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CⅩⅩⅪ 星々の格式と置換編 前編(3)

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第1章。宰相トリハの焦燥しょうそう


 【便りの無いのは良い便り】という言葉は、
少なくとも国家運営の場であれば通用しない。
その状況が発生した時は、最悪の結果を想定しなくてはならない。

レリウス大公の影供として、ひそかに後発させた騎士たちから定時の連絡も、
緊急の連絡もないことに、トリハ宰相は危機感を覚えていた。

連絡の騎士の帰都・精神波での連携伝達・狼煙のろし・伝書鳥の4つの方法のいづれも
無いことに、トリハは自分が出向こうことを決断し、
高機動型鉄馬をあつかえる騎士の招集を、部下に命じている。

少しでも歴史のある国家にとって、武官・文官・内室の女官の摩擦まさつは、
切っても切れない関係にある。しかし、現在のミカルにおいては違っている。

トリハ宰相、そのひとの存在である。

武官の頂点の3将軍は、若き日、よくて国外追放だった失敗や騒動を
トリハのとりなしで、罪一等つみいっとう減じられ、結果、現在の地位を得ている。
なによりトリハが、常にレリウス大公のかたわらにあり、
最前線も忌避きひしない戦士であったことが、
騎士・兵士の尊敬を得ている。

また、<外交・政治は3流>を自認するトリハは、文官の言う事にも
よく耳を傾けるので、そちらの方からも評判がいい。

そして、平時では一番問題となる内室の方も、頂上たる公母ミリア妃が、
『レリウスの言う事は、話半分で聞いているわ。あとで、トリハに確認して、
残り半分がホントか嘘かを見極めている。』
と公言し、絶対の信頼を示しているので、女官たちの不満はふうじこまれている。

そのミカル大公国の柱石ちゅうせきたる、トリハ宰相が自ら動くという言葉に、
部下たちは、最優先で彼の動きを支援するように、
最速のはやさで準備を行っていく。

・・・・・・・

『今回は、無理にでも、反対すべきだった。』

トリハのやむところである。

『大公陛下自らがえさとなって、公国内の不満貴族の反乱を釣り出すというのは、
華麗だが脆弱ぜいじゃくすぎる戦略ではなかったか?』

レリウス陛下は、死地におもむくことを良しとする行動が多い。
果実酒をみ交わした時、本人が、ぽろっと話したことがある。

『トリハよ。神々が、このオレが生き続けることを許すのなら、
どんなとこからでも、必ずここへ戻ってこれるはずだぜ。』

それは、あの方の本音であろう。生死を試す生き方をすることによってのみ、
あの方の魂は、自分が生き続けていることを、肯定されている・・・・。

・・・・・・・・

『トリハ、おまえ、おふくろ様に、オレが結婚しないのに、部下である自分が
先に家庭を持つわけにはいけませんと、言ったらしいな。』

『あれから、おふくろ様に散々絞られたんだぞ。おれのわがままで、
おまえが家庭をもつのを邪魔するのは、いかがなものかしら とな。』

『この作戦が終わったら、嫁さんを見繕みつくろってやるから覚悟をしとけよ。』

トリハは、公都を出発する際の、レリウス大公の笑顔を脳裏に思い出す。

『間に合わせねば!』トリハ宰相の顔に焦燥しょうそうの色が浮かぶ。


第2章。深紅の髪の少女


 その日の夕暮れ、ミカルの公都ミカル・ウルブスの正門は、
100を超える高機動型鉄馬の足音・きしみ音や
急遽きゅうきょ招集された騎士達の声などで、喧騒けんそうにつつまれていた。

