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決戦の日②

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ヴェルレー侯爵家の応接室には私、セルジュ様、弁護士であるゴウル弁護士、その向かいには余裕のない表情の王妃、べトムという弁護士が座っている。

双方に置かれたのは賠償請求書と和解合意書。

提出した書類をべトムが睨む。

「賠償、補填金合わせて金貨4億枚か相当する物品での支払いを希望……少々法外過ぎる気やしませんかね?」

「いやいや。べトム弁護士、なにを仰いますか?被害者が盗まれた金品とそれに見合う賠償金を請求するのは当然の権利ですよ。それに、そのカトリーヌ・ヴェルレー様が所持していた宝石のリストと盗まれた宝石の現在の相場を見比べてみてください。宝石価値だけでも6億は超える。これでもかなり抑えて現実的な請求しているのですよ?」

事前に作成したリストを見た。我ながらこれはこれでかなり「ぼったくっている」ように見えるが、冷静さを欠いた交渉の場の素人と弁護士には関係がない。

ここは目的を達成した方が勝者の交渉の場なのだから。

「法外?どこが?使用人は王妃様と国王陛下の名の元に身元が保証され、派遣された使用人。その使用人が公爵家の財産を盗んだのです。その値段は一塊の使用人が保証できる額じゃない。で、あれば、「身元の保証をした者」にも相応の金額を請求するのは当然の権利でしょう」

そう、当然の権利だ。だからこそベトム弁護士は、弁護士の癖に弁護士の仕事をせずに押し黙る。その道理はビスチェ様も理解していた。

だからなのか、王妃は作戦を変えた。弁護士相手が不利なら、被害者に情で訴えればいいと。

「セルジュ……、今回の件は本当にごめんなさい。私がもっとしっかり使用人を管理していればこんなことにはならなかったわ。まさか、あなたの財産を盗むなんて、誰が想像つくと思う?」

私も騙されていたと、泣き崩れる王妃。一見すれば可哀相な被害者だと思うが、安い泣き落としを幾度も見て来た私にとってはその場逃れの言い訳。泣いて金が勝手に湧いてくるなら金の価値なんてないに等しい。

だが、王妃の泣き落としはセルジュ様には有効だ。だって、彼女に一度でも恋をし、結婚後もきっと恋慕を抱いていただろう。

幼い頃から長い時間過ごしてきた者の涙は道理も覆すほどの破壊力がある。

「……ビスチェ、俺たちは幼い頃からなにをするにも一緒だった。遊ぶ時も、勉強する時も、一緒に旅行に行くときも、社交界のデビューだって同じ日だった。情がないと言えば嘘になる」

「嗚呼、セルジュ、私を許してくれるかしら」

「だが、そんなお前を信頼したい俺と、信用できない俺がいる」

「――え?」

「俺は宰相を毒殺などしていない。きちんと釈明し、証拠だって不十分だったはずだ。なのに、俺は「毒殺未遂」を掛けられ、領地も財産も没収され、一度は死を望んだ。何故裏切った?」

「それは……!説明したじゃない!あの事件の状況的に、毒の混入を疑われるのはまず私たちだった。でも、今毒殺未遂の容疑を掛けられれば、私たちはただでさえ国民や一部貴族の支持がないのに、王権を揺るがす重大な事件になってしまう。あの時はあなたに助けてもらうしかなかったのよ!だからこそ、あなたは処刑されずに済んだのでしょう?」

「それでも俺が、親友に裏切られ、犯していない犯罪の罪を着せられ、全てを失ったのは変わりがない。そこに、……謝罪はないのだな」

どこまでも自分の事しか案じていない言葉にセルジュ様は落胆した様子で肩を落とした。

「ま、待って!あなたは今までも私のピンチの時にはどんなことをしても助けてくれたわ!今度も助けて欲しいの。私、とても……」

「……ごめん、ビスチェ。ここにいるのがとてもつらい。だから、早く終わらせたいんだ。ゴウル弁護士、公爵家としては条件を変えるつもりはありませんが、条項をひとつ変更していただきたい」

「聞きましょう」

「……ヴェルレー家から没収したお祖母様の宝飾品、補填できない分は現金での一括支払いを希望する」

「セルジュ!」

「すまない、ビスチェ。今度という今度は、俺は引き下がらない。……お祖母様の形見は俺の命に匹敵するくらい大切なものだ。全て返してもらいたい」

伏せられ、再び挙げられた顔色は意思が籠っていた。弱弱しい、自殺を考えていた時の青白い表情はどこへやら、この国の公爵の位を頂くに相応しい力強い態度だった。

一歩も引き下がらない私たちに、取り付く島もなくなったビスチェ様。ベトム弁護士も王宮お抱えの弁護士ではあるものの、ゴウル弁護士ほどの場数は踏んでいない。

3分の1の金額が戻ってくればいいと踏んでいた請求額は、セルジュ様の当時の購入価格分のお祖母様の形見の宝石の返還。それに加え、金貨1億5000万ほどのビスチェ様の負債は、彼女が所持している私財や宝飾品を一部売り払い、それでも足りない分は生家からの援助等で支払われた。

「――よかったですね、セルジュ様」

「ありがとう、イリーナ。まさか、お祖母様の形見が手元に戻ってくるとは思わなかったよ……。俺のせいで、大切な物が手元に戻ってきて……本当に、本当に、よかった」

そして、繊細なセルジュ様の家族を大切に思う気持ちで、心の傷を乗り越えるという強さとイベントを見せてもらっただけでも、骨を折って動いた甲斐があったというものだ。

この日、初めてセルジュ様は歓喜極まって眦に涙が滲んでいた。


――――。


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