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エピローグ

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「速報です。
 三日間の捜索もむなしく、行方不明者三人のうち、二人の遺体が発見されました。
 発見されたのは、テントから約三キロの距離にある森の中。
 遺体には複数の噛み傷があり、野性動物に襲われた可能性が高いようです。
 損傷が激しく、一部は欠損していましたが、所持品から探している家村うちむら一家だと判明しました。
 事件性はなく、事故ということで詳しい死因の特定と襲撃動物の調査をするというのが、地元警察の発表です。
 引き続き、いまだ発見されていない被害者の子供の捜索が続きます。こちらからは、以上です」

「はい、ありがとうございます。いやー、動物による事件だなんて怖いですね」

「きっと、野良犬の仕業でしょう。捨て犬の増加は、深刻な問題ですし」








 パソコンで見ているニュースで、キャスターたちは口々に持論を展開しているが、その言葉もいまいち頭に入らない。
 唯一、あたしの注意を引いたのは、慌ただしい準備の音と階段を降りる足音だ。

「買い出しに行くぞ」

「はーい。マリアは、どうする?」

 最初に降りてきた琅吾さんは車の鍵を手の中で遊ばせながら、あたしの様子を見ている。けれど、彼も絢華さんも、無理強いしたりはしない。

「あ……家にいてもいいかな?」

「うん。じゃあ、行ってくるね」

 絢華さんは、琅吾さんの後につづいて出て行った。
 窓の外には、雪景色が広がっている。
 あれから、二ヶ月が経った。
 でも、あたしの感覚では、それ以上が経っている気がする。今日までに色々なことがあったからかもしれない。
 あたしの抱えてた問題は、群れの仲間たちが果たしてくれた。それでわかったのは、あの男に暴行されたり、顎で使われていたのは兄だけではなかったということ。それに、追い込まれて自ら命を絶った者もいた。あたしの兄だって、ぎりぎりのところを生きていたのだ。
 そして、どうやったのかは教えてくれないけど、あたしに関する思い出は家族の記憶から消された。
 淋しくないと言ったら嘘になるけど、家族に平穏な日常を残せたのは良かったと思う。
 そんな中で一番の変化といえば、あたしが本当に送るべきだった人生を一からやり直していることかもしれない。
 もちろん、やり直せないこともある。
 受け入れなくちゃいけない事だってある。
 その一つが、狼呀との絆だ。
 一ヶ月に一回くる満月のたびに、離れていても狼呀の心と体の痛みを感じる。
 悲しみも。
 深い悲しみに、あたしは癒してあげたくて、そばに行きたくて眠れなくなる。
 それが出来ないから、心はナイフで何度も刺されたように痛み、血を流す。
 あたしが狼呀にしたことと比べたら、たいしたことのない罰だ。
 泣く資格すらない。

「どうかしたの? ファング」

 あたしの気持ちを察して、ファングが足に体を擦りつけてくる。
 あれ以来、彼とは仲良くなった。
 お互い、変身する能力を失っているからか、二人でいると補える気がして安心する。
 別に会話が出来る訳じゃないけど、絆のようなものを感じていた。

「マリア、手伝ってくれないか?」

 家を訪ねて来た冬呀の声に、あたしは心の中に安心感が広がっていくのを感じた。
 自然と笑顔が浮かび、喜んで彼の荷物を受け取りにいった。
 手にはワインのボトルとチキンの箱を持っていて、腕に下げているエコバッグも何だか重そうだ。
 冬呀に隠れてしまっているアニーは、ポテトサラダやフライドポテトを持って入ってきて、思わず目を丸くした。

「なんだか、豪勢ね」

 誰かの誕生日だろうか? 
 ぼんやりと、そんな事を考えていると、冬呀とアニーが信じられないものでも見る目付きで見てきた。

「まさか……気づいてないのか?」

「え? 何が?」

 そんな会話をしていると、次々と人がやってきて、テーブルの上は食べ物で溢れていく。

「なんのお祝い?」

「やだねー、この子は」

 アニーは、呆れたように呟いた。

「ちょっと! 教えてくれても」

 あたしが拗ねて言うと、冬呀はくすくす笑いながら一枚の封筒を差し出した。
 宛名はあたしで、ちゃんとこの場所の住所が書いてある。カナダの雪に閉ざされたこの場所の。
 でも、この場所に来るとき、過去は全部すててきたから知り合いなんてことはない。

