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さらば皇国

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私、北条絵美はついこの間まで食品会社の商品開発に務める普通のOLだったが、紆余曲折あり突然の異世界転移を果たした。今はこのカーバル皇国において聖女と呼ばれる存在だ。



聖女とは魔素と呼ばれる人間の身体に吸収される毒を浄化し、国を守る役割を持つ。魔素を浄化するには異世界から浄化の適正を持った人間の召喚が必要で、私は運悪くその適正を持った人間らしい。



皇国に召喚されたからにはこの国のために尽くしてくれと言われたが、知ったことか。......といいたいところだが、元の世界には帰る術もないと、当時聖女召喚の儀に携わった宮廷魔法士から聞いた。一方通行の強制的な片道切符に抗う術もない。



絶望はしたし、戻りたいと強く願ったものの、帰る術がないのであれば仕方がないし、わめいても現状が変わるわけでもなし。まぁ、現代にもそんなに執着はないし。異世界転生というのにも憧れていた。これも運命だと思って受け入れようと自分の心の中で区切りをつけた。



それに、聖女の役割を全うするのなら人並以上の生活の保障はしてくれるらしいので、最悪の事態を考えるよりははるかにマシな待遇だろう。



日本人、北条絵美は…...聖女エミリアに改名し、突然与えられた役職と異世界生活に戸惑いつつ、なんとか聖女生活1年目を終えることとなった。

――私は彼らのことを、この現状を楽観視していた。

......。



「聖女エミリア!同職ミーユに毒薬を飲ませた罪として国外追放とする!」

「......はい?」


聖女として召喚されて5年目。冷気で肌を突き刺すような寒い冬の日のことだった。



何の用事が検討もつかなかったが、皇城へと呼ばれた私は、一人皇帝が執務を行う部屋へと従者に案内された。一応聖女なので、各地に蔓延する魔素を浄化......もとい国の外へ払うので忙しいのに。



でも皇帝命令なので、逆らうことはできない。部屋に入った途端、臣下の礼を取ると突然言い渡された言葉が、身に覚えのない罪状とそれに対する刑罰だった。



なんで?私、毒薬なんて飲ませた覚えのないのに。



ミーユとは去年、聖女召喚の儀で呼ばれた私と同じ世界から来た聖女。つまり、皇国に仕えるもう一人の聖女の名前だ。



横柄で我儘だが、愛嬌があり、この国の皇子であり次期皇位継承者であるハルトや、宰相の息子、ダレス......私がお世話になっているエドラド公爵家の嫡男、ティルクから目を掛けられていた。



彼らは聖女召喚された時は、身寄りのなかった私に同情してそれはもう優しくしてくれた。......だが、ミーユがこの世界に召喚されて変わってしまったのだ。



例えば、自分で肥溜めに落ちたのに私に落とされた......、自分でつけた刃物傷なのに、私に刺されそうになっただの。とにかく、自分の立場をよくするためなのか、自作自演で周囲に同情を誘い、私を周囲から孤立させたがっていた。



この国は聖女主義の思想を持つ人間が沢山いる。さらに言えば、ミーユは特に男性に好かれていた。召喚されてすぐに彼らがミーユの世話を焼くようになったように。



別に彼らに思い入れはないし、私も私で聖女の職務傍らに魔素や魔力の研究とかで忙しかったので、それどころではなかったけど。



だけど、自分の命を危険にさらしてなお私に無実の罪を着させようとする彼女には、飽きれるしかなかった。目の前にいる皇帝はハルトの父親。息子を溺愛し、ミーユにもいい感情を抱いているので、私の話など聞いてくれるわけもないだろう。



......一応弁明はしてみるけど。



「一応お聞きします。それはどういった調査をした上での決定ですか?ミーユが飲んだ毒の成分、入手経路は?私が毒薬を入手し、彼女に飲ませた証拠は?どういった手口で飲ませたのかまできちんと調査はされました?」

「いつも怪しげな研究をしていて薬草を皇国外......死海の森付近の森林まで取りにいっていたそうではないか!毒の成分はわからんが......怪しげな毒をそこで入れたのだろう!入手方法はいくらでもある!」

「毒の成分すらわからないのに、それでは証拠は不十分です。毒の特定すらしていないのに、ただ薬草採取をしていたからという薄っぺらい理由のみでそう判断されても困ります」



皇帝の隣に控えていた皇子ハルトは、父に便乗するように声を張った。



「口だけは達者なやつだな!ミーユがもしかしたらおまえが毒薬を仕込んだかもしれんといったのだ!ならばおまえを疑うのは当然だろう」

「証言のみであればいくらでも偽ることはできます。罪をでっちあげるにしても証拠も証言も、状況証拠すら不十分な状態で罪状を渡すとは......皇国の処理能力を疑われる事態ですよ。それにあなた方は私がミーユに近づけないようにずっと気を使っていたのにどう毒薬を仕込むのです?」

「人を使えばいいだろう!金で誰かを雇うとかな!方法も証拠隠滅もいくらでも図れる!」

「仮に毒薬をミーユに飲ませるならば、そんな稚拙でバレやすい手段はとりません。アリバイなども確認してみてください。私、まったくの無実です」

「そんなこともでっち上げられるだろう!弁明する材料にすらならん!おまえは国外追放だ!」



一度こうだと決めたら人の話を聞かない、自分の言うことをごり押ししようとする。......もう、疲れた。こんな人の話を聞かない人達と話をするだけ無駄だ。



毒薬......殺人は皇国の罪の中でも最も重い。仮に聖女が毒殺されそうになった場合、首謀者は聖女であっても死刑が妥当だろう。

しかし、そうしないのは、証拠不十分だからと皇室側でもわかっているからだ。だから次に重い刑罰とされる国外追放を言い渡すのだろう。



正直、人と関わるのは大分疲れた。無実の罪を着させられたのは大いに不満ではあるが、そろそろ聖女生活も終えたいと思っていたし、この国にいること自体が私の身体上よくない。



ストレスは多いし、余計なトラブルばかり巻き込まれる。......ふぅ。



「皇帝陛下、皇子殿下......かしこまりました。いますぐ荷物を取り纏め出ていきます。今までお世話になりました~、ではでは」



出ていくと決めたらもうこの人たちの顔を見なくて済むと思うと、心が軽くなった。



今回の件は現状と鑑みてなりようになってしまったのだ。痛い思いをしなかっただけで御の字。そして......私の事情を考えればこの国を出ていくことは正解なのかもしれない。



......なので、さようなら、カーバル皇国。もう二度とこの地を踏むことはないでしょう。



ハルト皇子、ミーユ......貴方たちが生きて、政権を握る限りは。
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