上 下
130 / 266

CⅩⅩⅩ 星々の格式と置換編 前編(2)

しおりを挟む
第1章。坂道(3)


 やがて、朝日が昇ってくるのだろう。空気が、一段と冷えてくる。

その清新な大気のなか、レリウス大公の目の前で、情けない容姿の若者が、
鍋に水を入れ熱してお湯をつくり、それに携帯固形食糧を溶かして、
濃厚なスープをつくっている。

人間が妖精と契約をできるようになって以来、
人間は妖精の力で、直接エーテルを取り入れることができるようになったため、
食事は10日に一度で済むようにはなっていた。

今、レリウス以外の生き残ったミカルの戦士たちは、エーテルを
使い切った状況であり、重度の疲労状態が続き、覚醒と非覚醒を繰り返している。

リリカ副宰相も、無理して不察知の魔力をレリウス大公に使用したため
その後は、非覚醒の状態に戻っていた。

ラファイアの考えで、回復魔力ヒールと同時に、スープの適時摂取せっしゅを行うことになり、
流動食の当番が、アマトの役目のようになっている。

レリウス一行の9割方が亡くなった事、グゴールが氷結の魔力を選択した事、
不幸中の幸いで、数多くの使用可能な携帯固形食糧が残っていた。

レリウスは、ここ数日間で、自分の戦術感・戦略感を、突き崩されている。
例えば〖敵軍に、超上級妖精の契約者がいたら、逃げろ!〗という戦時訓は、
彼にとって、卑怯者の責任逃れの言い訳としかうつらなかった。

しかし、ミカルの精鋭100余人を引き連れていたのに、
ひとりの超上級妖精の契約者に、簡単に翻弄ほんろうされ、壊滅させられた。

その自分たちを軽く翻弄ほんろうした超上級妖精も、リーエという同じ超上級妖精のはずの
怪物からしたら、下位妖精でしかなかった。
そして、超上級妖精でも上位者なら、伝説級の妖精とする魔力ちから
ある事を知る・・・。

