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シャッターを切るたびに変わる表情。
同じ瞬間や表情は存在せず、自分だけが引き出せた魅力を切り取っていく。
最初は高校時代に入った写真部で風景を撮るのが好きだった。
次第に人物も入れての写真に魅力を感じはじめて、専門学校に入って社会科見学的な行事で行った雑誌の撮影現場を見て、将来の方向性が決まった。
「利央さーん」
名前を呼ばれてはっとすると、撮影の順番を決めていた【SPIDER】のメンバーが手招きしていた。
何事かと思って近づくと、神妙な顔をしている。
【SPIDER】は、リーダーの律夜、モデルもこなすスラリとした高身長の一輝、ラップ担当で色気のある陸斗、メインボーカルの騎央、ムードメーカーなワンコ系の陽希、ラップ担当で強さのある雪虎、筋肉美が特徴で優しい優日からなる七人組のボーイズグループだ、
ここまで個性と顔の揃った人間が揃っていると、なかなかに迫力がある。
「なに? どうしたの?」
「最初はじゃんけんで決めようと思ったんだけど、利央さんが考えてる順番があるのかなって思ってさ」
「え? その衣装で撮るのはこの洋館だけだから誰でもいいよ。コンセプトのイメージが掴めてるって、自信のある人からどうぞ?」
事前にこんなコンセプトだと伝えてあるから、あとはこの場の雰囲気をどれだけ掴めるかどうかは、本人次第だ。
利央はそれだけ言うとカメラの方へと戻った。
「じゃあ、俺からお願いします」
最初にセットの中に入ってきたのは、グループの中で一番モデルの経験が長く、撮られ慣れている一輝だ。
真っ白な床に、黒い羽が散らばる部屋の中央にえんじ色のシーツのかけられたベッドが置いてある。
「それじゃあ、自由に動いてみて」
カメラを構えてそう言えば、白い衣装とは対象的な黒い羽の中に寝転んだ。それに合わせて利央も床に腹ばいになって肘をついてシャッターを切る。
冷たい視線や悲しそうな目、誰かの名前を呟いているような唇。
露出が激しい衣装でもないのに醸し出されるセクシーさに、ずいぶん成長したもんだと関心しかない。
「次、そっちのベッドに寄りかかってくれる」
言われるまま、ベッドに寄りかかり片方の肘を引っ掛けた。
数回シャッターを切って、手元のカメラでチェックしてみると、なかなかいいものが撮れていた。
「オッケー、次!」
そう声をかければ、常に短髪でしなやかな筋肉を持つ律夜がベッドの上にしどけなく横たわった。
シャッターを切るたび、周りの熱気も増していく。
気分を上げるために各メンバーが設定した音楽が流れる洋館の中は、次第に時間の流れが分からなくなるほどだ。
パンッ!!
強い音にはっとしてカメラを覗くのをやめると、肩に手が置かれた。
「そこまでにしておけ。そろそろ休憩を挟んだほうがいい」
そう真司に言われて、はじめて時計がとっくに昼を過ぎていることに気がついた。
いろいろな事を理解したのと同時に、こめかみから顎に向かって一筋の汗が流れていくのが分かる。
おまけに、空腹感と喉の乾きまで目を覚まし始めた。
「ごめん……すっかり夢中になってた。休憩にしましょう。再開は一時間後でお願い」
全員に聞こえるように言えば、あちらこちらから声が上がって、それぞれが動き始めた。
これは利央の悪い癖だ。
魅力的なものを撮っている時にはこういう事がしょっちゅうで、アシスタントにも目を配れなくなる。
自分は食事を抜いたりするのも平気ではあるが、周りのことを気にかけるのも必要なことなのだ。
カメラを肩にかけて、自分もケータリングの食事でもしようかと一歩を踏み出した瞬間、視界が僅かに歪んだ。
その不快さに体が揺らめいたが、倒れる前に腰に回った腕にがっしりと支えられた。
「あ、ありがとう……っ!」
真司だろうと思って顔を上げて、ぎくりと体が強張った。
「自己管理も出来ないなら、見守る目が必要じゃないですか?」
黒いパーカーのフードを被って、心配よりも軽い苛立ちを込めた目を細めた颯の姿に、喉の奥が震えた。
そのまま軽く持ち上げるように歩かされて、近くの椅子に座らされると、手にはストローの差された水のペットボトルが握らされる。
「まずわそれを飲んでください。ただし、一気に飲んだりしないでゆっくりですよ?」
言われるがままストローを咥えて飲み始めると、爽やかなレモン水が渇ききった喉を心地よく潤してくれる。
