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第1章 拒否
[3] 残酷な夢
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必死に、それぞれ理由やら言い訳を始めていたが、瑞季の耳には入ってこなかった。
目も耳も鼻も、体の全てが目の前にいる人物に注目している。
色白な肌と漆黒の髪をした女性へと。
残念な事に、どうしても見たいと心が訴えるのに、瞳の色は目隠しのせいで分からない。
なぜか、幼い頃から瑞季の夢の中に出てきた女性は、乳白色な肌と漆黒の髪をしていた。
そう──まるで、目の前の彼女のようにだ。
夢から覚めるたび、首を傾げたものだ。自分がいつだって惹かれるのは健康的に日焼けをした肌の色をした女性だというのに。
さらに不思議だったのは、瑞季が夢の中で顔を見たことがないことだ。
いつだって、夢の中の女性が振り返った瞬間に目が覚めてしまう。
(くそっ、顔が見たい)
それは、心が発する声だった。
瑞季は抑えられない衝動に一歩を踏み出し、彼女の目から布を取り去る気でいたのだが、すぐに若者の一人が道を塞いだ。
「近づいちゃだめですよ」
「なぜだ?」
(なぜ邪魔をする?)
自分で出そうと思ってもいないのに、瑞季の喉からは低い唸り声が漏れてきた。
その音は、若者を後退りさせるのに、十分なほど威圧的だ。今まで、若者相手どころか、身内に対して威圧的な態度に出たことはなかった。
瑞季は明るく社交的で、ユーモアさすらあって若い群れのメンバーに懐かれているタイプの男だ。
それだけに、若者はショックを顔に浮かべている。
「こ……この女は……吸血鬼になりたてで、狂暴なんです」
普段の瑞季だったら、後退りしたのに逃げずにいる若者を褒めていただろうが、今の言葉に鳩尾を殴られたような気分でそれどころではなかった。
心の中が一気に冷たくなっていく。
心のどこかで、悲鳴にも似た声が上がった。
──これほど繊細な存在が吸血鬼な訳がない。
瑞季は若者を押し退けて近づいたが、ただ事実を知る結果になるだけだった。
女性は後ろ手に鎖で繋がれているにもかかわらず、前に突進しようとしては床に叩きつけられるということを繰り返している。
狂暴な唸り声が出てくる口元には、認めたくなくとも、吸血鬼を物語る牙が覗く。
これ以上、瑞季はこの場所にいることが出来なかった。
「勝手なマネをした事については、狼呀に報告する。それまで大人しくしていろよ。ここにも近づくんじゃない」
若者たちは反論しなかった。
群れの問題点は、問題の大小に関わらずリーダーという立場であるアルファの月城狼呀に報告するのが群れ第2位である瑞季の役割でもある。
今が、人狼族の年長者でありベータである男に異議を唱える時ではないと悟ったのだろう。
小さな返事を聞きながら、彼らと彼女に背を向けると瑞季は部屋を後にした。
廊下に出ると足早に自室へと向かい、入るなり扉を乱暴にしめた。
彼女が吸血鬼だと認識している心とは違い、人狼の本能は彼女を今の状況から助けてやれと急き立てる。
訳が分からない。
彼女は憎むべき吸血鬼の一員。
今すぐ処刑すべきなのだ。
頭と心の意見が合わず、両方に感じるあまりの苦痛の強さに、テーブルに近づいた瑞季はのっている全ての物を片手でなぎ払った。
壊れやすいもの、壊れにくいもの──その全てが床に落ちて派手な音を立てる。
(くそいまいましい)
割れた破片を踏みつけながら、ベッドに近づくと、力なくドサリと座って項垂れた。
生活感のない、この部屋と同じくらい瑞季の心の中は寒々としている。
聖呀からの電話がなければ、瑞季は女吸血鬼と出会わずにすんだ。
