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6.5 その心に触れたい(陸斗)
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休憩を告げる言葉に、メンバーと共に他愛もない会話をしながら部屋を後にした陸斗は、少しの時間を置いてから撮影していた部屋へと戻った。
夢中になると、平気で食事や睡眠、体調を気遣わなくなる利央が心配だったからだ。
普段の彼女も好きだが、仕事に夢中になる姿はよりキラキラと輝いていて魅力を増す。そんな姿も好きだからこそ、途中で止めることも出来ずにいた所で、社長である二階堂に止められる関係性に羨望が芽生える。
自分にも、そこまでの領域を許してほしい。
そんな想いを胸に部屋に入ろうとして、まだ遠い場所にいる利央の体が傾いだ。
──間に合わない!
走り寄ろうとした瞬間、彼女の体を支えたのは自分ではもちろんなかったし、二階堂でもない。
ほっとする反面、見ず知らずの男が利央に触れているという事実に、恋人でもないのに苛立ち以上の怒りが湧き上がる。
これが二階堂だったなら、別に何も思わなかっただろう。
「あ、ありがとう……っ!」
二階堂だろうと思って顔を上げたのか、その体が強張った時に相手が知らない相手ではないのだと陸斗は気がついた。
少しの反応でも違いが分かるほど、これまでずっと利央のことを見てきた。
「自己管理も出来ないなら、見守る目が必要じゃないですか?」
黒いパーカーのフードを被った男は、自分よりも背が高く歳も少し上かもしれない。
発せられた言葉には自分でも覚えのある温度と色があることに、嫌でも気がついた。
そのまま軽く持ち上げるように連れて、近くの椅子に座らされる様子にも、ストローをわざわざ差してからペットボトルを握らせる甲斐甲斐しい行動にも覚えがある。
陸斗が名も知らぬ男は、利央が好きなのだ。この五年間、一緒にいることの多かった陸斗が知らないとなれば、それ以前の時間を共にしていた男なのだろう。
元恋人ということだってあるはずだ。
嫌でも利央の恋人の話は、陸斗の耳にも入ってきていた。そんな情報が欲しくなくても、二階堂が電話をしているところに居合わせれば聞こえてきてしまうのだからたちが悪い。
そんなことを思い出しながら、声は聞こえるが利央には姿の見えない場所の壁に凭れて、湧き上がる焦りを飲み込んだ。
「まずわそれを飲んでください。ただし、一気に飲んだりしないでゆっくりですよ?」
世話を焼かれているであろう様子が聞こえてきて、喉が詰まったような感覚に襲われた。
あの役目は、あの隣は陸斗のものだった。
「ちょ、ちょっと、どんだけ持ってきてんのよ」
「利央さんが今は何が食べたいのか分からなかったんで、全種類一つずつ持ってきました。大丈夫ですよ。残った分は俺が食べますから」
気安い口調に自分との積み上げてきた時間の違いが感じられて胸の奥がちくりと痛み、これ以上聞いていられなくて壁から背を離した。
あまりにも帰りが遅いと、メンバーに何を言われるか分からないと、訳のわからない言い訳を心の中でしながらケータリングで軽食を取ってから控室として使っている部屋へと戻った。
案の定、遅いことにリーダーには小言を言われ、なんとか笑顔を取り繕って食事の輪に加わる。
話に相槌を打ちながらも、二人の様子が気になって仕方がない。
今までも、誰かと付き合っては別れたなんて話を聞きながら、陸斗はつねにショックと歓喜を繰り返してきた。
どんなに良くても、自分自身が利央にとっては、弟くらいにしか思われていないのには嫌でも気がつく。
けれど、長続きしない彼女の交際遍歴に安堵もしていた。
大人の交際なのだから、ただ一緒に出掛けて食事をして帰るなんてことだけではないのも、時には知らない石鹸の香りや香水の香りがすることから分かっている。
それでも、心に留まるほどの想いを抱いた相手はいないのだと思えば、誰か知らない男と肌を重ねているなんてことは、気にならないと言えば嘘になるが、服に付いたシミ程度のどうでもいいことだった。