少しずつ飲んでいると水分が体全体に染み渡っていく気がした。
ほっと息を吐けば、颯は壁際にあったテーブルを持ってきて、その上に次々と料理を乗せていく。
「ちょ、ちょっと、どんだけ持ってきてんのよ」
「利央さんが今は何が食べたいのか分からなかったんで、全種類一つずつ持ってきました。大丈夫ですよ。残った分は俺が食べますから」
好きなものをどうぞと言われて、利央は途方に暮れそうだった。
テーブルには、サラダから肉系の弁当まで様々なものが並んでいる。
今の空腹状態のときには、しっかり食べたい派の利央だったが、肉系は颯が食べたいかもしれないと逡巡して具だくさんなサラダに手を伸ばしたのだが──。
「俺は、好きなものを選んで欲しいって言いましたよね? どうして、素直にその言葉を受け取れないんですか?」
伸ばした手には、肉系の弁当が手渡された。
「別に……サラダだって食べたかったし」
「昔から、素直じゃないところは本当に変わりませんね」
呆れたようにため息を吐いているが、その顔は仕方がないなという優しさに溢れていて、心の中がぐちゃぐちゃになってどうしたらいいのか分からなくなる。
利央の人生の中に、颯との再会は入っていなかった。
あの逃げ出した日に、二度と会うことはないと思っていたからだ。
自分の居場所さえ親に知られなければ、世界から見たら小さくとも、狭くはない日本で再会などそうそう出来るものではないと思っていたのに。
納得のいかない気持ちのまま、牛肉の盛り合わせ弁当を開いた。
「「いただきます」」
二人揃って同じタイミングで口にしたことに、利央は気づかないふりをしながら箸を進める。
目の前に当たり前のように座って、颯はサンドイッチとサラダを食べているが、どう考えても体格と年齢的に育ち盛りとは言えないまでも、肉が足りない気がして使っていない割り箸を新しく取り出して、立派な牛肉を四種類一切れずつせっせとサラダの上に置いた。
「利央さん?」
「肉は食べたかったけど、多すぎるから食べて」
不思議そうな顔をしたが、利央がそう言えば颯は安心したような、嬉しいような感じで笑った。
大人びたと思っていたが、その顔は七年前の颯と変わってなくて胸の奥がぎゅっとなって困る。
全てに蓋をするように、食事に集中していると、顔の辺りに視線を感じて眉をしかめた。
休憩時間は一時間しかないのだ。今回の歌詞を作ったソングライターとはいえ、親密そうに二人で食事をしているところを見られたら、いろいろと詮索されて面倒な目に合うのは目に見えている。
「なに? 休憩時間は無限にある訳じゃないし、こうしてあなたと食事をしてるところを見られるのも困るんだけど? 言いたいことがあるなら、さっさと済ませなさいよ」
「見られて困るのは……陸斗ですか?」
「はい? なんで陸斗? 困るのは全員よ」
「ふーん、自覚はなしか」
「なによ自覚って。まあ、一番面倒くさいのは、真司だけど」
「相変わらずの付き合いですか?」
「そうね。おまけに、陸斗の件ではお世話になったし、なかなか無視できない相手ではあるわね」
食べ終わった弁当のパックを片し、席を立つとぎゅっと手首を握られた。
「なに?」
「それはこっちのセリフですよ。陸斗の件で世話になったってどういうことですか?」
まずいと利央は思った。
その話はなかなかにデリケートな話で、こんな誰が聞いているか分からないような場所で話せる内容ではない。
「離しなさい。あんたには関係ないでしょ」
「本気で言ってます? さすがの俺でも、無視できないことはありますよ」
「なんでよ。関係ないんだから、苛立たれる意味がわかんないわよ」
「そうやって、利央さんはいつだって俺を突き放すんですね」
「訳わかんない。離しなさいったら……」
力いっぱい腕を引き寄せていると、横から別の腕が伸びてきて颯の手首を掴んだ。
「離してくれません? 利央さん、嫌がってるの分かんない?」
聞いたこともないほど、低く何かを堪えているような声に利央は目を瞠った。
間に割って入ったのは、問題の陸斗本人だった。
「盗み聞きですか?」
いつものように落ち着いた様子の颯に見えるが、口元にはうっすら微笑が浮かんでいる。
子供の頃から知っている利央には、より苛立っている時の仕草だと分かるのだ。