「誰から?」

 差出人の名前がなくて聞くと、冬呀はあたしの頬を撫でてから頭のてっぺんにキスをした。

「開けてみればわかるさ」

 彼のことは信頼しているから、あたしは促されるまま封筒を開けた。
 開けた瞬間、中からは知っている香りが漂ってきた。
 甘くて、くらくらする香り。
 鼻を近づけてきたファングは、鼻にシワを寄せると離れていった。

「もしかして……」

 あたしは紙を開いた。

『メリークリスマス、マリア。
 君が突然いなくなって、生まれてはじめて寂しいという感情を知ったよ。
 だけど、本当の幸せと安息の地を得られたことはよかったと思う。
 君のボスに聞いたんだ。
 誕生日おめでとう。
 クリスマスと誕生日、両方のプレゼントを贈ったから、受け取ってもらえるかな?
 なかなか会うことはできないけど、ずっと友達であることは変わらない。
 いつでも訪ねておいで。
 落ち着いたら、僕も訪ねるよ。
 よい一日を……。
 愛を込めて。
          永遠の友  レンより』


「これって……」

 聞きたいことはたくさんあるけど、うまく言葉にならない。

「今日はクリスマスだよ。そして、マリア……君の誕生日でもある」

「……誕生日?」

 慌てて久しぶりにカレンダーを見た。
 自然が溢れるこの場所に来てから、日付や曜日の感覚は消えていた。
 でも、日めくりカレンダーは、あたしの誕生日を告げている。

「おめでとう、マリア。そして、お帰り」

 仲間として、群れの一員として、家族として迎え入れてくれた人々の言葉に、あたしは涙が溢れてきた。
 こんな幸せなクリスマスと誕生日があっただろうか。最近は、辛いことが多すぎてどちらも祝っていなかった。

「おいおい、泣くのはまだ早いぞ」

 冬呀の言葉に、少し戸惑っていると、チャイムが鳴った。
 その音に、手紙を読む間は離れていたファングが、あたしの横で唸り声をあげた。

「俺からのプレゼントだ。今日はめでたいからな」

 背中を押され、扉に近づく。
 後ろでは、冬呀がファングを下がらせた。
 配達の人に泣き顔を見られたくなくて深呼吸してから涙を拭き、扉に手を伸ばした瞬間――その匂いに気づいた。

「冬呀?」

 声が震えた。
 後ろを振り返ると、彼は微笑みを浮かべて頷く。
 ノブを掴んだ手が、緊張で震えた。
 これは、夢なのかもしれない。
 あんな酷い仕打ちをしたあたしに、こんな幸運が訪れる訳がない。
 何度も深呼吸をして、思い違いをしていた場合のショックが小さくて済むようにする。
 期待してもいいのだろうか。
 許してくれるだろうか。
 あたしは扉を開けた。
 スローモーションのような時間が流れ、雪の白さに目が眩んだ。
 ほら、やっぱり夢だった。
 匂いまで勘違いするくらい、あたしの頭はどうかしているのかもしれない。
 この場所を知っている訳がない。
 そう諦めかけた時――。

「じんろうは帰れ―!」

 そんな子供たちの笑い声とともに、多くの雪玉が一方に飛んでいく。
 直後、聞きたかった声が聞こえてきた。

「こらこら、一斉に投げるなよ。いてっ!」

 雪玉が顔に当たり、派手に雪の中に倒れ込んだ人影に、走りよった子供たちは一斉に襲いかかった。
 それを目にしても、いまだに信じられない。いまだに自分に都合のいい幻を見ているんじゃないかと疑いたくなる。
 静かな自然の中には、大好きな彼と子供たちの笑い声が響き渡った。

「あっ! マリアお姉ちゃん!」

 雪の中で遊んでいた子供たちは、あたしに気づくとシッポが見えそうなくらい嬉しそうに駆け寄ってきた。
 全身雪だらけのままで、綺麗に払ってあげるけど、その手が小さく震えてしまう。
 顔を上げた瞬間、この幸せな夢が終わってしまいそうで怖かった。
 そんな、あたしの気持ちなんてお構いなしで雪を踏みしめる音が近づいてくる。

