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第一章
1,magic circle
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月のごとき銀髪、紺碧の瞳。
冷淡に感じてしまうほどの整った顔立ち、
人々が畏怖を抱くほどの力。
魔物を使役で使う彼は近寄りがたい雰囲気がある。
いつしか、人が離れる前に彼は、人と関わる事を止めた。
親の愛さえ知らずに育った彼は一人に馴れすぎていた為、
元々、人と関わることが苦手であった。
孤独が心地よい。と思うのはただの強がりなのか。
人と関わらなくなれば人は歪んでしまう。
人間としての感情を忘れてしまう。
彼は、もう少しで闇に染まりゆく所だった。
あまりに気紛れな彼の、戯れ。
あの時彼が、召喚をしなければ。
何も変ることはなかっただろう。
不変なものはつまらない。
彼がそう思うことがなかったなら。
閉ざされた空間で一人、銀髪の青年は十字を切っている。
別段神など信仰していないし寧ろ馬鹿にしている類だが、
儀式を始めるにあたって重要なことだ。
集中力を極限まで高めると額に汗が浮かんでくる。
使役として使う魔物以外は呼び出したことがない彼は、
果たして人間を召喚できるか自分に賭けていた。
生け贄など用いず、己の精神力だけを頼りに、
意識を集中させ呪文を唱える。
ぶつぶつ唸るように念じながら、持っている剣で宙を切る。
シュウウという音と共に湿った床に円が浮かび上がってきた。
高位の魔術を会得した者にしか
解読できない文字と複雑な文様。
うっすらと青く光る魔方陣は、蜀台に置かれた
キャンドルによって、青と赤が交わり
神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「…………っ」
魔方陣を描くのに力を使った彼は、どっと押し寄せた疲れで、
持っていた剣の柄を支えに、後ろの壁に凭もたれかかった。
まだ終わりではない。
これからが最も重要なのだ。
彼は息を一つ吐くと、立ち上がり再び魔法陣の前に立つ。
瞳を閉じて、召喚の為の呪文を唱え始める。
呪文を唱え始めると、魔方陣が輝きを増し、部屋中に光が満ちていく。
蜀台のキャンドルが揺れる。
窓一つない密室で、風が起きるとすれば、一人の魔術師の力によるもの。
彼は杖を使わず剣で魔法を使う。
剣を媒介にして魔術を使う稀有なる者だ。
魔術師というよりも魔法剣士に近い存在である。
類稀なる力と才を持って生まれてきた彼は、人々から畏怖とも
尊敬ともつかぬ眼差しを向けられている。
齢(よわい)22にして、地位も何もかも手に入れてしまい、
心だけぽっかり隙間が開いてしまった。
満ち足りているけれど、何かが足りない。
若さゆえの貪欲かもしれないが、彼は何かを求めてやまなかった。
(もっと自分を突き動かす物に出会えるはずだ。
まだ俺は何一つ手に入れてはいない。
見せかけだけの、地位も名誉もいらない。
取り繕った態度で、敬意を払われるのも気に喰わない)
止まない渇望を黙らせる物を求めて足掻いてきた。
それが今ようやく手に入るのだ。
確信し、彼は口角を吊り上げた。
円陣の真ん中に剣を振り翳す。
己の願いを叶えるために。
凄まじい光が室内を包み込む。
空間を覆う鮮烈な光に目が眩み一瞬彼は腕で目を覆い隠した。
無造作に放した剣が高い音を立てて転がってゆく。
目を庇っていた腕を外しちらと魔方陣を見つめれば、
一人の少女が魔方陣の真ん中に立っていた。
彼の銀髪と対を成すかのような、金の髪の艶やかな乙女だ。
彼女は、今の状況がつかめてないのか、
しきりに視線を泳がせている。
何度も瞬きをして、目の前にいる青年を見つめた。
フード付きの黒い長衣、銀髪、夜の空のような紺碧の瞳。
(怖いくらいに綺麗)
少女は目を奪われた青年から、手を差し伸べられた。
浮かべられた微笑みにうっとりと見とれてしまいそうになる。
(優しい人なのかしら? )
囚われるように、少女は青年の腕を取る。
満足気な様子の青年は少女の手の甲に口づけた。
呆けてしまっているのか少女は、
青年の行動を見つめているだけで動かない。