昔から、不愉快や怒りを表情に出すタイプではなかったが、代わりに気分を害すれば害するほど、上っ面の微笑みが冷え冷えとしてくる。
それが、昔から利央は怖くてしょうがなかった。
分かりやすいといえば分かりやすいのだが、その場にその表情の意味を理解せずに、より火に油を注ぐ相手がいる時には、利央の精神がひたすら消耗していく。
「聞かれたくないような話は、こんな場所でするべきではないのでは? それと利央さん? そのカメラはテーブルに置いておこうか」
すっと目を細めた陸斗は、そんな表情ですら美しくて、思わず近くに置いてあるカメラを手にすれば彼の視線は利央に移った。
「でも……」
「でもじゃないよ。こんな時に撮った写真なんて、使いどころがないでしょ」
残念に思いながらカメラを下げて、緩んだ颯の手から自分の手を引き抜いた。
自分一人では、その手を引き剥がすことも出来なかったという事実を、驚きと共に胸の中に隠しつつ陸斗の肩を叩く。
「さっ、撮影を再開する時間よ」
「……僕は、いつでもいいよ。あいつらに先を越されて悔しかったんだ」
「あら、随分な自信ねー。楽しみだわ」
カメラを手に、セットのところまで歩き始めれば、陸斗は渋々といって感じで利央の後をついてきながらぼやいた。
その口調には、何かを飲み込んだような響きがあるが、蒸し返そうとはしなかった。
賢い選択に場をわきまえた成長に感心していると、ポケットの中のスマートフォンが震えた。
スッタフからの連絡かと思って見た画面には、颯からのメッセージが残されていた。
全ての連絡をスマートフォン一つに頼っていることに、これほどまでに後悔したのは初めてかもしれない。
『追求を諦めた訳ではありませんから。今度、二人きりで話しがしたいです。連絡まってます』
見なかったことにするには、背中に突き刺さる視線の痛さは無視できるレベルではなかった。
同じ瞬間や表情は存在せず、自分だけが引き出せた魅力を切り取っていく。
最初は高校時代に入った写真部で風景を撮るのが好きだった。
次第に人物も入れての写真に魅力を感じはじめて、専門学校に入って社会科見学的な行事で行った雑誌の撮影現場を見て、将来の方向性が決まった。
「利央さーん」
名前を呼ばれてはっとすると、撮影の順番を決めていた【SPIDER】のメンバーが手招きしていた。
何事かと思って近づくと、神妙な顔をしている。
【SPIDER】は、リーダーの律夜、モデルもこなすスラリとした高身長の一輝、ラップ担当で色気のある陸斗、メインボーカルの騎央、ムードメーカーなワンコ系の陽希、ラップ担当で強さのある雪虎、筋肉美が特徴で優しい優日からなる七人組のボーイズグループだ、
ここまで個性と顔の揃った人間が揃っていると、なかなかに迫力がある。
「なに? どうしたの?」
「最初はじゃんけんで決めようと思ったんだけど、利央さんが考えてる順番があるのかなって思ってさ」
「え? その衣装で撮るのはこの洋館だけだから誰でもいいよ。コンセプトのイメージが掴めてるって、自信のある人からどうぞ?」
事前にこんなコンセプトだと伝えてあるから、あとはこの場の雰囲気をどれだけ掴めるかどうかは、本人次第だ。
利央はそれだけ言うとカメラの方へと戻った。
「じゃあ、俺からお願いします」
最初にセットの中に入ってきたのは、グループの中で一番モデルの経験が長く、撮られ慣れている一輝だ。
真っ白な床に、黒い羽が散らばる部屋の中央にえんじ色のシーツのかけられたベッドが置いてある。
「それじゃあ、自由に動いてみて」
カメラを構えてそう言えば、白い衣装とは対象的な黒い羽の中に寝転んだ。それに合わせて利央も床に腹ばいになって肘をついてシャッターを切る。
冷たい視線や悲しそうな目、誰かの名前を呟いているような唇。
露出が激しい衣装でもないのに醸し出されるセクシーさに、ずいぶん成長したもんだと関心しかない。
「次、そっちのベッドに寄りかかってくれる」
言われるまま、ベッドに寄りかかり片方の肘を引っ掛けた。
数回シャッターを切って、手元のカメラでチェックしてみると、なかなかいいものが撮れていた。
「オッケー、次!」
そう声をかければ、常に短髪でしなやかな筋肉を持つ律夜がベッドの上にしどけなく横たわった。
シャッターを切るたび、周りの熱気も増していく。
気分を上げるために各メンバーが設定した音楽が流れる洋館の中は、次第に時間の流れが分からなくなるほどだ。
パンッ!!
