俺の雄っぱいに愛と忠誠を誓え！

筋肉に裏切られた男

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　筋肉は裏切らない。



　近年、筋肉自慢の芸能人や動画配信者が筋トレの動画などでそう発言するようになって、以前に比べてマッチョやガチムチたちが広く市民権を得られるようになった令和の時代。

　それでも花江姫龍はなえきりゅう、二十八歳だけは違っていた。


　身長百八十センチに、体重九十キロ。

　生まれつき浅黒い肌の、低い鼻と三白眼。

　
　フライドチキンよりも肉付きのよいもりっとした二の腕と、タンクトップの上からでもほどよくムチっと盛り上がっているのが分かる雄っぱい。正座するのが難しいほど逞しすぎる大腿と、如何にも鍛えてますと言わんばかりの膝下からアキレス腱までの下肢の流れ。


　好きな食べ物は、鶏ササミとプロテインバー。

　好きな飲み物は、無添加のホエイプロテイン（通販のみでしか購入できないやつ）。


　幼い頃、あんたは器量良しじゃないから筋肉を鍛えなさい。
　両親にそう刷り込まれて育った純粋無垢な姫龍きりゅう少年は、素直に両親の言葉通り筋トレに励んだ結果、元々筋肉がつきやすい体質も相俟ってか、昔話などに出てくる鬼のような――いわゆる、人類扱いされないほどの横も縦もガチムチ体型の大男に育ってしまった。
　


「本当の筋肉とは、付け焼き刃で鍛えだけのものじゃない。俺の二の腕や、胸筋のように、長年鍛え続けて仕上がってきたものを呼ぶんだ！」
　正確に胸囲を測定してはいないが、おそらくそのへんの巨乳女子よりもだいぶ豊満だろう雄っぱいを、白いタンクトップの上からゆさゆさと揺らし、姫龍はスマホで配信中のカメラに向かって力説する。

　
　筋肉のこととなると承認欲求が強すぎてしまう姫龍は、数年前から自身の筋肉美(自分ではそう思っている)を披露するSNSをスタートさせていた。


　そこで筋肉が怪物や、昔話に出てくる鬼のようで気持ち悪いとアンチコメンが湧くようになっていた。

　フォロワーもほとんどいないのに、世間は辛辣だ。

引っ込み思案ではあるが、筋肉のこととなると様子がおかしくなる姫龍は、自虐からアカウント名を「鬼」に変え、ホンモノの良質な筋肉をもっと見てもらいたくて、不定期だがアンチを敢えて煽るように動画配信を始めていた。

　弾力と硬さ、それでいてしなやかな姫龍の筋肉。
　
　筋肉を作るための食事や、筋力トレーニングで仕上がった理想の筋肉は、一朝一夕で仕上がる賜物ではない。

　金や時間、いやそれまでの人生すべてをかけた姫龍の財産である。
　
　けれど残念ながら地味すぎる顔立ちと、筋肉以外のことでは引っ込み思案すぎる性格のため、私生活では存在自体が人ならざるものみたいで気持ち悪すぎるとドン引かれてしまっていた。


　筋肉の敗北を感じた瞬間だった。

　筋肉が姫龍を裏切った瞬間だった。

　
　当然、全財産である筋肉に姫龍は裏切られてしまったのだから、私生活では彼女どころか、友達すらできたことはない。
　
　友達も恋人も、二十八歳にしていまだ童貞のままだ。


　悲しいかな。
　昔、好きだった女の子に、姫龍の腰のイチモツを突っ込まれたら、大事故になりそうだから恋愛なんてムリと気持ちの昂り云々以前の問題を言及されたこともあった。


　たしかに、姫龍の下半身にぶら下がる男の象徴は一筋縄ではいかない大きさかもしれない。

　思えばトイレで雉を撃つときに、隣から覗きこまれ、何度も悲鳴を上げられ仰天されたこともあった。

　そういうわけで彼女はおろか、この化け物のような体型と腰にぶら下がる凶器、それから人当たりの悪すぎる見た目のおかげで、いつからか恋への憧れは泡沫の夢となったのだ。




　筋肉は裏切らない。


　そうは言うが姫龍は筋肉のせいで、恋はもちろん、家族以外の人物との触れ合いすらとも、この年まで無縁の淋しい人生を送っていたのだ。