「マリア、メリークリスマス。それから……誕生日おめでとう」

 記憶の中にあるのと変わらない優しくて甘い声が聞こえてきて、あたしの目からは大粒の涙が溢れた。

「お願い……夢なら……覚めないでっ」 

 俯いて両手で顔を覆うと、力強い腕の中に引き寄せられた。相手の上着に着いている雪が手に触れたのが冷たくて、これが現実だと告げている。

「夢じゃないよ。マリア……顔を見せてくれ」

 懇願にも似た響きに、あたしはようやく顔を上げた。夢でも、幻でもない。本物の愛しい人がいた。

「狼呀っ……」

 名前を呼ぶと、啄むようなキスが降ってきた。

「会いたかった……」

 数回のキスの後、狼呀は切なそうに呟いた。

「どうして……ここがわかったの?」

 レンの手紙といい、狼呀といい、今日は嬉しい驚きがいっぱいだ。

「俺が招待したんだよ」

 聞こえてきた声に、あたしたちは振り返った。

「マリア……君が俺たちといるだけじゃ、幸せじゃないのは感じていた」

「冬呀……あたし」

「無理しなくていい。俺の願いは、君が幸せであることだ。そのためなら、気に入らない男だろうが受け入れるさ」

 あたしは、冬呀の目を見つめた。怒りや辛さの影はないかと探るけど、見つけたのは優しさだけだった。

「まあ、もちろん色々なルールを決めたがな」

「ルール?」

「ああ。たとえば、ベータとガンマ又は人狼の仲間を連れてこないとか、ここにいる間は俺の指示にしたがう……とかだ」

「狼呀は……そのルールに承諾したの?」

「もちろん。俺は人狼のアルファだぞ? お守りは必要ない」

 信じられない思いだった。人狼と狼シフターのアルファとアルファ。反発しあうだけだと思っていた。

「そいつが行儀よくしている限りは、俺に文句はないさ。大事なのはマリアの気持ちであって、俺の感情は関係ない。月城……お前の感情もな」

 冬呀は、あたしの腰を抱く狼呀にぴたりと視線を合わせた。彼の保護本能があたしを包み込んだ。

「冬呀、ありがとう。なんて言ったらいいのか……」

 あたしは狼呀から離れると、冬呀の腰に両手を回して抱きついた。すぐに、冬呀も抱き締め返してくれる。

「何も言わなくてもいい。当然のことをしただけだからな。さあ、この話はこれくらいにして、パーティーを始めよう」

 最後にぎゅっと力強く抱き締めてから、冬呀は離れていった。

「最初の条件は、マリアに連絡を取るな、探すな、会いに来るなだった」

 後ろからあたしの腰に両手を回しながら、ため息混じりに呟いた。外の冷たさに、吐く息は白い。

「この二ヶ月は……生きているような気がしなかった」

 首筋に鼻を擦り寄せ、冷えた唇が何度も押し付けられてあたしは震えた。冷たいからって訳じゃない。体の奥は、蝋燭に火を灯されたみたいに温かくなってきてる。

「あたしだって、同じ気持ちだった」

「本当に?」

 嬉しそうな言葉に彼に向き合うと、自然と唇を合わせた。ここが外だとかは関係ない。息をするのと同じくらい、あたしには彼が必要なのだ。二度と離れたくない。
 そう思いながら口づけを深くしていると――。

「とうが~! いちゃいちゃしてるよ~!」

 小さな子供らしい舌足らずな声に、あたしたちは唇を離して下を見た。丸くて澄んだいくつもの目に見られていたことに、急に恥ずかしくなった。

「月城、忘れるなよ。ここにいる間は、個室だろうが森の中だろが、二人きりになるのは禁止だ」

 戸口に現れた冬呀は、心底楽しそうに言うと子供たちを引き連れて中へと戻っていった。

「まったく……忌々しい狼だな」

 ぶつぶつと文句を言う狼呀に慰めのキスを贈ると、彼の唇が満足気にカーブを描いた。額をくっつけあい、無言の愛を交わし合う。

「聞こえてるぞ!! はやく中に入れ!」

 家の奥から聞こえてくる冬呀の声に、あたしたちはくすくす笑いながら階段を上った。
 掴めると思わなかった幸せを心に抱き締めながら、家族の待つ家の中へと行くために――。







         ~END~







 

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