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第五章 うっかり魔界へ

鬼退治

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 人間界へと繋がる扉の向こうにも昼夜があるようで、夜空に広がる星空は綺麗だった。ただ、そこは暑かった。とにかく暑い。

「ジェラルドの手が恋しい……」

 氷魔法で冷気を纏った手は冷んやりして、暑さを緩和させてくれそうだ。

「何だ? 本当はあの男とデキてるのか? だから私のことも陛下のことも頑なに拒むのか」

「何?」

 暑さのせいで、メレディスの話を聞いていなかった。

 ちなみに今は、鬼から逃げて一旦洞窟に隠れているところ。

 ——人間界の入り口に通ずる扉に入った俺とメレディスは一気に上空に飛んだ。

『わっ、飛ぶなら飛ぶって言っといてよ』

 メレディスが俺を抱き抱えて、黒い大きな翼を羽ばたかせたのだ。身構える時間が無かったので突然の浮遊感に驚いた。

『あいつらは空は飛べんからな。上空なら攻撃を受ける心配もなければ、早く人間界に辿り着ける』

『こんな方法があるなら先に言っといてよ。三択を本気で悩んだじゃん』

 文句を言っていると、メレディスの顔が歪んだ。

『メレディス? 落ちてない?』

『一旦、あそこの洞窟に隠れるぞ。腹が……』

『まさか』

 刻印の精霊が食事を食べれば、もう一方の刻印の持ち主にも影響がある。みーちゃんは大量の食事とついでに食器も食べたので、満腹で苦しんでいるのだろう。まさか、時間差で現れるなんて。

『オリヴァー、何をした?』

『いえ、何もしてません』

 それから暫くは、メレディスの目を見て話せなかった——。

 横になっているメレディスの顔を覗き込みながら恐る恐る尋ねた。

「メレディス、お腹の具合はどう?」

「ああ、もう駄目かもしれん。苦しすぎて死にそうだ」

「そんなに……」

 満腹で死にはしないだろうが、申し訳なさでいっぱいだ。

 メレディスが俺の頬を撫でながら弱々しく言った。

「この顔を見ながら死ねるなんて本望だ。もっと近くで見せてくれ」

 自分のせいでこんな事になったので、断ることも出来ない。心配そうに顔を近付けた。

「そんなにあの男の手が恋しいのか……?」

「あの男?」

 暑すぎて、ジェラルドの氷魔法で冷やして欲しいと言ったのを聞いていたのか。

「うん。気持ち良いんだよ」

 ゴンッ!

「痛ッ!」

 メレディスに頭突きをされた。俺は額を押さえながら蹲った。

「ッ……何すんの?」

「それはこちらのセリフだ。この腹痛、汝のせいだろう? しかも、私の事は拒むくせにあの男の手が恋しいとは……陛下の気持ちが少し分かるのが悔しい」

 後半、何の話をしているのか分からないが、腹痛は俺のせいだ。素直に謝ろう。

「ごめんなさい」

「何故だろうか。謝られたら謝られたで至極苛々する」

「メレディス?」

「もう良い。この苛々をアレにぶつけてくる」

 メレディスは起き上がって洞窟から見える鬼を指さした。

「でも、お腹痛いんだよね? 治るまで無理しない方が」

「では、汝がこの苛々を解消してくれるのか?」

 メレディスの圧が凄い。本当に苛々しているようだ。そこで俺は閃いた。

「俺があの鬼倒してくるから見ててよ」

「汝が?」

「この辺はあの鬼一体だけだから大丈夫だよ。それに、メレディスの力を使えるようになったの見て欲しいし」

 剣術の師匠ヒューゴが言っていた。

『師匠は弟子の成長した姿を見るのが何よりも嬉しい』

 メレディスは師匠ではないが、この力を与えてくれたのはメレディスだ。きっと扱えるようになったところを見せれば苛々は解消され喜んでくれるはず。

「オリヴァー、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

「うん。分かってるよ」

 ——俺は何も分かっていなかった。刻印の相手の力を扱えるようになった所を見てもらう行為に『私を溺愛して』という意味があることを。


 ◇


 メレディスがどんな目で見てるのかも知らぬまま、俺は鬼の前に出た。

「貴様、陛下の探している男か」

 鬼は爪を立てながらこちらに走って来た。思った以上に大きい鬼に圧倒されながら、闇のシールドを張った。引っ掛かれはしなかったが、シールドに亀裂が入った。

 鬼がもう一撃シールドを引っ掻こうとしたが、その前に闇魔法で鬼の手を捕えた。

「やった」

 喜んだのも束の間、鬼が手を上に振り上げた。と、同時に俺は鬼に引き寄せられ、思い切り腹部を蹴られた。

「ぐはッ……うぅ……」

「弱すぎるな」

 俺は鬼の前で蹲った。蹴られたことでお腹が痛いのもあるが……吐きそう。だって、お腹いっぱい食べたばかりなのだ。

 鬼は俺を見下したまま次の攻撃を出してこないので、とりあえず蹲ったまま治癒魔法をかけた。

 吐き気は続くが、痛みは改善した。

「これならどうだ!」

 鬼に向かって闇の弾丸を何発も撃ち込んだ。鬼は一身に攻撃を受け止め耐えている。

 威勢よく出て来たのは良いが勝てる気がしない。今の攻撃もさほど効いていなさそうだ。鬼の持っている金棒には到底敵いそうにはないが、俺は剣を構えた。

「ハッ、そんな物を構えたところで何も変わらんぞ」

 変わらないかもしれないが、先程からメレディスが何度も出てこようとしているのだ。少しは出来るところを見せないと、メレディスが安心して休めない。

「俺、チビなんだよ」

「石ころみたいに小さいもんな」

「石……」

 そこまでではないと思う。思うが、反論はせず、姿勢を低くして鬼に斬りかかった。

「な、何処へ行った?」

 鬼の図体はデカいのだ。小さい俺は鬼の足元を通り抜け、後ろに回った。

「こっちだよ」

 鬼の背中を斜め上に斬った。

「グッ……」

 鬼が俺を捕まえようとするが、捕まる前に跳んで鬼の頭を軸にしながら転回し、再び鬼の背後から剣を振るった。それからも鬼の手から逃げ回りながら地道に剣を振るった。

「ちょこまかと……そんな攻撃が効くとでも思っているのか?」

「でも、これならどう?」

「う……貴様、いつの間に」

 鬼は闇の糸で雁字搦めになった。

「俺がただ走り回ってるだけだと思ったら大間違いだよ」

 俺だって、だてにヒューゴの特訓は受けていない。体が小さいなりの戦い方を習って、誰よりも俊敏さがあったりするのだ。

 そして、指先から小さな黒い糸状のものを出しながら鬼の周りを走り回っていたのだ。

「ちょっと、コレ試してみようかな」

 俺は聖剣に持ち替えた。

「あれ、何か書いてある」

 聖剣の持ち手に、小さく文字が書いてあった。

 ここに魔力込める……?

 聖剣だから光魔法の方が良いか。

 俺は聖剣を持ちながら光の魔力を込めた。すると、聖剣が光った。

「それはやめろ。嫌な予感しかせん」

「ごめんね。俺、捕まりたくないんだよ」
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