便利屋のバイトへ行ったはずなのに、花嫁になってしまいました。

２

(6) 対応に気をつける相手は……

　どうしたものかと櫻田と颯斗が困惑していると、とうとう龍ヶ崎が面倒くさそうに口を開いた。

「警察呼ぶそうだ。終わりだな」
　情けなどなにひとつない龍ヶ崎の一言に、女はふらりと立ち上がる。

   帰るのだろうか。

　颯斗は小さく安堵すると、女はドアとは真逆の片付け途中だったいちばん手前のテーブルへ駆けていくと、水がなみなみと入っていたカラフェと食べ残しのスパゲティの乗った皿を手にして戻ってきた。


「なにするつもりですか！」
　思わず颯斗は声を荒げていた。

　瞬間、まるで女は颯斗の声を合図にしたかのように龍ヶ崎の前へ飛び出していく。
　カラフェと皿を持つ手元の不安定さに嫌な予感を覚える。


「高遠くん！」
　紫澤の声が聴こえた数秒後、颯斗は迷うことなく女と龍ヶ崎の間に飛び込んでいた。


　ぱしゃっという音とともに、颯斗の頬へぬるっとした不快なものが付着する。時間差で、ひんやりとした冷たいものが顔に焚きつけられたように降ってきた。

「……きゃ、きゃあ！」
　遠くにパトカーの音が聴こえ、女は錯乱状態のまま脱兎の如く店を出ていってしまう。
　時間差で、陶器やガラスが粉々に散らばる繊細で綺麗な破裂音が颯斗の耳へ届いた。


「高遠！」

「高遠くん！」

　櫻田や紫澤が颯斗へ駆けよってくる。

　必死の形相だ、と他人事のように思った。

　それからすぐに、スラックスの脛のあたりや顔などに鋭い痛みを覚えた。

　なにが起きたのだろうか。

　自分の身の上に起きたことを瞬時に理解できなかった颯斗は、なすがままにバッグヤードへ連れて行かれた認識だけが残った。