ミコマイ犯科帳・レポート①「ねずみ小僧に関する考察」

横山由貴男

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第6話

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 拝殿で意義の話を聞きながら、舞は考えをまとめる。
「『論点②一度目の捕縛』の謎は解けたわね。意義さんの話も『鼠賊白状記』に書いてあるとおりね。では、江戸を所払いになったあと一時上方に身を寄せていた、というのも?」
「はい。大坂(現大阪市)のさる私塾で一から学び直しました」
「次は『論点③二度目の捕縛』の謎。裏金運びをやめたのに、どうしてまた7年後に捕まったの?いえ。その前になぜ、盗みを再開したのか…」
「ん。う~ん」
 触媒である真吾が呻き始めた。意義の姿も薄くなっていく。
「これ以上は、無理ね。意義さん。大坂のあとは、どこへ?」
「しも、む、ら…」
 言いながら、意義の姿は消えていった。
 下村藩は現代の福島市にある。
 
 翌朝、真吾は舞のベッドで目を覚ました。
「う~ん。全身がだるい。ここは?」
 辺りを見回すと卓にメモ書きがあった。
『お疲れのようなので、起こさずに大学に行きます。ゆうべはステキな体験でしたネ♡』
「え、何?何かした、俺?」
 『PS.今度は二人で、温泉旅行に行きませんか?福島あたりで 舞』
「ふ、ふたりはもうそんな仲に…?」


 
(…って、どんな仲なんだ?)
 東北新幹線の車内では、舞は真吾とは離れた席に座った。一方的に指定席のチケットを渡されたため、真吾は異議を唱えることはできなかった。
 舞は車窓の景色に見入っていたため、真吾はひとり缶ビールで自棄酒をあおるしかなかった。
 
 「下村」バス停は田んぼのまん中にあった。そこで降りたのは舞と真吾のふたりだけだった。
(強い念を感じる。田沼意義がここにいる)
 真吾は飲み過ぎて、ふらつく足取りで言った。
「あのお、温泉は?」
「あ、そうだ。これねえ、医学部の子からこっそり借りたの」
 真吾を振り返り、舞がバッグから注射器を取り出す。
「はあ」
「こんなとこで、巫女舞はできないんで…ごめんね」
 と、笑顔で真吾の首に刺す。
真吾の身体はバス停のベンチに崩れ落ちた。
「降りよ。降りて、真実のみを語れ」
 舞が合掌し、持参してきた鈴を鳴らす。
真吾の身体からエクトプラズムが噴き出た。
 その霧がはれると、馬に乗った意義が浮かび上がった。
 舞の身体も馬上に吸い込まれていき、相乗り状態の馬が歩を進める。
「巫女殿。七年ぶりですね」
「じゃあ、ここは1832年‥天保二年?」
「そなたには、この景色を是非見てほしかった」
 辺りを見回すと、江戸時代の農地に変わっている。
 田を耕す一見のどかな田園風景。
しかし、埋められているのは遺体だった。
舞は声を失う。
「飢え死にです」
よく見れば、農民たちの身体は瘦せさらばえている。
「天保の飢饉は、もっとあとのはずだけど」
「豊作でも、飢饉は起きるのです」
「え?」
「領主は年貢米を江戸や大坂でお金に換えるのですが、赤字の藩は豊作の年こそここぞとばかりに取立てて売
りに出します。そして、農民たちは豊作なのに餓死する」
「そんな」
あちこちから農民が唱える念仏が聞こえる。
「なしてだ。なして作ったおらたちが食える米だけねえんだ!田沼様が、なしてこっただご無体をなさるん
だ?」
「もうここは、田沼様の藩ではねえんだ。お上の領地だで」
意義はつらそうにそれらの会話に耳を傾けていた。
「廃藩のツケを、全て領民に押しつけてしまったな」
「…若、あまりお気に病まれぬよう」
良左が馬の轡を取っている。
(この人が、話に出てきた渡辺良左衛門?)
 良左は中性的な美少年に見える。
(渡辺良左衛門‥うーん、どこかで聞いたような)
 意義が馬から下り、舞を抱え上げて馬から降ろす。
 良左には舞の姿は見えていないようで、無反応だ。
「ありがとう」
言いながら、自分の頬が赤くなっていくのを自覚する。
(これって、お姫様抱っこってやつだよね?)
舞と意義は、しばらくあぜ道を歩いた。
「藩よりもっと赤字が深刻だったのが幕府です。この地も田沼家が相良藩に復帰し、幕府の直轄領になったがために、この有様です。私が父の出世を願うあまり、結果としてこの悲惨な状況を作ってしまったのです」
 意義の深い悔悟の念に、舞はかける言葉もなかった。
「巫女殿。しばし、ご無礼を」
 そう断ってから、良左を振り返る。
「良左。俺は先生から、『武士道とは信じるもののために命を捨てる覚悟のこと』と教わった」
「信じるもの、ですか」
「今がそのときだと思う。江戸へ帰る。また手を貸してくれ」
「…無論です。若様」
 美少年は嬉しそうにはにかんで答えた。

 現実世界の舞は、下村バス停からタクシーに真吾を押し込んで温泉旅館に移動した。
 個室の布団に真吾を寝かせて、自分は意義と話を続ける。
「天保二年は、次郎吉が二回目に捕縛され処刑される年ね。資料では小幡藩松平忠恵(ただしげ)の屋敷に忍び込んだところを捕えられたとあったけど、もちろん偽装ね」
 意義が、空間に浮かび上がる。
「当時、松平忠恵は奏者番でした。この奏者番は、寺社奉行も兼任します」
「寺社奉行…つまり、あなたの狙いは…」
「はい。水野忠邦の屋敷に忍び込みました」
「う。うーん。舞‥さん」
 睡眠薬で眠らされていた真吾が呻き始めた。意義の姿も薄くなっていく。
「天保二年…まさに、私はその時代から来ているんです。おや」
 と、消えていく自分の姿を見る。
「ここまで‥ですね」


つづく
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