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17 ハロウィンパーティー

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 午前十一時から始まったグッズ販売には、様々なハロウィンコスチュームに身を包んだファンが列を作った。
 血と包帯まみれのナースや顔に傷のペイントをしている子もいれば、なかなか凝った魔女の服を着た子もいる。
 そんな子たちを眺めながら、グッズの写真付きの詳細が書かれたボードを見れば、発売開始一時間ほどで完売の商品も出ていて、七時間が経った今ではほとんどのグッズが完売している事態に、観察がてら会場の外を歩き回っていた利央は驚いていた。
 ここまで人気なのかと実感しながら、メンバーがプロデュースした屋台や簡単なボディーペイントをしてくれる店などを見て回る。
 もちろん、利央も場に馴染むような服装をしていた。
 黒いシャツに黒いズボンと編上げブーツは普段と変わらない気もするが、普段と違うのは後ろに長さをもたせた黒いコートを羽織っている。
 首には黒いリボンとレースで出来たチョーカーをしているし、顔には黒い布に白い十字架のある眼帯をして十字架とコウモリのボディーペイントをしてもらった。
 ’開演時間までは、あと三十分と少し。
 午前中には、動線の確認や音響のチェックなど通しリハーサルが行われたようだが、陸斗からリハーサルは見ないでほしいお願いされて、利央は見ることが出来なかった。
 それだけに、待ち遠しくて落ち着かない。
 ライブ前から盛り上がり始めていることを肌で感じながら見回りを終えて、バックステージに戻った利央は、控室の前を通りかかった。
 中では衣装を着替え終えた者、メイクまで全部済ませた者、衣装を着終えたがマッサージを受ける者まで様々だ。
 陸斗はどこにいるのか、さらに覗き込もうとして後ろから肩を引かれた。

「今はやめとけ。あいつは集中してるところだ。お前に会うと、その全てが無駄になる」

「そ、そうなの?」

「ああ、だからリハーサルだって嫌がっただろ?」

「……わかったわよ。モニタールームにいればいいの?」

「悪いな。部屋はあっちだ。一緒に行くか?」

「平気……っていうか、あんたの格好もすごいわね」

 真司に向き直った利央は、彼の頭からつま先までジロジロと眺めた。
 黒いハットには赤紫色のリボンが巻かれ、黒いロングコートの下には、ほぼ黒に見える紫色のスリーピースのスーツ姿に、口元は裂けたようなメイクをしている。