「今からお前は俺の物だ」
傲慢な台詞も青年にはとても似合っていた。
ルシアと名乗った少女は、
自分の置かれている状況を把握すると、悲嘆に暮れた。
(わたしは、何故、呼ばれたの? )
ルシアが視線で問いかけていることに
気づいた青年は答えをくれる。
「必要だからだ。それ以外に理由が欲しいのか」
有無を言わさぬ口調には呆気に取られるばかり。
今の状況を考えれば、決して未来は明るいものではないが、
ルシアは、青年の寂しさに翳った眼差しに
気づいてしまい何も言えなくなった。
(何故そんなに悲しくて切ない目をするのかしら)
口調は倣岸で不遜極まれないが、
彼はとても孤独な人なのだと感じた。
自分はいきなりこんな所に連れてこられて、
助けてと訴えてもいいはずなのだけれど
瞳にがんじがらめにされて何も言えなくなる。
(召喚は成功といえるだろう。
少なくとも当分の間、退屈はしなくてすみそうだ)
美しい人間の少女は青い海の瞳で、
クライヴを見つめ何か言いたげな
顔をしては、視線をそらす。
そんな少女の様子を見ていると楽しくて仕方がない。
毎日見ていても飽きることはない。
彼は退屈を紛らわせることにまんまと成功したわけだが、
少女の方は自分を持て余しているようだった。
退屈は人を殺すというのは、
あながち嘘ではないかもしれない。
この広い城内のどこへ行こうと許したが、
見上げる空は与えなかった。
与えなかったというよりこの城には
窓というものがないからだ。
暗く閉ざされた空間だった。
湿気を好んでか時折蝙蝠も飛び交う不気味な城。
人が住んでいるのが不思議なくらい、異質な空間。
いかにも、何か魔のものが出てきそうな不吉な気配が、
漂う城だった。
空を見上げて故郷を思い出すことができない少女は、
それでも時々戸惑いがちに微笑んだ。
「……俺はクライヴ。見たらわかると思うが、
黒魔術を扱う魔術師だ」
「クライヴさん?」
「クライヴでいい」
ぶっきらぼうに言えば、ルシアは素直に従い、
「クライヴ」
と澄んだ声で呼んだ。
「魔術を教えてやろうか?」
「え……」
思いもよらぬ言葉だったのだろう。
ルシアはきょとんと瞳を瞠っている。
「使えるようになれるのかしら」
「お前も退屈だろう? 」
「……ええ」
躊躇いがちに頷くルシアに、クライヴは薄く笑んだ。
髪をかき上げて座っていた椅子から立ち上がり、
壁に立てかけてあった剣を持ち上げた。
ルシアには、彼が手にした瞬間
きらりと刀身が輝いたように見えた。
シュウという音と共に光が生まれる。
目の前で見ているものはまさしく魔法で、
ルシアは目を奪われる。
陶然とした眼差しで、光の軌跡を見つめる。
早口で唱えられている呪文は意味もおろか
聞き取ることもできない。
やがて炎が生まれた。剣の刀身が、赤く輝く。
魔力によって生み出された炎は、
あの蜀台の炎とは色が違い濃い赤をしている。
今の炎に焼かれたら、と思えばルシアは身震いがして、
自らを抱きしめた。
ぺたんと床に膝をつき、クライヴを見上げる。
言葉も出てこない。
座り込むルシアの眼前、炎がすっと消えた。
綺麗さっぱり炎が消え失せ、
蜀台の炎のみの暗い部屋に戻った。
「今の魔術を授けてくれるってこと?」
「ああ。高等な物はできないが、火の玉程度くらいなら
素人でも生み出すことができるようになるだろう。
だがお前に扱う力があれば、あるいは……」
クライヴは、意味深な眼差しでルシアを見つめる。
「教えて。私にここにいる理由を与えて」
希こいねがう瞳でルシアはクライヴを見つめ返す。
「契約を交わそうか」
ルシアは頷くことでクライヴの言葉に、是を示す。
クライヴは口元だけで笑い、ルシアの手を取った。
無口で、表情を変える事のないクライヴ。
ふっと口を歪めて笑う時だけ、
ルシアには彼が人間らしく感じられた。
魔物以外を呼び出そうと召喚術を使ったクライヴは、
何が召喚されるのか全く分からなかったという。
ただ、心の中で自分を飽きさせない
何かが欲しいと懇願していた。
とめどなく続く憂鬱と退屈を殺せるようなものを求めていた。
孤独の中で生きてきたクライヴが、
ルシアを召喚したのは偶然に過ぎず、
この時まだ2人はこれから、何が起きるのかも知る由(よし)もなかった。