大きな5つの門が並列に並ぶ、帝国様式とも言われるその門の、
中央の一番広くて大きい軍隊の行軍専用の門ー(通称)戦女神の門ーが、
大きく開け放たれている。

宰相のトリハは、自ら部隊を率いて公都を出発する。

隊の最後尾が門を離れたその時、

≪上空より、高速の未確認飛翔体接近!≫

と、先頭の監視の騎士の精神波が響く。

ミカルの誇る、4人の最上級妖精契約者の騎士が、即座に隊列を離れ
魔法円を構築する。

接近してくる緑金の光の輝きに、緑・青・赤・黄の四つの魔力光が
騎士から放たれ、同時に門の左右の巨大な石の櫓の上からも
攻撃が開始される。

次の瞬間、上空に、激しく凄まじい光の輝きが炸裂さくれつし、大気が震える。

「やったか!?」

誰もがそれを確信したが、輝きが消失した後も、緑金の光は微動びどうだにせず、
一拍を置いて再び始まった魔力による攻撃も、今度は簡単に無効化される。

≪いい加減にしなさいよ。次は手加減はしないわよ!≫

激しい精神波が、敵対・攻撃した者、そこにいるすべての者の脳裏に響く。
そして上空の光は静かに消え去り、深紅の髪を逆立てた少女の姿に変わる。

≪聞け! わたしの名はエリース。新帝国皇帝セプティの友にして、
 暗黒の妖精の契約者アマトの妹。≫

あわせて、少女の背後に、緑色の髪・青色の瞳・白い肌・超絶の美貌の
巨大な妖精の蜃気楼体が顕現けんげんする。

『風の超上級妖精!!』

そこにいるすべての者は、伝説と化しているその姿に魂を飛ばされ、
同時に妖精からの強大な魔力に、おのが体が地面に突き刺される幻覚をくらい、
抵抗する心をぎ取られる。

≪「皆の者、構えを解け!」≫

≪エリース殿と言われたか。わたしの名はトリハ。ミカルの宰相のにんにあるもの。
 御用の向きを、おうかがいしたい。≫

この圧のなかで、かろうじてトリハ宰相の精神波が、この場に響く。


☆☆☆☆☆☆☆☆


 大地に降り立ったエリースは、一直線にトリハのもとへ歩いていく。
その後ろを、いつもの大きさに戻ったリーエが、恥ずかしそうについていくが、
だれも、この風の超上級妖精がだとは、気付けない。

エリースの進む方向にいる、ミカルの精鋭たちは、腰の剣に触れる事も出来ずに
次々に、道をあけていく。

「あんたが、宰相のトリハさん?レリウス大公から書状を預かってきたわ。」

鉄馬を降りたトリハの目の前まで進んでいったエリースは、書状を手渡す。

「これは、これは。このようなところまで来ていただき、ご苦労をかけました。
ミカルを代表して、お礼を言わせていただきたい。」

「エリース殿。どうも、ありがとうございます。」

深々と頭を下げるトリハ。その行動にまわりの騎士の顔に驚きの色が浮かぶ。
気にもせずトリハは、エリースから書状を受け取り、レリウス大公の
秘匿ひとくの署名を確認し、中身を拝読する。

読み進むにつれて、トリハ宰相の顔が厳しいものへと変わる。

「エリース殿、大公陛下は、ほんとうに御無事か?」

そのトリハの言葉に、周りの騎士たちからどよめきがおこる。

「暗殺者に殺されかけたけど、暗黒の妖精のラティスの回復魔力ヒールで、
動けるまでには、回復しているわ。」

「ほとんどの人が亡くなって、そして、リリカさんを含め、他の生き残った人は、
起きるのがやっと、というところ。」

エリースの顔に、かなしみの色が浮かぶ。

「ただ、皇都から、キョウショウ将軍の率いる一隊が到着したので、
心配はいらないと思う。暗黒の妖精ラティスもいる事だしね。」

トリハ宰相は、しっかりとエリースを見つめ、言葉を選んで話し出す。

「陛下の書状には、エリース殿とそちらの妖精殿が、賊を討ち果たしものと
書かれてある。エリース殿、重ね重ね、礼を申し上げる。」

剣を抜き、最上の敬礼を行うトリハ宰相に、それを聞いていたまわりの騎士たちも
一斉に剣を抜き、エリースの行為に最上の敬礼を持って、
謝意をあらわした。
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