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復讐
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この日は数年に1度とない大雨が降りしきっていた。一粒一粒が飴玉のようなサイズの水粒で、少し降っただけなのに、凸凹とした道にはもう水溜まりが出来ていた。湖は増水し、川の流れは早く、氾濫を起こしていた。
しかし、水場から遠いこの皇城がある一帯では山崩れ以外では気にするほどのことでもなかった。ハルトは雨音を耳に、寝室でグラスを傾けていた。
「はぁ……まったく雨は好かん。髪は湿気って、肌にまとわりつくような空気。体が一層に重くなる」
そのグラスにワインを注ぐミーユはシルクのネグリジェを揺らし、ハルトの問いに答えた。
「でも、恵の雨とも言うじゃないですか。雨が降ったら水を蓄えられますし、作物を育てることもできます。水って生きていくうえで大切なんですよ」
「おまえは博識だな。……ほら、おまえも飲め」
空のもう一つのワイングラスにハルトはワインを注ぐ。ミーユは「頂きます」というと、ハルトのグラスを合わせて香りを楽しむように、ゆったりと喉を潤す。
至福の時間だ。姿は変わってしまったが愛しい旦那様。やっと手に入れた皇国一の高貴なる座。前世の暮らしよりは不便なことは多いが、自分を世話してくれる侍女、ちょっと不味いけど慣れたらおいしい食事たち。
すべて、ミーユに取っては順調だった。まるで、この最高級ワインのよう。手塩にかけてブドウを越して、何年にも傍って発酵させる。この手間はまるで、自分が皇妃の座を手に入れるまでの長い道のりを表しているよう……だと当人は思った。
邪魔な女も、邪魔をする脅威がいなくなって何年経つだろう。これまでもこれからも、ここで男たちと囲われながら――。
「その幸せがいつまでも続くとは限らないことね」
ワインで喉を潤し、幸せに浸っていると、どこからともなく、若い女の声がひとつ、寝室に響いた。この寝室には部屋の前で常に兵士が2人、隣の小部屋には交代制で魔法士と侍女が2人体勢で交代に当たっている。
さらには、皇室を守る暗部が天井裏で待機している。侵入者を許せる環境ではないはずだ。
突然のことに理解の追いつかないミーユとハルト。ハルトは壁に掛けてあった剣を手に取り、その身体とは似てもにつかぬ素早い動きで、ミーユを背に隠した。
「何者だ!こんな時間に皇帝の寝室に忍び込むなど無礼にもほどがあろうが!姿を表さぬか」
「……侵入者に対する第一声がそれって、小物にもほどがない?でも、まぁ、姿は見せてあげる。あなたがよぉく会いたがっていた正体よ」
声の主は言い終わると、天井裏を突き破り、ハルトとミーユの前に降り立つ。黒いフードつきのマントを羽織り、目深に被ったフードからは表情は見えない。だが、雷鳴が鳴る度に美しい白髪が煌めいた。
身なりは少女、もしくは成人女性と捉えられる華奢な体躯。その体躯からは似てもにつかない様子で、片方で天井裏に潜んでいる護衛の首根っこを掴んでいた。
「ねぇ、あれって……」
「ああ、これ?邪魔だったから。邪魔だし、あなたたちに返すわ。でも話し合いに邪魔だから隣の部屋にいて貰うわね」
少女は投げ捨てる。まるでぬいぐるみを放り投げるような動作で。護衛の男は投げ飛ばされると、隣の壁を突き破って転がる。生きているのか。それとも死んでいるのかわからない。
異様な少女の出現にミーユは肩を抱いて震わせた。
ハルトは精鋭が一瞬でやられてしまうほどの目の前の脅威に、感情的になるのは得策ではない。と冷静に息を整える。ミーユを背中に隠したまま、問いかけた。
「おまえは……何者だ?何故、護衛をこんな酷い目に合わせる?……それに俺が見たがっていたって……」
「察しの悪いのね。”おまえ”が城壁に吊り下げているものの知り合いよ。ここまで言わないとわからないわけ?」
「――森の魔女ッ!」
戦慄したように声を張り上げたハルトに、フード下の女はにやりと笑う。フード越しだから詳しい表情を判別することも、相手がどういう感情にあるのかもわからないが……。
冷静に考えれば、少なくとも、好意的ではないのは目に見えていた。
しかし、冷静さを欠いたハルトはそれを理解できない。
「ああ!やっとあえた!実はそなたに交渉を持ち掛けたいと思っていたのだ!実は――」
「……ねぇ、おまえ、馬鹿なの?この状況で何故私があなたに交渉しに来たと思ったわけ?おまえって本当に15年以上経っても変わらないのね。目先の欲に目がくらんで、目の前のものを正当に評価、判断が出来ない……」
ハルトの言葉に、フードの女は冷ややかに言葉を遮る。
フードの女はゆっくりとそのフードを取った。まるで、その時間がスロー再生されているかのような時間だった。手入れされた腰までの長い白髪は、フードを取ると垂れて、青い宝石のような瞳は爛々と輝いている。