先に行くと声をかけて、休憩時間が終わる前に陸斗は撮影現場に向かったのだが──。
「離しなさい。あなたには関係ないでしょ」
そんな声が聞こえてきてしまえば、流石に無視が出来なくなった。
中に入れば、男は利央の手首をがっちりと掴んでいるのが目に入り、感じたこともない怒りで目の前が真っ赤になるような気がした。
「本気で言ってます? さすがの俺でも、無視できないことはありますよ」
「なんでよ。関係ないんだから、苛立たれる意味がわかんないわよ」
「そうやって、利央さんはいつだって俺を突き放すんですね」
「訳わかんない。離しなさいったら……」
利央の必死な様子に、陸斗は男の手首を掴んだ。
「離してくれません? 利央さん、嫌がってるの分かんない?」
利央の息を飲む音が聞こえたが、どうにか怒鳴りたいのを堪えて男を見据えた。
「盗み聞きですか?」
男が胡散臭いほどの微笑みを顔に貼り付けていた。
「聞かれたくないような話は、こんな場所でするべきではないのでは? それと利央さん? そのカメラはテーブルに置いておこうか」
すっと目を細めた陸斗は、こんな時でもカメラを手にする様子に、この男がいなければ笑っていたところだ。
「でも……」
「でもじゃないよ。こんな時に撮った写真なんて、使いどころがないでしょ」
残念そうにカメラを下げて、ようやく緩んだ男の手から自分の手を引き抜いた。
一瞬、合った目の奥に、陸斗の知らない色を見た気がしたが、肩を叩かれてはっとした。
「さっ、撮影を再開する時間よ」
「……僕は、いつでもいいよ。あいつらに先を越されて悔しかったんだ」
なんとか色々な感情を抑え込んで、明るく口にしながら男に背を向けて、利央の背を追いかけた。
「あら、随分な自信ねー。楽しみだわ」
仕事に戻ろうとする利央が、スマートフォンを覗き込んですぐにポケットにしまう様子に後ろを伺えば、男はスマートフォンを片手に利央を見てから、その視線を陸斗に移した。
薄暗くて確かではないが、視線に乗った感情には陸斗も覚えがある。
見間違えかもしれないが──陸斗には嫉妬に近い感情に見えた。
夢中になると、平気で食事や睡眠、体調を気遣わなくなる利央が心配だったからだ。
普段の彼女も好きだが、仕事に夢中になる姿はよりキラキラと輝いていて魅力を増す。そんな姿も好きだからこそ、途中で止めることも出来ずにいた所で、社長である二階堂に止められる関係性に羨望が芽生える。
自分にも、そこまでの領域を許してほしい。
そんな想いを胸に部屋に入ろうとして、まだ遠い場所にいる利央の体が傾いだ。
──間に合わない!
走り寄ろうとした瞬間、彼女の体を支えたのは自分ではもちろんなかったし、二階堂でもない。
ほっとする反面、見ず知らずの男が利央に触れているという事実に、恋人でもないのに苛立ち以上の怒りが湧き上がる。
これが二階堂だったなら、別に何も思わなかっただろう。
「あ、ありがとう……っ!」
二階堂だろうと思って顔を上げたのか、その体が強張った時に相手が知らない相手ではないのだと陸斗は気がついた。
少しの反応でも違いが分かるほど、これまでずっと利央のことを見てきた。
「自己管理も出来ないなら、見守る目が必要じゃないですか?」
黒いパーカーのフードを被った男は、自分よりも背が高く歳も少し上かもしれない。
発せられた言葉には自分でも覚えのある温度と色があることに、嫌でも気がついた。
そのまま軽く持ち上げるように連れて、近くの椅子に座らされる様子にも、ストローをわざわざ差してからペットボトルを握らせる甲斐甲斐しい行動にも覚えがある。
陸斗が名も知らぬ男は、利央が好きなのだ。この五年間、一緒にいることの多かった陸斗が知らないとなれば、それ以前の時間を共にしていた男なのだろう。
元恋人ということだってあるはずだ。
嫌でも利央の恋人の話は、陸斗の耳にも入ってきていた。そんな情報が欲しくなくても、二階堂が電話をしているところに居合わせれば聞こえてきてしまうのだからたちが悪い。