「まあ、一応な」

 そう楽しそうに笑った真司と別れて、廊下の奥にある客席とステージ全体、ロビーなどを映しているモニターが置いてある部屋に入った。

「お疲れ様です」

「あ、お疲れ様です。社長からは聞いてるんで、どうぞ。このボタンでカメラが切り替わりますし、ズームにもできますから、自由に使ってください」

「ありがとうございます。勝手にいじって大丈夫なんですか?」

「はい。撮影用のカメラは別なんで大丈夫ですよ。この映像は、ここからの観察用ですから」

 そうニッコリと笑ったスタッフの女性も、やっぱりいつものTシャツとジーパンなんて簡単な格好ではない。
 もちろん、動きやすさを重視しなければならず、ゴテゴテした服ではなかったが、十字架が胸に印刷された黒いTシャツと黒のハーフパンツに白と黒のハイソックス、底の厚い靴という服装のスタッフは一通り説明すると部屋を出ていった。
 この会場にいるすべての人間が、同じ空気を作り出せるように真司が指示したのだろう。
 おかげで、会場だけでなく裏方の誰もが楽しそうに動き回っている。
 一人になった部屋の中で、用意されていた水のペットボトルを手にとって、一口飲んでからモニターに目を向けた。
 モニターは三つあって、左端のモニターには会場の中が四分割で映している。
 その画面を見る限り、すでに会場の席は全て埋まっているように見えた。
 まだ全体のライトが点いていて会場全体を明るく照らしているため、自分の席を探している子や友達や親と来ているのか何かを楽しそうに話している人たちが見える。
 そんな様子を見ていると、廊下が忙しなくなってきた。
 スタッフが走り回り、緊張感が増していく。
 開演が近いのだろう。
 騒がしさが遠のいていき、利央が真ん中のモニターに目を向けた瞬間──。
 ライトが落とされ、会場が真っ暗になった。
 一瞬の静寂の後に、ステージに赤いライトが点いて、ステージを隠していた垂れ幕が下に落ち、その途端に会場から歓声が上がって、あまりの大きさに画面からどころか、直接会場の声が聞こえてきた。
 音楽が流れ始め、メンバーの声が聞こえステージの一階と二階に立てて置かれている棺桶の蓋が開いて彼らが姿を現すと、会場の声は一層に大きくなった。
 吸血鬼とはこれだという衣装にはしなかったが、洗礼された高貴な貴族にも見える黒い衣装は、少しずつ違いがあるがどれも似合っている。
 コスプレになりすぎないものにしたのだが、正解だったなと案を出した利央は満足げに頷いた。
 気がつけば二曲が終わり、明るいライトに切り替わってメンバーがステージに集まった。
 少しの休憩とトークタイムに、時々会場からは笑いが起こる。
 和気あいあいとした雰囲気も、次の曲に進んだ瞬間、消えていき近寄りがたさが押し出される。
 激しいダンス曲を一曲披露すると、そのまま暗転して大型モニターに映像が流れ始めた。
 三つ目のモニターを見ると、スタッフに足元を照らしてもらいながらステージ裏に戻ってきたメンバーが、汗を拭いて次の衣装に着替えているところだった。
 着替えが終われば、取れてしまったメイクを直し、水分を取ってモニターで客席を見ている。
 出ていくタイミングを取っているのだろうか、息を整えて次に向かって歩き出す時、陸斗が利央の見ているカメラに向かって拳を握って親指を立てると、さっと行ってしまった。
 ステージでは映像が終わり、音楽が鳴り始めた。
 棺桶は片され、代わりに椅子が置かれている。
 その椅子に座る者もいれば、一階と二階が行き来出来るように設置されている階段に座る者もいて、仄暗い曲が流れ始めた。
 かすれた声や時に混じる吐息の音に、危うい魅力のある曲だ。
 その中に、陸斗の低くセクシーな声が混じり、胸をドキリとさせる。


 ★★★★★


 流れるようにステージは進行していき、魅了されていたせいか時間の感じ方がおかしい。
 またたく間に、一時間半が過ぎていき、最後の曲だという律夜の言葉に会場からは悲鳴に似たような声が聞こえてくる。
 その気持ちは利央にも分かる。
 ライブを体験したら、もっと見ていたいという気持ちされて、胸の奥に悲しみが湧き上がってくるのだ。
 残念がる声を宥めるが、ライトは暗くなり無情にも次の曲が流れ始めた。
 ここまでちょっとした休憩しか挟んでいないのだから、疲れているはずなのに、そんな素振りを少しも覗かせずに全力で歌い踊る姿に、利央もはじめての気持ちを覚えた。
 曲が終わり、暗くなったステージがまたたく間に少し明るくなったが、そこに【SPIDER】の姿はない。
 律夜が最後の曲だと言っていったが、客席に動きはなく会場にはファンのアンコールを求める歌声が響き始めた。
 ペンライトが揺れ、彼らの代表曲をファンが歌う光景は、これまで見たどんな景色とも違う。
 次々と人の声が加わり、どんどん大きくなる歌声に、これほどまでの調和と結束を生み出す事態に鳥肌が立った。
 実際の客席で体験したら、どんなものなのだろうかと興味でうずうずしてくる。
 そこをぐっと我慢して見守っていると、会場のの明かりが一段と明るくなりファンの姿が一人ひとり見える程になると、音楽が流れ始め歌声が聞こえてくるが、ステージにメンバーの姿はない。
 ざわめきが生まれる中、スポットライトは客席の後ろの方を照らし出した。

「アンコールありがとう!」

 その声と共に、一階の客席の入り口から、メンバーが入ってきた。
 突然の出来事に、目の前に現れたメンバーの姿に悲鳴に近いものが上がった。
 その声に、二階席のファンも気が付き、悲鳴はどんどん広がっていく。
 むしろ、悲鳴を上げない方がどうかしていると思われそうな状況に、利央は言葉を失った。
 手を伸ばせせば触れられる距離にいる彼らに、手を伸ばしたり、手を振ったり、中には信じられないと言いたげに目を丸くして固まる子もいる。
 ゆっくりと歩き、ステージに登った【SPIDER】のメンバーは、中央に集まった。
 曲が終わると、もう一度アンコールへの感謝を伝えた。
 話が始まると、さっきまでの悲鳴が嘘のようになくなり、話を聞こうという雰囲気になった。
 少し前に騒ぎで心配をかけ、不安を抱かせたことに対する謝罪と、今後は決してファンを失望させるような事をしないから、噂ではなく自分たちを信じて欲しいと代表して律夜が言えば、ファンは拍手と歓声を送った。
 メンバーのコメントが終わり、本当の最後を告げる陸斗の声に、不満そうなファンの声が上がり、音楽が流れはじめると、Tシャツとジーンズ姿の彼らはダンスはせずに歌い、途中でステージの端に移動して会場を一周するように用意してあるトロッコに乗り込んでファンを喜ばせた。
 トロッコはそれなりの高さがあり、二階席の一列目の子なら手が届きそうなほどだ。
 半周に一曲を使い、一周するためにもう一曲用意されていた。
 トロッコがステージに近づいていくと、もう終わってしまうのかという寂しさが胸をわずかに締め付けた。
 ステージに降りたメンバーは、じゃれ合いながら全員で手をつなぎ、ステージの端で頭を下げた。
 次に反対端まで行き同じように頭を下げ、最後に中央に戻ってきてまた頭を下げた。
 これで本当に終わりなのだと思って見ていると、ステージの二階部分に立った陽希が明るくファンに声をかけた。