強い音にはっとしてカメラを覗くのをやめると、肩に手が置かれた。
「そこまでにしておけ。そろそろ休憩を挟んだほうがいい」
そう真司に言われて、はじめて時計がとっくに昼を過ぎていることに気がついた。
いろいろな事を理解したのと同時に、こめかみから顎に向かって一筋の汗が流れていくのが分かる。
おまけに、空腹感と喉の乾きまで目を覚まし始めた。
「ごめん……すっかり夢中になってた。休憩にしましょう。再開は一時間後でお願い」
全員に聞こえるように言えば、あちらこちらから声が上がって、それぞれが動き始めた。
これは利央の悪い癖だ。
魅力的なものを撮っている時にはこういう事がしょっちゅうで、アシスタントにも目を配れなくなる。
自分は食事を抜いたりするのも平気ではあるが、周りのことを気にかけるのも必要なことなのだ。
カメラを肩にかけて、自分もケータリングの食事でもしようかと一歩を踏み出した瞬間、視界が僅かに歪んだ。
その不快さに体が揺らめいたが、倒れる前に腰に回った腕にがっしりと支えられた。
「あ、ありがとう……っ!」
真司だろうと思って顔を上げて、ぎくりと体が強張った。
「自己管理も出来ないなら、見守る目が必要じゃないですか?」
黒いパーカーのフードを被って、心配よりも軽い苛立ちを込めた目を細めた颯の姿に、喉の奥が震えた。
そのまま軽く持ち上げるように歩かされて、近くの椅子に座らされると、手にはストローの差された水のペットボトルが握らされる。
「まずわそれを飲んでください。ただし、一気に飲んだりしないでゆっくりですよ?」
言われるがままストローを咥えて飲み始めると、爽やかなレモン水が渇ききった喉を心地よく潤してくれる。
少しずつ飲んでいると水分が体全体に染み渡っていく気がした。
ほっと息を吐けば、颯は壁際にあったテーブルを持ってきて、その上に次々と料理を乗せていく。
「ちょ、ちょっと、どんだけ持ってきてんのよ」
「利央さんが今は何が食べたいのか分からなかったんで、全種類一つずつ持ってきました。大丈夫ですよ。残った分は俺が食べますから」
好きなものをどうぞと言われて、利央は途方に暮れそうだった。
テーブルには、サラダから肉系の弁当まで様々なものが並んでいる。
今の空腹状態のときには、しっかり食べたい派の利央だったが、肉系は颯が食べたいかもしれないと逡巡して具だくさんなサラダに手を伸ばしたのだが──。
「俺は、好きなものを選んで欲しいって言いましたよね? どうして、素直にその言葉を受け取れないんですか?」
伸ばした手には、肉系の弁当が手渡された。
「別に……サラダだって食べたかったし」
「昔から、素直じゃないところは本当に変わりませんね」
呆れたようにため息を吐いているが、その顔は仕方がないなという優しさに溢れていて、心の中がぐちゃぐちゃになってどうしたらいいのか分からなくなる。
利央の人生の中に、颯との再会は入っていなかった。
あの逃げ出した日に、二度と会うことはないと思っていたからだ。
自分の居場所さえ親に知られなければ、世界から見たら小さくとも、狭くはない日本で再会などそうそう出来るものではないと思っていたのに。
納得のいかない気持ちのまま、牛肉の盛り合わせ弁当を開いた。
「「いただきます」」
二人揃って同じタイミングで口にしたことに、利央は気づかないふりをしながら箸を進める。
目の前に当たり前のように座って、颯はサンドイッチとサラダを食べているが、どう考えても体格と年齢的に育ち盛りとは言えないまでも、肉が足りない気がして使っていない割り箸を新しく取り出して、立派な牛肉を四種類一切れずつせっせとサラダの上に置いた。
「利央さん?」
「肉は食べたかったけど、多すぎるから食べて」
不思議そうな顔をしたが、利央がそう言えば颯は安心したような、嬉しいような感じで笑った。
大人びたと思っていたが、その顔は七年前の颯と変わってなくて胸の奥がぎゅっとなって困る。
全てに蓋をするように、食事に集中していると、顔の辺りに視線を感じて眉をしかめた。