そんなことを思い出しながら、声は聞こえるが利央には姿の見えない場所の壁に凭れて、湧き上がる焦りを飲み込んだ。
「まずわそれを飲んでください。ただし、一気に飲んだりしないでゆっくりですよ?」
世話を焼かれているであろう様子が聞こえてきて、喉が詰まったような感覚に襲われた。
あの役目は、あの隣は陸斗のものだった。
「ちょ、ちょっと、どんだけ持ってきてんのよ」
「利央さんが今は何が食べたいのか分からなかったんで、全種類一つずつ持ってきました。大丈夫ですよ。残った分は俺が食べますから」
気安い口調に自分との積み上げてきた時間の違いが感じられて胸の奥がちくりと痛み、これ以上聞いていられなくて壁から背を離した。
あまりにも帰りが遅いと、メンバーに何を言われるか分からないと、訳のわからない言い訳を心の中でしながらケータリングで軽食を取ってから控室として使っている部屋へと戻った。
案の定、遅いことにリーダーには小言を言われ、なんとか笑顔を取り繕って食事の輪に加わる。
話に相槌を打ちながらも、二人の様子が気になって仕方がない。
今までも、誰かと付き合っては別れたなんて話を聞きながら、陸斗はつねにショックと歓喜を繰り返してきた。
どんなに良くても、自分自身が利央にとっては、弟くらいにしか思われていないのには嫌でも気がつく。
けれど、長続きしない彼女の交際遍歴に安堵もしていた。
大人の交際なのだから、ただ一緒に出掛けて食事をして帰るなんてことだけではないのも、時には知らない石鹸の香りや香水の香りがすることから分かっている。
それでも、心に留まるほどの想いを抱いた相手はいないのだと思えば、誰か知らない男と肌を重ねているなんてことは、気にならないと言えば嘘になるが、服に付いたシミ程度のどうでもいいことだった。
先に行くと声をかけて、休憩時間が終わる前に陸斗は撮影現場に向かったのだが──。
「離しなさい。あなたには関係ないでしょ」
そんな声が聞こえてきてしまえば、流石に無視が出来なくなった。
中に入れば、男は利央の手首をがっちりと掴んでいるのが目に入り、感じたこともない怒りで目の前が真っ赤になるような気がした。
「本気で言ってます? さすがの俺でも、無視できないことはありますよ」
「なんでよ。関係ないんだから、苛立たれる意味がわかんないわよ」
「そうやって、利央さんはいつだって俺を突き放すんですね」
「訳わかんない。離しなさいったら……」
利央の必死な様子に、陸斗は男の手首を掴んだ。
「離してくれません? 利央さん、嫌がってるの分かんない?」
利央の息を飲む音が聞こえたが、どうにか怒鳴りたいのを堪えて男を見据えた。
「盗み聞きですか?」
男が胡散臭いほどの微笑みを顔に貼り付けていた。
「聞かれたくないような話は、こんな場所でするべきではないのでは? それと利央さん? そのカメラはテーブルに置いておこうか」
すっと目を細めた陸斗は、こんな時でもカメラを手にする様子に、この男がいなければ笑っていたところだ。
「でも……」
「でもじゃないよ。こんな時に撮った写真なんて、使いどころがないでしょ」
残念そうにカメラを下げて、ようやく緩んだ男の手から自分の手を引き抜いた。
一瞬、合った目の奥に、陸斗の知らない色を見た気がしたが、肩を叩かれてはっとした。
「さっ、撮影を再開する時間よ」
「……僕は、いつでもいいよ。あいつらに先を越されて悔しかったんだ」
なんとか色々な感情を抑え込んで、明るく口にしながら男に背を向けて、利央の背を追いかけた。
「あら、随分な自信ねー。楽しみだわ」
仕事に戻ろうとする利央が、スマートフォンを覗き込んですぐにポケットにしまう様子に後ろを伺えば、男はスマートフォンを片手に利央を見てから、その視線を陸斗に移した。
薄暗くて確かではないが、視線に乗った感情には陸斗も覚えがある。
見間違えかもしれないが──陸斗には嫉妬に近い感情に見えた。
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