ハルトの思考は一瞬にして停止した。その姿は――見たことのあるものだったから。いや、知り合い過ぎた。というか――
「聖女エミリア……だとぉッ!おまえ、生きてッ……」
「ええ。久しぶりね、皇太子……今は皇帝と呼ぶべきかしら。でも、あなたと対話するつもりはないの。残念だけど、あなたたちはここで死んでもらうから」
「おまえを城の外に追い出したのが駄目だったのかッ!それとも、おまえの言葉に一切耳を貸さなかったのが原因なのか!?」
「……ねぇ、人の話、聞いてた?そんなの、”どうでもいい”の。追い出されたのも、ここで邪見に扱われたのも、どうでもいいの」
静かに、子供の駄々を鎮めるような凪の声でハルトを落ち着かせる。その声はハルトにとって、まるで氷の刃で射貫かれるような威圧的なものがあった。
ハルトの声は振るえる。目の前のこの女にはどんなことをしても叶わないような気がして。弁舌にも耳を貸さないような気がして。
じっと黙っていたミーユは……。
「エミリア……いえ!絵美さんッ!生きていたのね!……私、この15年間、あなたが死んだって思えなくてずっと心配してたんだから!」
堰を切ったように、涙を流し、ハルトの前へと体を出すと、そのまま頭半分ほど小さいエミリアをきゅうっとだきしめた。まるで、姉妹の再会のような情景だが。
エミリアは冷ややかに抱き着いた手を払いのけた。
「白々しいわね。自分で服毒して私に罪を着せて追い出したのに、何を言い出すんだか。自分の命が助かりたいから言っているのなら、逆効果よ。私、家族を殺されて怒っているの。だからこの城の人間全て殺す」
淡々と吐いた言葉には狂気と自棄が残っていた。自分の大切なものを欲望で踏みにじられたエミリア。それを理解しないハルトを始めとしたもの。
もう、かつての聖女エミリアは存在しない。目の前にいるのは慈悲のかけらもない、正真正銘の魔女の姿だった。
「自分の欲の為にアールを傷つけて、殺した罪。私たちの平穏を壊した罪。その身で贖ってもらいましょう」
エミリアは指をぱちんと1回鳴らした。遠くの方で人の悲鳴と雨音にも負けない爆音が響いた。その方向は召喚の儀式を行う、皇城の裏にある神殿の方からだった。
「なにを……!なにをしたッ!」
「まずは、皇国の希望である、大召喚の祭壇を爆破させた。人の悲鳴は……まぁ、そこに常駐していた神官とか、見張りの声じゃない?」
「おまえは、この皇国をどうするつもりなのだ……」
「勘違いしないで。皇国をどうするつもりもない。私がどうにかするのはこの皇城だけ。まぁ、あのお喋り商会も後で制裁を加えるけど。……一番の目的はあなたたち」
続いて右人差し指を一本天へ掲げた。くるり、時計周りに回すと、城全体が揺れ始める。まるでミキサーで回しているかのような。巨人化なにかが城ごと揺さぶっているかのような揺れにハルトたちはよろめいた。
その衝撃で天井に吊り下げられているシャンデリアや照明、飾りなどが落ちる音が城中に響いた。
「すぐには殺さない。死にたい、殺してくれって思うように、じわじわといたぶって殺してあげる。……そうね。彼らにも協力してもらおうかしら」
エミリアは生気のない瞳でうっそりと笑うとハルトたちの前から消え失せた。目の前の恐怖が一度姿を消した安堵、そしてこれからの対策をどう立てるか。そして穏便にことを澄ませる方法なないのか、考えることで精一杯だった。
しかし、水場から遠いこの皇城がある一帯では山崩れ以外では気にするほどのことでもなかった。ハルトは雨音を耳に、寝室でグラスを傾けていた。
「はぁ……まったく雨は好かん。髪は湿気って、肌にまとわりつくような空気。体が一層に重くなる」
そのグラスにワインを注ぐミーユはシルクのネグリジェを揺らし、ハルトの問いに答えた。
「でも、恵の雨とも言うじゃないですか。雨が降ったら水を蓄えられますし、作物を育てることもできます。水って生きていくうえで大切なんですよ」
「おまえは博識だな。……ほら、おまえも飲め」
空のもう一つのワイングラスにハルトはワインを注ぐ。ミーユは「頂きます」というと、ハルトのグラスを合わせて香りを楽しむように、ゆったりと喉を潤す。
至福の時間だ。姿は変わってしまったが愛しい旦那様。やっと手に入れた皇国一の高貴なる座。前世の暮らしよりは不便なことは多いが、自分を世話してくれる侍女、ちょっと不味いけど慣れたらおいしい食事たち。
すべて、ミーユに取っては順調だった。まるで、この最高級ワインのよう。手塩にかけてブドウを越して、何年にも傍って発酵させる。この手間はまるで、自分が皇妃の座を手に入れるまでの長い道のりを表しているよう……だと当人は思った。
邪魔な女も、邪魔をする脅威がいなくなって何年経つだろう。これまでもこれからも、ここで男たちと囲われながら――。
「その幸せがいつまでも続くとは限らないことね」