休憩時間は一時間しかないのだ。今回の歌詞を作ったソングライターとはいえ、親密そうに二人で食事をしているところを見られたら、いろいろと詮索されて面倒な目に合うのは目に見えている。
「なに? 休憩時間は無限にある訳じゃないし、こうしてあなたと食事をしてるところを見られるのも困るんだけど? 言いたいことがあるなら、さっさと済ませなさいよ」
「見られて困るのは……陸斗ですか?」
「はい? なんで陸斗? 困るのは全員よ」
「ふーん、自覚はなしか」
「なによ自覚って。まあ、一番面倒くさいのは、真司だけど」
「相変わらずの付き合いですか?」
「そうね。おまけに、陸斗の件ではお世話になったし、なかなか無視できない相手ではあるわね」
食べ終わった弁当のパックを片し、席を立つとぎゅっと手首を握られた。
「なに?」
「それはこっちのセリフですよ。陸斗の件で世話になったってどういうことですか?」
まずいと利央は思った。
その話はなかなかにデリケートな話で、こんな誰が聞いているか分からないような場所で話せる内容ではない。
「離しなさい。あんたには関係ないでしょ」
「本気で言ってます? さすがの俺でも、無視できないことはありますよ」
「なんでよ。関係ないんだから、苛立たれる意味がわかんないわよ」
「そうやって、利央さんはいつだって俺を突き放すんですね」
「訳わかんない。離しなさいったら……」
力いっぱい腕を引き寄せていると、横から別の腕が伸びてきて颯の手首を掴んだ。
「離してくれません? 利央さん、嫌がってるの分かんない?」
聞いたこともないほど、低く何かを堪えているような声に利央は目を瞠った。
間に割って入ったのは、問題の陸斗本人だった。
「盗み聞きですか?」
いつものように落ち着いた様子の颯に見えるが、口元にはうっすら微笑が浮かんでいる。
子供の頃から知っている利央には、より苛立っている時の仕草だと分かるのだ。
昔から、不愉快や怒りを表情に出すタイプではなかったが、代わりに気分を害すれば害するほど、上っ面の微笑みが冷え冷えとしてくる。
それが、昔から利央は怖くてしょうがなかった。
分かりやすいといえば分かりやすいのだが、その場にその表情の意味を理解せずに、より火に油を注ぐ相手がいる時には、利央の精神がひたすら消耗していく。
「聞かれたくないような話は、こんな場所でするべきではないのでは? それと利央さん? そのカメラはテーブルに置いておこうか」
すっと目を細めた陸斗は、そんな表情ですら美しくて、思わず近くに置いてあるカメラを手にすれば彼の視線は利央に移った。
「でも……」
「でもじゃないよ。こんな時に撮った写真なんて、使いどころがないでしょ」
残念に思いながらカメラを下げて、緩んだ颯の手から自分の手を引き抜いた。
自分一人では、その手を引き剥がすことも出来なかったという事実を、驚きと共に胸の中に隠しつつ陸斗の肩を叩く。
「さっ、撮影を再開する時間よ」
「……僕は、いつでもいいよ。あいつらに先を越されて悔しかったんだ」
「あら、随分な自信ねー。楽しみだわ」
カメラを手に、セットのところまで歩き始めれば、陸斗は渋々といって感じで利央の後をついてきながらぼやいた。
その口調には、何かを飲み込んだような響きがあるが、蒸し返そうとはしなかった。
賢い選択に場をわきまえた成長に感心していると、ポケットの中のスマートフォンが震えた。
スッタフからの連絡かと思って見た画面には、颯からのメッセージが残されていた。
全ての連絡をスマートフォン一つに頼っていることに、これほどまでに後悔したのは初めてかもしれない。
『追求を諦めた訳ではありませんから。今度、二人きりで話しがしたいです。連絡まってます』
見なかったことにするには、背中に突き刺さる視線の痛さは無視できるレベルではなかった。
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