「みんなー、注目!!」

 陽希が指さしたのは、中央の大型モニターだ。
 期待に胸を膨らませる彼女たちの目がモニターに向いた瞬間──。

「【SPIDER】の新しい魅力の詰まった新コンテンツ。生配信ライブ。個別SNS。決定!!」

 という文字が大きく表示され、パンッと何かが弾ける音と共に、上からは銀テープと蝙蝠の形をした銀色の紙が降ってくる。
 一気に会場を女性の甲高い声が満たした。

「楽しみにしててね!」

「続報を待て!」

 そんな声を最後に上から黒い幕が下りてくる。
 最後の最後まで手を振るメンバーに、会場は自分の推しの名前を呼ぶ声で溢れた。
 今度は、本当に終わりだと知っている利央は、部屋を出て帰ってくるであろう控室の近くでメンバーが戻ってくるのを待った。
 ステージに近い方向からは、ライブの成功と労いの言葉が聞こえてくる。
 ざわめきが引いていき、足音が近づいて来るのを、廊下の壁に寄りかかりながら待っていると、メンバーの興奮した声が聞こえてきた。

「利央さん! お疲れ様です!!」

「なに言ってんのよ。お疲れ様は、あんたたちでしょ。私は、モニターでライブを見ていただけなんだから。お疲れ様」

 そう言って片手を上げると、嬉しそうにハイタッチをして控室に入っていった。
 一番最後に来たのは、陸斗だ。
 ハイタッチだろうと待っていたのだが──。

「あー、最高のライブだったよ!! 利央さんのアイディアのおかげだね」

 ぎゅっと抱きしめられて、頬に軽く唇を当てられた。
 けれど、それに文句を言う前に腕を解いて、メンバーのいる控室へと入っていってしまった。
 さらっとしたスキンシップに、どう反応したらいいのか分からず固まる利央は、閉まった扉を見つめてしまった。
 いつもの陸斗だったら、もっと話そうとしたはずなのに。

「おつかれさん、利央」

「え、ええ、お疲れ」

 後ろからのんびりと声を掛けてきたのは真司だ。

「さっさと離れていった陸斗が気になるのか?」

「べ、別にそんなことは……」

「素直じゃねえな。まっ、しょうがねえよ。あいつはお前と話したかっただろうが、すぐにライブ後の初生配信があったからな」

 そう言われて部屋の中に耳をすますと、ファンに語りかえる声が聞こえてきた。
 最後に発表していた事を実行するのには、今日という日は最高のタイミングだろう。
 いつもとは違う様子に、僅かながらの寂しさを覚えたが今は大事な時期だ。公言したとおり、ファンを悲しませるようなことがないように努力すべき時。
 
「それじゃあ、帰るわ」

「待たないのか?」

「別に、いいわ。初の生配信でしょ? 一時間くらいはかかりそうだし」

「そうか……なら、地下駐車場にタクシーが呼んであるから、乗って行っていいぞ」

「んっ、ありがとう。それじゃあ、またね」

「ああ、今度飲みにでも行こう」

 いつもどおりの約束をして、地下駐車場でタクシーに乗った利央は、きらきらした世界から現実の世界へと戻る。
 車が地下駐車場から出ると、出待ちのために集まっている若い子たちがいたが、みんな生配信の映像をスマホで見ていて注意を引くことはなかった。
 道路を走る車内から見る景色はいつもと同じはずなのに、利央の目に今夜はほんの少しだけ街の明かりが特別に綺麗なモノのように映った。
  






 
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