遠、健翔。心配かけてごめん。これ、お詫びと言ってはなんだけど、お美味しいから食べて」
話の流れから饅頭らしき包みを押し付けるよう渡し、若い武官と肩を並べて去って行った朱璃を見送る久遠と健翔は顔を見合わせた。
「今のが弟公子の白桜雅様か……噂通りの美丈夫だな」
若い武官が瑠璃色の瞳でチラリと見える髪が朱色であることに気付き、まさかと思ったがと久遠が肩を上げた。
「朱璃は前に親友だと言っていたから会う約束でもしていたんだろう」
「だろうな」
まさか偶然出くわしたとは思えず2人はそう納得し先に武修院に戻ることにした。今度からは必ず朱璃を一人にしないかボンキュウを連れてこようと相談しながら。
「甘味は散々食べたから今度は塩からいものが食べたい!」
そう言う朱璃を食事処へ案内した桜雅は、瞳を輝かせお品書きを見つめる朱璃を愛おしげに見つめていた。 途中警捕庁で桃弥に言づけてきたのでしばらくはここに滞在する予定だ。
2階の個室からは緑あふれる夕瀬川の土手が見え、心地よい良い風が流れ込んでくる。
さっきまで窓から身を乗り出してその景色を喜んでいた朱璃は料理が運ばれてきた瞬間、卓の前の正座していた。
自分の海老と南天の天ぷらを朱璃の皿に載せてやると「えっいいの!? 太るやん」と言いながらも嬉しそうに頬張り蕎麦を啜る朱璃を見て桜雅は安心していた。飛天から「可哀想にやせ細って」と聞いていたし虐められているという情報もあったのでとても心配していたからだ。
兄は「楽しそうにしているよ」と言っていたが飛天とは言っていることが真逆なので真実が分からず胸を痛めてきた。こうして朱璃に会いどちらの言葉も正しかったのだと理解した。
朱璃は辛い困難を己の力で乗り越え、仲間を得て、そして今に至るのだとその様子がやっと目の浮かぶようになった。
朱璃には人を元気にする不思議な力がある。心が休まり癒される。その反面何かと問題が起こり朱璃の周りはいつも賑やかだ。笑ったり怒ったり……ごく当たり前の人間らしい感情が心地よいのは裏が無いからだろうか。
彼女自身もつらく悲しい目に合っていたにも関わらず、仲間たちのために一生懸命だったに違いない。だからこそ朱璃は仲間に慕われ助けられ守られるのであろう。
「お前はえらいな」
「……!? ど、どうしたん。急に」
「いや、本当によく頑張っていると思ってな。でも、頑張りすぎるな。一人で抱えないで周りに助けを求めるんだぞ」
桜雅のあたたかい眼差しと言葉に蕎麦が呑み込めなくなってしまった朱璃はごまかすように自分の鴨を桜雅のそばに載せた。
「鴨も美味しいで。食べてみて」
「……ああ、美味いな。ありがとう」
相変わらずきれいだなと桜雅の瑠璃色の瞳とくっきり二重に見惚れながらも、心優しい親友に同じ言葉を返したくなったが我慢した。かわりに違う言葉をかける。
「桜雅の方は大丈夫なん? 蘭さんからまた変な言われてへん?」
「まぁ、それはしょっちゅうだからな~」
「あはは。やっぱり? 桜雅に会いたいって素直に言えばいいのにな。最近は何言われたん?」
からかうように言えば桜雅の耳が少し赤くなり朱璃はとても癒された。
朱の貴公子と民に人気の弟皇子桜雅は整い過ぎた顔面に加え無愛想なので冷徹に思われがちであるが、本当は不器用な可愛い人だ。情に厚く繊細な一面も良く知っている朱璃は王である蘭雅が彼を可愛がるわけも理解していた。
ま、結局は蘭さんの溺愛はめんどくさいんだけど。
「この間は『あたまの左側を使って作る食べ物』を所望されてな、桃弥と頭を悩ませた」
「ぷぷっ なぞなぞ~。で、わかったん?」
「数日悩んだ」
「あはは。桜雅は頭が固いのが弱点やな」
「……もしかしてもう解ったのか」
「簡単やん。豆やろ。頭の左側」
朱璃が即答し、桜雅は判りやすく落ち込んみ朱璃を喜ばせた。
「で、何を持って行ったん」
「煮豆」
「ぷっ。桜雅可愛いなぁ~」
「そ、そんなにおかしいか。兄上も笑っていたが」
「ううん。そのまんま過ぎるけど」
「確かにそのままだったな。お前だったら何を持って行く?」
「そうやな~。豆乳プリンとかきな粉クッキーかな。もやしのナムルも面白いかも」
「もやし? 野菜じゃないのか」
「あれは豆から芽が出てるんやで。桜雅はあんまり食べた事ないやろ。庶民の食べ物やしな」
「知らなかった」
お互いの近況やたわいない話をしながらの食事が済み、朱璃が最初に声をかけられて甘味処について行ったことを叱られていたところにようやく桃弥が合流した。
「もっと早く来て欲しかった」
「ん?」
ちゃっかりと蕎麦を注文した後、桃弥は警捕庁で得た情報を報告する。
「そんなに人さらいが横行しているんや」
「残念ながらな。ここ数年で匪賊が増悪して、略奪や強盗の件数も当然増えているが、女子供を奴隷として売るために手当たり次第さらっていやがるんだ」
「そんな……。蘭さんが王様になってから随分減ったって聞いてたけど」
祇国は数十年前か奴隷制度は廃止されているはずだ。しかし他国では、奴隷制度が実座しているのも現実だ。国境を越えて人身売買されていると言うことか。朱璃は唇をかんだ。
「匪賊の中でも最大勢力を誇るのが蟷螂。討伐隊も結成されている」
「早くなんとかしてな」
「ああ、分かっている。言っておくが、中央が動いてるんだから変に首をつっこむなよ」
桃弥が朱璃にくぎをさす。
「まさか。さすがに身の程を弁えてるって。まずは一人前になることが先決やし」