そう思うと、八つ当たりしたくなる気持ちと、ここには居たくない気持ちが膨れ上がってくる。
(クソッ! 仕事に行かなくちゃな……)
スマートフォンで時間を確認すると、もう時間はとうに過ぎている。それに、聖呀から見回り地域の住所が届いていた。
素早く確認すると、自分の欲求に負けないように別の出入り口から外に出ると、裏手に停めてある群れで共有している車で走り出した。
★
夜の冷たい空気は、頭を冷やすのに最適だった。
目的地に着く頃には、心も頭も静かで落ち着きを取り戻せている。
それでも、うっぷんを晴らす口実を瑞季は欲していた。
人狼としても落ち着いている彼が満月を控えた日以外で、そんな気分になるのは初めての事だった。
そのせいで冷静になった今でも、この気持ちをどうしたらいいのか分からないでいる。
(オレは……どうしたってんだ)
どんなに心に問いかけても、答えなんて出てこない。
瑞季は乱暴に頭を掻いてから、広くて暗い公園へと足を踏み入れた。
すでに人が出歩く時間は過ぎていて、風に揺らされて擦れる葉の音と、猫のケンカする声だけで平和なものだ。
一時間ほど、酔いを冷ましている人間を装いながら歩いた後、車に戻った瑞季は次の見回りルートへと車を走らせた。
しかし、何ヵ所回ろうと、こういう暴れたい気分の日に限って何も起こらない。
瑞季たち人狼の仕事は、罪のない人間が吸血鬼の被害にあわないようにすることだ。
道端で吸血行為に走る吸血鬼がいたら、処刑する権限を瑞季たち人狼は持っている。
もちろん、世の中の人間は知らないことだ。
この取り決めは、超自然的存在であるパラノーマルの間での周知の事実だというだけのこと。
見回りという名の仕事を終わらせる頃には、発散できずにいたせいで苛々していた。人間を襲う吸血鬼を見つけて痛めつけてやれば、少しはストレス発散にもなったはずなのに、あてがはずれた。
これでは、いつもの発散のしかたをするしかない。
普段の瑞季は、こうした苛立ちを性的欲求に変えて発散している。
夜中──もう朝方といってもいい時間だろうが、見つけようと思えばベッドの相手くらいバーやクラブに入れば見つかるだろう。
問題は、出掛けてくる前に置いてきた女性と出会った場所には行けないことだ。
そして、なによりも今の気分の時の瑞季には、人間では役不足である。
同じ人狼族か、魔女、シフターでなければ発散できるほどの本気のセックスは出来ない。
最後の場所を見回り終え、車に戻ってエンジンをかけるまでは、瑞季自身もその気だった。
なのに、エンジンの音を聞きながら車を走らせはじめれば、なぜだか気が進まなくなっている。
「あー、なんだってんだよ!」
不機嫌さを言葉にのせ、仕方がなく自室に戻るために車をUターンさせた。
性的欲求と不満、困惑が腹の奥底で渦巻いているのに、見慣れすぎた帰宅への道を走っていけば、そんなドロドロとした感情は静かに溶けていった。
目も耳も鼻も、体の全てが目の前にいる人物に注目している。
色白な肌と漆黒の髪をした女性へと。
残念な事に、どうしても見たいと心が訴えるのに、瞳の色は目隠しのせいで分からない。
なぜか、幼い頃から瑞季の夢の中に出てきた女性は、乳白色な肌と漆黒の髪をしていた。
そう──まるで、目の前の彼女のようにだ。
夢から覚めるたび、首を傾げたものだ。自分がいつだって惹かれるのは健康的に日焼けをした肌の色をした女性だというのに。
さらに不思議だったのは、瑞季が夢の中で顔を見たことがないことだ。
いつだって、夢の中の女性が振り返った瞬間に目が覚めてしまう。
(くそっ、顔が見たい)
それは、心が発する声だった。
瑞季は抑えられない衝動に一歩を踏み出し、彼女の目から布を取り去る気でいたのだが、すぐに若者の一人が道を塞いだ。
「近づいちゃだめですよ」
「なぜだ?」
(なぜ邪魔をする?)