眼差しが緩く交差する。
そして、ルシアは瞳を閉じた。
冷淡に感じてしまうほどの整った顔立ち、
人々が畏怖を抱くほどの力。
魔物を使役で使う彼は近寄りがたい雰囲気がある。
いつしか、人が離れる前に彼は、人と関わる事を止めた。
親の愛さえ知らずに育った彼は一人に馴れすぎていた為、
元々、人と関わることが苦手であった。
孤独が心地よい。と思うのはただの強がりなのか。
人と関わらなくなれば人は歪んでしまう。
人間としての感情を忘れてしまう。
彼は、もう少しで闇に染まりゆく所だった。
あまりに気紛れな彼の、戯れ。
あの時彼が、召喚をしなければ。
何も変ることはなかっただろう。
不変なものはつまらない。
彼がそう思うことがなかったなら。
閉ざされた空間で一人、銀髪の青年は十字を切っている。
別段神など信仰していないし寧ろ馬鹿にしている類だが、
儀式を始めるにあたって重要なことだ。
集中力を極限まで高めると額に汗が浮かんでくる。
使役として使う魔物以外は呼び出したことがない彼は、
果たして人間を召喚できるか自分に賭けていた。
生け贄など用いず、己の精神力だけを頼りに、
意識を集中させ呪文を唱える。
ぶつぶつ唸るように念じながら、持っている剣で宙を切る。
シュウウという音と共に湿った床に円が浮かび上がってきた。
高位の魔術を会得した者にしか
解読できない文字と複雑な文様。
うっすらと青く光る魔方陣は、蜀台に置かれた
キャンドルによって、青と赤が交わり
神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「…………っ」
魔方陣を描くのに力を使った彼は、どっと押し寄せた疲れで、
持っていた剣の柄を支えに、後ろの壁に凭もたれかかった。
まだ終わりではない。
これからが最も重要なのだ。
彼は息を一つ吐くと、立ち上がり再び魔法陣の前に立つ。
瞳を閉じて、召喚の為の呪文を唱え始める。
呪文を唱え始めると、魔方陣が輝きを増し、部屋中に光が満ちていく。
蜀台のキャンドルが揺れる。
窓一つない密室で、風が起きるとすれば、一人の魔術師の力によるもの。
彼は杖を使わず剣で魔法を使う。
剣を媒介にして魔術を使う稀有なる者だ。
魔術師というよりも魔法剣士に近い存在である。
類稀なる力と才を持って生まれてきた彼は、人々から畏怖とも
尊敬ともつかぬ眼差しを向けられている。
齢(よわい)22にして、地位も何もかも手に入れてしまい、
心だけぽっかり隙間が開いてしまった。
満ち足りているけれど、何かが足りない。
若さゆえの貪欲かもしれないが、彼は何かを求めてやまなかった。
(もっと自分を突き動かす物に出会えるはずだ。
まだ俺は何一つ手に入れてはいない。
見せかけだけの、地位も名誉もいらない。
取り繕った態度で、敬意を払われるのも気に喰わない)
止まない渇望を黙らせる物を求めて足掻いてきた。
それが今ようやく手に入るのだ。
確信し、彼は口角を吊り上げた。
円陣の真ん中に剣を振り翳す。
己の願いを叶えるために。
凄まじい光が室内を包み込む。
空間を覆う鮮烈な光に目が眩み一瞬彼は腕で目を覆い隠した。
無造作に放した剣が高い音を立てて転がってゆく。
目を庇っていた腕を外しちらと魔方陣を見つめれば、
一人の少女が魔方陣の真ん中に立っていた。
彼の銀髪と対を成すかのような、金の髪の艶やかな乙女だ。
彼女は、今の状況がつかめてないのか、
しきりに視線を泳がせている。
何度も瞬きをして、目の前にいる青年を見つめた。
フード付きの黒い長衣、銀髪、夜の空のような紺碧の瞳。
(怖いくらいに綺麗)
少女は目を奪われた青年から、手を差し伸べられた。
浮かべられた微笑みにうっとりと見とれてしまいそうになる。
(優しい人なのかしら? )
囚われるように、少女は青年の腕を取る。
満足気な様子の青年は少女の手の甲に口づけた。
呆けてしまっているのか少女は、
青年の行動を見つめているだけで動かない。
「今からお前は俺の物だ」
傲慢な台詞も青年にはとても似合っていた。
ルシアと名乗った少女は、
自分の置かれている状況を把握すると、悲嘆に暮れた。
(わたしは、何故、呼ばれたの? )