ワインで喉を潤し、幸せに浸っていると、どこからともなく、若い女の声がひとつ、寝室に響いた。この寝室には部屋の前で常に兵士が2人、隣の小部屋には交代制で魔法士と侍女が2人体勢で交代に当たっている。
さらには、皇室を守る暗部が天井裏で待機している。侵入者を許せる環境ではないはずだ。
突然のことに理解の追いつかないミーユとハルト。ハルトは壁に掛けてあった剣を手に取り、その身体とは似てもにつかぬ素早い動きで、ミーユを背に隠した。
「何者だ!こんな時間に皇帝の寝室に忍び込むなど無礼にもほどがあろうが!姿を表さぬか」
「……侵入者に対する第一声がそれって、小物にもほどがない?でも、まぁ、姿は見せてあげる。あなたがよぉく会いたがっていた正体よ」
声の主は言い終わると、天井裏を突き破り、ハルトとミーユの前に降り立つ。黒いフードつきのマントを羽織り、目深に被ったフードからは表情は見えない。だが、雷鳴が鳴る度に美しい白髪が煌めいた。
身なりは少女、もしくは成人女性と捉えられる華奢な体躯。その体躯からは似てもにつかない様子で、片方で天井裏に潜んでいる護衛の首根っこを掴んでいた。
「ねぇ、あれって……」
「ああ、これ?邪魔だったから。邪魔だし、あなたたちに返すわ。でも話し合いに邪魔だから隣の部屋にいて貰うわね」
少女は投げ捨てる。まるでぬいぐるみを放り投げるような動作で。護衛の男は投げ飛ばされると、隣の壁を突き破って転がる。生きているのか。それとも死んでいるのかわからない。
異様な少女の出現にミーユは肩を抱いて震わせた。
ハルトは精鋭が一瞬でやられてしまうほどの目の前の脅威に、感情的になるのは得策ではない。と冷静に息を整える。ミーユを背中に隠したまま、問いかけた。
「おまえは……何者だ?何故、護衛をこんな酷い目に合わせる?……それに俺が見たがっていたって……」
「察しの悪いのね。”おまえ”が城壁に吊り下げているものの知り合いよ。ここまで言わないとわからないわけ?」
「――森の魔女ッ!」
戦慄したように声を張り上げたハルトに、フード下の女はにやりと笑う。フード越しだから詳しい表情を判別することも、相手がどういう感情にあるのかもわからないが……。
冷静に考えれば、少なくとも、好意的ではないのは目に見えていた。
しかし、冷静さを欠いたハルトはそれを理解できない。
「ああ!やっとあえた!実はそなたに交渉を持ち掛けたいと思っていたのだ!実は――」
「……ねぇ、おまえ、馬鹿なの?この状況で何故私があなたに交渉しに来たと思ったわけ?おまえって本当に15年以上経っても変わらないのね。目先の欲に目がくらんで、目の前のものを正当に評価、判断が出来ない……」
ハルトの言葉に、フードの女は冷ややかに言葉を遮る。
フードの女はゆっくりとそのフードを取った。まるで、その時間がスロー再生されているかのような時間だった。手入れされた腰までの長い白髪は、フードを取ると垂れて、青い宝石のような瞳は爛々と輝いている。
ハルトの思考は一瞬にして停止した。その姿は――見たことのあるものだったから。いや、知り合い過ぎた。というか――
「聖女エミリア……だとぉッ!おまえ、生きてッ……」
「ええ。久しぶりね、皇太子……今は皇帝と呼ぶべきかしら。でも、あなたと対話するつもりはないの。残念だけど、あなたたちはここで死んでもらうから」
「おまえを城の外に追い出したのが駄目だったのかッ!それとも、おまえの言葉に一切耳を貸さなかったのが原因なのか!?」
「……ねぇ、人の話、聞いてた?そんなの、”どうでもいい”の。追い出されたのも、ここで邪見に扱われたのも、どうでもいいの」
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ハルトの声は振るえる。目の前のこの女にはどんなことをしても叶わないような気がして。弁舌にも耳を貸さないような気がして。
じっと黙っていたミーユは……。
「エミリア……いえ!絵美さんッ!生きていたのね!……私、この15年間、あなたが死んだって思えなくてずっと心配してたんだから!」
堰を切ったように、涙を流し、ハルトの前へと体を出すと、そのまま頭半分ほど小さいエミリアをきゅうっとだきしめた。まるで、姉妹の再会のような情景だが。
エミリアは冷ややかに抱き着いた手を払いのけた。
「白々しいわね。自分で服毒して私に罪を着せて追い出したのに、何を言い出すんだか。自分の命が助かりたいから言っているのなら、逆効果よ。私、家族を殺されて怒っているの。だからこの城の人間全て殺す」
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エミリアは生気のない瞳でうっそりと笑うとハルトたちの前から消え失せた。目の前の恐怖が一度姿を消した安堵、そしてこれからの対策をどう立てるか。そして穏便にことを澄ませる方法なないのか、考えることで精一杯だった。
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