自分で出そうと思ってもいないのに、瑞季の喉からは低い唸り声が漏れてきた。
その音は、若者を後退りさせるのに、十分なほど威圧的だ。今まで、若者相手どころか、身内に対して威圧的な態度に出たことはなかった。
瑞季は明るく社交的で、ユーモアさすらあって若い群れのメンバーに懐かれているタイプの男だ。
それだけに、若者はショックを顔に浮かべている。
「こ……この女は……吸血鬼になりたてで、狂暴なんです」
普段の瑞季だったら、後退りしたのに逃げずにいる若者を褒めていただろうが、今の言葉に鳩尾を殴られたような気分でそれどころではなかった。
心の中が一気に冷たくなっていく。
心のどこかで、悲鳴にも似た声が上がった。
──これほど繊細な存在が吸血鬼な訳がない。
瑞季は若者を押し退けて近づいたが、ただ事実を知る結果になるだけだった。
女性は後ろ手に鎖で繋がれているにもかかわらず、前に突進しようとしては床に叩きつけられるということを繰り返している。
狂暴な唸り声が出てくる口元には、認めたくなくとも、吸血鬼を物語る牙が覗く。
これ以上、瑞季はこの場所にいることが出来なかった。
「勝手なマネをした事については、狼呀に報告する。それまで大人しくしていろよ。ここにも近づくんじゃない」
若者たちは反論しなかった。
群れの問題点は、問題の大小に関わらずリーダーという立場であるアルファの月城狼呀に報告するのが群れ第2位である瑞季の役割でもある。
今が、人狼族の年長者でありベータである男に異議を唱える時ではないと悟ったのだろう。
小さな返事を聞きながら、彼らと彼女に背を向けると瑞季は部屋を後にした。
廊下に出ると足早に自室へと向かい、入るなり扉を乱暴にしめた。
彼女が吸血鬼だと認識している心とは違い、人狼の本能は彼女を今の状況から助けてやれと急き立てる。
訳が分からない。
彼女は憎むべき吸血鬼の一員。
今すぐ処刑すべきなのだ。
頭と心の意見が合わず、両方に感じるあまりの苦痛の強さに、テーブルに近づいた瑞季はのっている全ての物を片手でなぎ払った。
壊れやすいもの、壊れにくいもの──その全てが床に落ちて派手な音を立てる。
(くそいまいましい)
割れた破片を踏みつけながら、ベッドに近づくと、力なくドサリと座って項垂れた。
生活感のない、この部屋と同じくらい瑞季の心の中は寒々としている。
聖呀からの電話がなければ、瑞季は女吸血鬼と出会わずにすんだ。
そう思うと、八つ当たりしたくなる気持ちと、ここには居たくない気持ちが膨れ上がってくる。
(クソッ! 仕事に行かなくちゃな……)
スマートフォンで時間を確認すると、もう時間はとうに過ぎている。それに、聖呀から見回り地域の住所が届いていた。
素早く確認すると、自分の欲求に負けないように別の出入り口から外に出ると、裏手に停めてある群れで共有している車で走り出した。
★
夜の冷たい空気は、頭を冷やすのに最適だった。
目的地に着く頃には、心も頭も静かで落ち着きを取り戻せている。
それでも、うっぷんを晴らす口実を瑞季は欲していた。
人狼としても落ち着いている彼が満月を控えた日以外で、そんな気分になるのは初めての事だった。
そのせいで冷静になった今でも、この気持ちをどうしたらいいのか分からないでいる。
(オレは……どうしたってんだ)
どんなに心に問いかけても、答えなんて出てこない。
瑞季は乱暴に頭を掻いてから、広くて暗い公園へと足を踏み入れた。
すでに人が出歩く時間は過ぎていて、風に揺らされて擦れる葉の音と、猫のケンカする声だけで平和なものだ。
一時間ほど、酔いを冷ましている人間を装いながら歩いた後、車に戻った瑞季は次の見回りルートへと車を走らせた。
しかし、何ヵ所回ろうと、こういう暴れたい気分の日に限って何も起こらない。
瑞季たち人狼の仕事は、罪のない人間が吸血鬼の被害にあわないようにすることだ。
道端で吸血行為に走る吸血鬼がいたら、処刑する権限を瑞季たち人狼は持っている。
もちろん、世の中の人間は知らないことだ。
この取り決めは、超自然的存在であるパラノーマルの間での周知の事実だというだけのこと。
見回りという名の仕事を終わらせる頃には、発散できずにいたせいで苛々していた。人間を襲う吸血鬼を見つけて痛めつけてやれば、少しはストレス発散にもなったはずなのに、あてがはずれた。
これでは、いつもの発散のしかたをするしかない。
普段の瑞季は、こうした苛立ちを性的欲求に変えて発散している。
夜中──もう朝方といってもいい時間だろうが、見つけようと思えばベッドの相手くらいバーやクラブに入れば見つかるだろう。
問題は、出掛けてくる前に置いてきた女性と出会った場所には行けないことだ。
そして、なによりも今の気分の時の瑞季には、人間では役不足である。
同じ人狼族か、魔女、シフターでなければ発散できるほどの本気のセックスは出来ない。
最後の場所を見回り終え、車に戻ってエンジンをかけるまでは、瑞季自身もその気だった。
なのに、エンジンの音を聞きながら車を走らせはじめれば、なぜだか気が進まなくなっている。
「あー、なんだってんだよ!」
不機嫌さを言葉にのせ、仕方がなく自室に戻るために車をUターンさせた。
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