ルシアが視線で問いかけていることに
気づいた青年は答えをくれる。
「必要だからだ。それ以外に理由が欲しいのか」
有無を言わさぬ口調には呆気に取られるばかり。
今の状況を考えれば、決して未来は明るいものではないが、
ルシアは、青年の寂しさに翳った眼差しに
気づいてしまい何も言えなくなった。
(何故そんなに悲しくて切ない目をするのかしら)
口調は倣岸で不遜極まれないが、
彼はとても孤独な人なのだと感じた。
自分はいきなりこんな所に連れてこられて、
助けてと訴えてもいいはずなのだけれど
瞳にがんじがらめにされて何も言えなくなる。
(召喚は成功といえるだろう。
少なくとも当分の間、退屈はしなくてすみそうだ)
美しい人間の少女は青い海の瞳で、
クライヴを見つめ何か言いたげな
顔をしては、視線をそらす。
そんな少女の様子を見ていると楽しくて仕方がない。
毎日見ていても飽きることはない。
彼は退屈を紛らわせることにまんまと成功したわけだが、
少女の方は自分を持て余しているようだった。
退屈は人を殺すというのは、
あながち嘘ではないかもしれない。
この広い城内のどこへ行こうと許したが、
見上げる空は与えなかった。
与えなかったというよりこの城には
窓というものがないからだ。
暗く閉ざされた空間だった。
湿気を好んでか時折蝙蝠も飛び交う不気味な城。
人が住んでいるのが不思議なくらい、異質な空間。
いかにも、何か魔のものが出てきそうな不吉な気配が、
漂う城だった。
空を見上げて故郷を思い出すことができない少女は、
それでも時々戸惑いがちに微笑んだ。
「……俺はクライヴ。見たらわかると思うが、
黒魔術を扱う魔術師だ」
「クライヴさん?」
「クライヴでいい」
ぶっきらぼうに言えば、ルシアは素直に従い、
「クライヴ」
と澄んだ声で呼んだ。
「魔術を教えてやろうか?」
「え……」
思いもよらぬ言葉だったのだろう。
ルシアはきょとんと瞳を瞠っている。
「使えるようになれるのかしら」
「お前も退屈だろう? 」
「……ええ」
躊躇いがちに頷くルシアに、クライヴは薄く笑んだ。
髪をかき上げて座っていた椅子から立ち上がり、
壁に立てかけてあった剣を持ち上げた。
ルシアには、彼が手にした瞬間
きらりと刀身が輝いたように見えた。
シュウという音と共に光が生まれる。
目の前で見ているものはまさしく魔法で、
ルシアは目を奪われる。
陶然とした眼差しで、光の軌跡を見つめる。
早口で唱えられている呪文は意味もおろか
聞き取ることもできない。
やがて炎が生まれた。剣の刀身が、赤く輝く。
魔力によって生み出された炎は、
あの蜀台の炎とは色が違い濃い赤をしている。
今の炎に焼かれたら、と思えばルシアは身震いがして、
自らを抱きしめた。
ぺたんと床に膝をつき、クライヴを見上げる。
言葉も出てこない。
座り込むルシアの眼前、炎がすっと消えた。
綺麗さっぱり炎が消え失せ、
蜀台の炎のみの暗い部屋に戻った。
「今の魔術を授けてくれるってこと?」
「ああ。高等な物はできないが、火の玉程度くらいなら
素人でも生み出すことができるようになるだろう。
だがお前に扱う力があれば、あるいは……」
クライヴは、意味深な眼差しでルシアを見つめる。
「教えて。私にここにいる理由を与えて」
希こいねがう瞳でルシアはクライヴを見つめ返す。
「契約を交わそうか」
ルシアは頷くことでクライヴの言葉に、是を示す。
クライヴは口元だけで笑い、ルシアの手を取った。
無口で、表情を変える事のないクライヴ。
ふっと口を歪めて笑う時だけ、
ルシアには彼が人間らしく感じられた。
魔物以外を呼び出そうと召喚術を使ったクライヴは、
何が召喚されるのか全く分からなかったという。
ただ、心の中で自分を飽きさせない
何かが欲しいと懇願していた。
とめどなく続く憂鬱と退屈を殺せるようなものを求めていた。
孤独の中で生きてきたクライヴが、
ルシアを召喚したのは偶然に過ぎず、
この時まだ2人はこれから、何が起きるのかも知る由(よし)もなかった。
眼差しが緩く交差する。
そして、ルシアは瞳を閉じた。
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