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第一章 幼少期

ご機嫌よう

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 翌朝、俺はノエルの部屋にやってきた。朝食前にノエルの『転生者ごっこ』が未だ継続中なのかを確認するために。終わっていればそれで良い。

「お兄様。ご機嫌よう」

「ノエル、どうしたの?」

 ノエルは『ご機嫌よう』なんて言わない。元気溌剌に『おはよー』と挨拶をしてくる。

「せっかくお嬢様に生まれ変わったんですもの。わたくし、これからはお嬢様口調でいきますわ」

「……」

 悪化している。ノエルのごっこ遊びがエスカレートしている。昨日の今日だ。終わるとも思っていなかった。

「本日の午後カリーヌ様が遊びに来ますの。お兄様もご一緒にいかがですか?」

 カリーヌはノエルの友人のアルベール伯爵令嬢。ノエルと同じ五歳にしては上品でお淑やかな令嬢だ。

「俺も同席して良いの?」

「是非! お兄様、お友達はジェラルド様だけでしょう? 物語の主人公は人脈が大事ですからね。少しずつ増やしていきましょう」

「そうだね」

 主人公云々は置いておいて将来的に人脈は多い方が良い。身近なところから広めていくのは良い案だ。

「ノエル、朝食食べに行こう」

「うん、行く行……オホンッ、さぁ、お兄様参りましょう」

 転生者ごっこも中々面白いかもしれない。


 ◇


 そして、カリーヌとのお茶会。

「ノエル様の言葉遣いが変わっていて驚きましたが、言葉遣い一つでこうも印象が変わるものなのですね」

「そうかしら? 自分では分かりませんが、お嬢様になった気分ですわ」

「ふふ。面白いのは変わらないのですね」

 ノエルが遠回しに馬鹿にされている。しかし、カリーヌも悪気はなさそうだ。ノエルが気にしていないので良いけれど。

 俺は二人の話を聞きつつ、薔薇の香りのする紅茶を嗜んでいる。会話は一切していない。女子同士の会話はとどまることなく、どのタイミングで入れば良いのか分からない。

「そうですわ。カリーヌ様のお兄様はお元気ですか?」

「はい。少し前から騎士になる為に訓練を始めたのですよ」

「へぇ」

 騎士なんて大変だなと他人事のように聞いていたら、ノエルが嬉しそうに言った。

「カリーヌ様、わたくしのお兄様は勇者を目指していますの」

「ノ、ノエル!?」

 思い切りお茶を吹き出しそうになってしまった。カリーヌも目が点になっている。

「勇者……ですか? 勇者とはあの……?」

「はは……気にしないで」

 笑ってこの場をやり過ごそうとすれば、カリーヌは優しく微笑んで言った。

「夢は誰にだってありますものね。そうだ、良かったら兄と一緒に訓練に参加してみるのは如何ですか?」

「は?」

 他人の突飛な夢を否定しない様は正に女神だが、問題はそこではない。俺は勇者どころか騎士も目指していない。そんな俺が本格的なハードな剣術訓練に耐えられるはずもない。

「いや、本当に気にしないで」

「お兄様! 是非お兄様も訓練に参加致しましょう! 勇者といっても何から始めれば良いのか思い悩んでいたところだったので丁度良かったですわね」

「ノエル、俺は……」

「それは良かったです。帰ったら早速兄に聞いてみますね」

「だから、俺は……」

「宜しくお願いしますわ」

 女子の話の間に入るのは難しい。あれよあれよと俺が剣術の訓練に参加することに決まってしまった。

 転生者ごっこが面白いなんて一瞬でも感じた俺が馬鹿だった。ノエルのごっこ遊びが終われば早急にリタイアしよう。
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