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33.鍵を握る者 前編

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「あーーー困ったぁ……」

 ミンティリスは寮の自室で頭を抱えていた。

 どうすればいいのだろう。
 ミンティリスが頭を悩ます事の発端は、第2王子が昼食中に話しかけてきた事に起因する。
 あの日以降、第2王子が食堂でミンティリスを探すようになったり、ともかく遭遇率が上がったのだ。
 友人のリスハーヌ子爵令嬢には「玉の輿じゃない。でも本性隠すのは疲れるわよね」などと言われていた。
 ミンティリスもその場では「そうなったら、リスには付いてきてもらうから」と言い返したが、心の中では ”そんな未来は要らない!” と叫んでいた。
 ミンティリスは知っている。
 この手のは王族に嫁ぐ為に必要な教養と求められる品性のレベルがとんでもなく高い事を。
 もし、もしも本当に第2王子に嫁ぐことになったら……
 それが第二、第三夫人だとしても要求レベルが変わる事は無い。
 更に言えば、上手く立回らなければその未来すらやって来ることはないだろう。
 待つのは”バッド(デッド)エンド”だ。

 そしてそんな第二王子の行動により、ミンティリスへの風当たりが周囲のやっかみで強くなっている。 
 その上、泣きっ面に蜂というべきか、その話が王太子となった第一王子の耳に入ってしまったのだ。
 ミンティリスは第一王子に呼び出しを受けてしまった。
 厳密には一緒に昼食をしたいと面会申し込みがあった。
 断れる訳がなかった。
 申し込みという名の命令を伝えに来た王太子の取り巻きの一人にミンティリスは引きつり気味の笑みを浮かべて了承の意を伝えるのが精一杯だった。
 それが、2日前の事。
 いよいよ翌日の昼が指定されたの日時だった。

 ミンティリスは絶望していた。

(きっと最悪のあの女に目をつけられたんだ!)

 そう、最悪で尤も近づいてはいけない女、ディアス侯爵家令嬢ナルシリス。
 この女に関わると死亡フラグ分岐が10倍増になるのだ。
 ミンティリスだって現在王太子の婚約者が公爵令嬢リリアーシアではなくナルシリスに移った事を知っている。
 ナルシリスはとても嫉妬深い事もとして知っている
 きっと明日のお昼も王太子と一緒にいるに違いないのだ。

「はぁ……ほんとにどうしよ……短かったな……私の人生……」

 呟いてみたところでどうにもならない。
 すでに人生を諦めモードに入っていた。
 といってもミンティリスの方針は既に決まっている。
 そもそも第二王子と釣り合う訳もの無いのだからひたすら「恐れ多い」と言うだけである。

 キリキリと胃が痛く、何かしていないと落ち着かない。
 ふと、今日手紙が届いていたのを思い出した。
 幼馴染の姉貴分、メリスの手紙だ。
 そう言えば、これで2通目で、前回の分も届いてから結構経ってから読んだが、返事は未だ出していない。

 前回の手紙はナルシリスの様子を探るのを手伝って欲しいという内容だった。
 冗談ではない、とても協力したいと思える内容ではなかった。
 紙に情報を書くなんて証拠を残すようなものだ。
 情報を集めているのがナルシリスに知られたら死亡ルートまっしぐらだ。
 もしも検閲が入っていたらと思うと怖くて断りの返事ですら書けたものではなかった。
 今のところ捕らえられていないので検閲まではしてないのかもしれないが。
 そもそも只でさえ筆不精なのだ。
 
 今回もナルシリスの情報を得たいという内容だろう。
 ため息ををつきながら今日届いた手紙を開封する。
 案の定、ナルシリスに関する情報を集めてほしいという依頼だった。
 ただ前回と違うのは報酬が魅力的だった事だ。

(リリアーシア様の全教科の授業ノートの写し………しかも……全学年分……ほ、欲しい………欲しすぎる……)

 掛かっているのは自身の命なので、授業のノートの写しなど比較対象としては弱いと思うだが、ミンティリスはこの報酬が欲しかった。

(うーん、どの道 明日あの女に会うことになるのだし、もし生き延びたら明日会った時の情報を夏休みに直接口で伝えれば……)

 流石に紙で書くのは危険だとミンティリスの生存本能が訴えていた。

(全学年分、全教科のノートの写し、それくらいの役得があっても……いいよね)

 現金なミンティリスは翌日の王太子の呼び出しで少しでも多くの情報を引き出す気になった。
 一つだけ ナルシリスについて判っていることが有り、ミンティリスはそれに関する死亡ルートを防ぐことが出来る。
 きっと明日はその知識が役に立ってくれるだろうと考えながらミンティリスは眠りについた。


☆★☆


 翌日のお昼休み。
 ミンティリスは講義が終わるや否や食堂に向った。
 王太子を待たせる訳にはいかない。
 王室に対する敬意ではない。
 遅刻が死亡フラグに繋がるかもしれないのだ。
 食堂に入ると既に人はいるもののまばらで王太子はまだ来ていない。
 それは分かっていた事で、王太子達が来るのはたいていもう少し後だ。
 暫し食堂の入り口付近で待っていると近づき難い威厳をまとった一団がやってきた。
 第2王子の場合は取り巻きに数多のご令嬢が多いが、王太子の場合はナルシリスが怖いのか、側近と護衛だけである。
 だから来たのが王太子の一行だとすぐに判った。
 学園内では跪く必要はなく、略式の礼で良い事になっている。
 即ち、軽く頭を下げ、目線を合わせない様にするだけで良い。
 先頭を歩く王太子がナルシリスの前で立ち止まった。
 ナルシリスには王太子のつま先が見えているだけだ。

「ふむ、貴女がミンティリス嬢か。ここでの挨拶は皆の邪魔になる故不要だ。取り敢えず付いてくるがいい」

 王太子はそう言って歩きだす。
 ミンティリスは一行の最後尾で後を付いていった。
 王太子は日当たりが良い、指定席に座る。
 ミンティリスは王太子より席に座るよう言われたが、発言の許可を求め暫し待つ旨を伝えた。

「恐れながら、ナルシリス様がいらっしゃるまでこのままお待ち致したく存じます」

 王太子を見ること無く頭を下げたままミンティリスはそ述べた。
 学園内ではそこまでのしなくても良い事になっているが、ミンティリスにしてみれば何が死亡フラグを立てる事になるのかわからないので必死になった結果の行動である。

「ほう、ならば暫し待つが良い」

 王太子の声に不快さは無く、下級貴族にしては礼儀正しい令嬢だと関心した様子だった。
 さして待つ事無くナルシリスがやってきて王太子に挨拶をして王太子の隣の席に着いた。

「お待たせしてしまいましたわね。どうぞお座りになって」
「うむ」

 ナルシリスが着席を勧め、王太子が追従した。
 まるでこの場で一番位が高いのはナルシリスの様にミンティリスは感じたがそれは正しい。
 
「お召により参上しましたリクシフォン男爵家のミンティリスでございます。御前失礼致します」

 挨拶をし、席に着く。
 さて、ここまでは失敗はしていないはず。
 ミンティリスはナルシリスがいる場合の生存率を上げる大鉄則を知っている。
 ナルシリスは王太子への執着心が異常な程に高い。
 だから、王太子に少しでも気がある素振りは絶対に見せない。
 王太子の優しい提案には直ぐに応じずナルシリスにお伺いを立てる。
 これがミンティリスがゲーム知識で得た護身術なのだ

 ミンティリスは持てる集中力の全てを既に使い切りそうだった。
 しかし本番はここからなのだ。
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