「その通りだ。お前少しは成長したんだな」
「何か引っかかるけど、まぁいいか。あ、ところてん私のな」
「いつの間に頼んだんだよ。ったく。それだけ食えるんだったらもう心配はいらねーな。良かったな」
最後の一言は桜雅に向けてだった。
朱璃が武修院に入隊してから桜雅の心労が増えて、このままじゃ|禿[はげ》るんじゃないかと本気で心配していた桃弥が安心したように言う。
泉李や莉己から面会を禁止されればされるほど胸を痛めていた桜雅だったが、朱璃のためだとその命令には真面目に従った。
それに「必ず武修院での生活を楽しんで無事卒院してくる」と言う朱璃の言葉を誰よりも信じていた。
だからこそ自分もさらに鍛錬に邁進し、副隊長としての任務を完遂するという約束を守った桜雅は、偶然にも少し早く朱璃に逢えた運命に感謝していた。
「それ食ったら送ってやるからもう帰れよ」
「はーい」
朱璃もまた、親友との偶然の再会というご褒美に、心から幸せを感じていた。
聞かなくても彼らが武官としての任務だけでなく弟皇子としての公務にも励み、多忙の日々を送っていることは分かっていた。
いつか桜雅の力になれるように私も頑張ろう。次の再会にはもっといい報告が出来るように頑張ろう。
「今度はボンキュウを紹介するな」
「ああ。楽しみにしている」
「元気そうで良かったな」
武修院へ戻って行く朱璃を名残惜しそうに見つめている桜雅に桃弥が声をかける。この数か月の桜雅を知っているだけにからかう気にはなれなかった。
「ああ。随分とたくましくなっていた」
「ぷっ、あれでも一応女なんだからもう少しましな言い方はないのか。怒られるぞ」
「はははっ」
実は数か月ぶりに逢った朱璃はさらに美しくなっていて心を奪われてしまった。
朱璃への気持ちを自覚してからも逢う度に一目ぼれしている。そんな感覚があるのだ。その事を素直に認める反面、桜雅は潔いくらい何も望んでいなかった。
なぜなら自分はいつも辛い時苦しい時にそばに居れず、ただ見守り祈ることしかできない。
そばに居て朱璃の力になっている泉李や莉己。なんだかんだ言って手を出している景雪や飛天。相変わらず行動の読めない兄もしょっちゅう武修院に行っているようだし、そもそも朱璃に自分は必要ないのではとひねくれてしまうほどには落ち込んでいたからだ。
朱璃を守れるほど力をつけたい。それは弟皇子として王の片腕と誰もが認める実力と実績を持つことと同じだと桜雅は考えていた。
そんな桜雅の決意は言わずとも皆理解していた。そんな愛弟子の事を朱璃以上に見守り支えているのだから当然である。(切ない恋心も分かりやすくバレている)
そんな桜雅のために彼らのせめてもの心使い(ご褒美)が来週に行われる模擬交戦だった。
桜雅が副隊長を務める2番隊が今期の模擬交戦の相手を務めることになったと聞かされたのは1週間ほど前の事であった。匪賊討伐を控えたこの時期にどうして2番隊が!?と思ったが王命らしい。
あたかも重要任務と称しての命に拒否権は無かった。
禁軍の武官たちの間でも、今期の12期生は異色だという噂で持ちきりであり2番隊の面々は大歓迎。珍しく女武官(しかも美女だと言う噂)がおり、一人は秀家の姫、一人は武闘会での入賞者とあれば興味を持って当然だった。
息抜きにもなるとあって25名の希望者は抽選をしないといけないほど集まった。
朱璃が好奇の目に晒されるのが目に見え、桜雅はそれも心配だった。なるべく常識ある気性の穏やかな武官(婚約済や妻帯者ならなおよし)を選ぶのに悩みに悩んだ。
しまいに桃弥が「1か月後には嫌でも禁軍に配属されるんだからも、諦めろ」とあきれるほどであった。
「と言っても、武修院の訓練生相手に負けるわけにはいかねぇしな」
「朱璃には悪いがそこは譲れない。模擬交戦で負けたとなれば一生何と言われるか分からないからな」
「ああ。負けるはずないけどさ。油断は禁物だぜ。予測不能な朱璃が居るからな」
「ふっ 分かっている」
明後日の打ち合わせで桜雅は初めて武修院へ行くことになっている。朱璃が向こうの代表者に選ばれたと聞いていたが、先ほど会った時は言わなかった。期待どおりに驚いてくれるだろうか。
桜雅の冷たく見える整った顔が自然とほころんでしまい、その甘い顔面に行き交う人(特に若い娘)が立ち止まり渋滞が起こっていた。
「お、桜雅っ。顔、顔」
それに気付いた桃弥があわてて桜雅を人だかりから引きずり出す。
「お前大丈夫か? 朱璃のペースに嵌まらないでくれよ~」
残念ながら桃弥の不安が的中。朱璃は再び大きな事件に巻き込まれ、桜雅も桃弥もしっかり関わることになるのだがそれはもう少し先の話となる。
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作者のめーめーです!
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投稿は2日に1回23時投稿で行きたいと思います!!
この度、青帝陛下の番になりまして
四馬㋟
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蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
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お身体を大切になさって下さいね。