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第7話
しおりを挟む中野大学医学部の理学研究室に睡眠剤と注射器を借りに行ったとき、舞はマッドサイエンティスト淳子にいくつか質問した。
「アッコはイタコとか霊媒師が霊を降ろすの知ってるよね?あれは、科学性あると思う?」
「降霊術か。私見だが、あれは遺伝子情報を解読する作業だろうね」
「遺伝子情報の解読?」
淳子は自分のPCを舞に見せながら説明した。
「遺伝子にはその人が経験した膨大な記憶が書き込まれている、という説もある。大脳をCPU、海馬をストレージだとすると、遺伝子はメディア(媒体)だ」
「‥文系にはよくわかんないけど、急いで降霊させたい時はどうするの?」
「そんときゃ触媒(メディア)を、こうするだけさ」
と、メモリカードをPCに挿入して見せた。
「メモリーカードは人間の何に当たるの?」
「知らん」
「知らん、って」
「知らんが、遺伝子保持者を刺激してみたらなんか起こるかもな。ま、人体実験だ」
温泉旅館の客室では、舞が意を決したように起きかけた真吾にキスをした。
(刺激を…挿入!)
と、メモリーカードのように舌を挿入する。
「だ、大胆な…あ、でもまた…」
真吾が恍惚の表情でまた気絶する。
ディープキス未経験の遺伝子保持者のCPUはバグり始め、ストレージから200年前の記憶を掘り起こしていく。
情景が見えてきた。
「意義さん。今度は私が1832年に飛ぶ。その方が早い」
「…なんと。そんなことが?」
武家屋敷の屋根の上だった。
江戸の夜空にドローンが出現する。
舞の意識が、具現化しているのだ。
「俯瞰よ。鳥の目になって、あなたを見守るわ」
「さすがは神の使い。恐れ入る」
屋根の上でこちらを見上げる意義の姿が見える。おそらくドローンを認識しない彼の方は、鵺か夜の闇に舞うカラスのように見えているのだろう。
「では、仕事を続けさせていただく」
そう言って意義は、器用に屋根の上を走り始めた。
小脇には千両箱を抱えている。
「あなたはどうして、こんなことを?」
「正義を学んだのです、大坂で。裏金などあってはならない。もしそんなものがあるのなら、それは民に返さなければならない」
下界の往来には、捕り方たちが集まっている。
「御用」の提灯が、往来を埋め尽くしている。
「狼藉者。神妙にしろ!」
警笛が鳴る。
「良左。ついてきているか?」
「はい。若様」
見ると、良左が並走している。
「俺が囮になる。おまえは、これを」
と、千両箱を良左にパス。
良左はそれを受け取って逆走する。
「若様。御武運を」
うむと頷いた意義は、ひらりと往来に飛び降りた。
「いたぞ。あっちだ」
捕り方たちは大挙して追って行く。
(時代劇で見るねずみ小僧の盗みのシーン、そのまんまじゃない)
用意してあったのだろう、街道の隅につないだ馬に意義がまたがる。
街頭もサーチライトもない江戸時代。捕り方たちには追跡のしようもない。
その間に、良左も逃げのびていった。
そんな情景が舞の意識の中で繰り広げられた。
ドローンは意義の駆る馬を追った。
良左は千両箱を積んだ舟で隅田川を上り、堀切の船着き場で意義と落ち合った。そこで大八車に千両箱を積み替え、向かった先は奥州街道にほど近い廃寺だった。
(あ、お堂の中に入ってしまう。これだと中の様子は見えないわね)
舞の意識を具現化したドローンは、寺の上空を回遊する。だが、いつまでも外に出るのを待つわけにもいかない。
しばらくこのドローンを操作するうちに、時間や空間をスキップすることも覚えた。おそらくふたりは、今夜は疲れ切って眠るであろう。その時間を飛ばす。
夜が明け、あたりが白み始めてきた。
意義と良左が廃寺から出てきた。
「下村に持って行く米を仕入れておきたい」
意義は数十両を財布に入れて、良左に手渡した。
「では、これで当座の米を買って参ります」
「うむ。馬で運べるだけ頼む」
そう言って馬にまたがる良左を送り出した。
(あら。美少年くんは、馬もお手のものね)
舞は良左の騎乗ぶりを見たくなって、後を追った。また少しスキップ。
(な、何をやってるの?この子)
良左が向かったのは米市場ではなく、町奉行だった。
馬から降りた良左は門番に口上を告げる。
「北町奉行の同心、遠山景元殿にお目通し願います。それがしは‥」
舞は耳を疑った。
「それがしは、中村次郎吉と申します!」
裏切り、という言葉が舞の意識に突き刺さった。
つづく
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