目の前の貧相な若者は、ふたりの妖精に、契約者だからという以上に
親愛の情を持たれていて、
もうひとりの妖精にも、契約者の義兄という以上に好意を持たれている。

ほんと、驚くべきことであった。

・・・・・・・・

レリウスは、考える。

『死の女神イピスが、この世に転生をしたとすれば、彼のような人間に
生まれ変わるのかもしれないな。』

『そう、自分の前に立ちはばかる者は、本人も意識しないうちに、
死の翼に触れるるような。』

レリウスは、その自分の考えに苦い笑いがこみあげる。

『何を考えるレリウス。彼はイピスの転生した人間ではない。』

『え~い、ままよ。そう、とにかく話をしなければならない。』

レリウスは、覚悟を決めて、目の前の若者に、話かける。


☆☆☆☆☆☆☆☆


 「すまないな。料理番のようなマネをさせて。」

レリウスは、なるべく穏やかに、アマトに声をかける。

アマトは、あわてて返事をしようとするが、公爵にたいする礼儀や言葉が
でてこないようだ。

レリウスは、それを察して、アマトに助け舟を入れる。

「よせやい。こんなところで、礼もなにもなかろうぜ。気楽にやろうぜ。」

「ほんとうに、すみません。」

アマトは、ホッとして、いつもの口調で答える。

「それに料理番のことは気になさらずにと思います。」

「レリウス陛下御一行は、個人的には、お客人となられる方々ですから。」

「お客人?」

アマトの意外な言葉に、レリウスは聞き返す。

「ぼくは、新双月教の禁書館で働くことが、決まっていますので。」

「陛下が猊下げいかのお客人であれば、ぼくにとっても、お客人です。」

アマトは、レリウスに答えたあと、再び鍋の方に目を移す。

「オレが聞いたところでは、アバウト学院にいるんじゃなかったか?」

レリウスは、視線を宙にとばしながらも、自分の記憶を確認して、
アマトに質問をする。

「双月教国から避難してきた人たちにとって、
ぼくは許されざる人みたいですから。」

「新帝国立の学院にいるのは、融和をはかる方針と矛盾し、無理がありました。」

「なるほどな。だがオレもそれを言うなら、自慢じゃないが、
この世界で憎まれている人物の、上から10本の指には入るぜ。」

レリウスは、目の前の若者が、後世、〖選ばれし者〗とか呼ばれるだろう人間の、
当然の負の側面にさらされている事に、どこか立腹し、また同情する。

「アマト君よ、新帝国に居場所がなくなったら、いつでもミカルに来い。」

「エリースの嬢ちゃんと、ユウイとかいったな、その義姉ねえちゃんもつれてな。」

アマトは、公爵位にある人物が、自分の家族を知っていることにおどろいて
レリウスの顔をみつめる。

「そう、驚くなよ。伝説級の妖精の契約者と口外すれば、世界中の国の統治者が、
情報工作員を、その者のところに送り込むぜ。」

そこまで話して、レリウスは、茶目っ気のある表情に変わる。

「ま、アマト君の場合は、ラティスの姉御あねご自体が、大声で喧伝けんでんして、
まわっているようなものだからな。」

アマトは、の姿を思い浮かべたのか、大きなため息をつく。

「オレは、アマト君に借りをつくった。恩は倍にして返すのが、
オレの流儀でな。」

「爵位、領地だけじゃなく、なんだったら嫁さんも用意するぜ。」

おそらくは嫁さんの言葉に、赤くなったアマトに、
レリウスは言葉に刃をのせて、最も聞きたかったことにを尋ねる。

「そう、ラファイアのあねさん、
あのお方も伝説級のいずれかの妖精さんだったことは、わかったぜ。」

「その契約者が、アマト君、君だって言う事もな。」

その言葉に表情が変わる、アマト。
レリウスは、アマトに言葉をたたみ込む。

「ふたりの妖精の契約者である君が、この世界に戦乱をもたらさないという事を、
オレは信じていいのかい!?」

「・・・・・・・・・。」


第2章。坂道(5)


 その日の昼、指揮官をキョウショウ、副官をフレイアとし、
旧創派の戦士達を主力とする一個師団が、
アマトたちのいる野営地に到着した。

旧創派のふつうの戦士たちの認識は、
少し前まで、アマトを含めての妖精は、
窮地きゅうちに現れた、単なる扇動せんどう者だった。

今は、そのラティスが、新帝国内の荒れ野に、巨大な湖を発生させ、
それが広大な耕地の元になり、創派の人々の移住先を、
意図的に用意したと思われている。

それは、かれらを扇動せんどう者から、一気に恩人の地位へ昇格させた。

だから、創派の戦士たちのアマトとラティスへの、で、
アマトにとっては、大変なことになっている。

一方、自分が賞賛しょうさんされることには、全くの抵抗感がない、ぼう妖精にとっては、
ほんと、気分が良かったに違いない。

エリースは、そのめんどくさい事態を予期したのか、
レリウス大公の書状を持って、
ミカル公都のトリハ宰相のもとへ高速飛翔して
野営地を離れている。

では、もうひとりの妖精は?

ルリのれた香茶を、キョウショウが急速冷凍させて持参したものを、
解凍加熱してお召し上がり、
ひとりじめして、えつに入っていた。

・・・・・・・・

 「なんで、アマトとレリウスが仲良くしてるのよ。」

「あれは、仲良くというより、レリウスさんが、珍しい動物を観察している
という雰囲気ですよ。」

「ラファイア、一応聞くけど、アンタ アマトと契約してるんだよね。
契約者に配慮するという、優しさは持ち合わせてないの?」

「ラティスさん、常に真実は無慈悲むじひなものですよ。」

ラファイアは、ルリ特製の香茶を味わいながら、鉄馬車の前の席に座るラティスに
返事をしている。

「ところで、そろそろ教えていただいてもいいんじゃありませんか。」

「ふ~ん。話の流からいくと、アマトがいつルリのところに、
夜、ひそんで行くかっていうこと?」

ラファイアは、冷たい目で暗黒の妖精をみつめる。

「ラティスさん、冗談だったらつまらないし、本当に起こったら面白くないことが
おそってくるでしょうね。」

「なによ、それは?」

「まあ、エリースさんが激怒されるのは、先日の比ではないと思いますが、
ラティスさんなら、それは耐えられるでしょうけど。」

「ちょっと待って、ラファイア。なぜ、エリースが、わたしに激怒するのよ。」

「まあ当然でしょう。理由は一緒に説明しますから。」

「そうですね~、ユウイさんからも、

『ラティスさん、どういうこと。
こんな事、が、しなければアマトちゃんがするわけないわ。』

なんて言われて、ユウイさんの納得のいくまで、
説明責任を求められますよ。」

その状況を想像して、ラティスは、ほんの少し青くなっている。

「や~ね、ラファイア。つまらない冗談よ。」

そのラティスをあきれた目でみながら、ラファイアは考える。

『ほんと、火のないところに、大火災を起こすことを面白半分でなさる
妖精さんですから。』

『でも、その後のことを少しは考えて下さいよ。
その状況なら、わたしも香茶を飲みながら、面白がってながめてることは
出来ないじゃありませんか。』

『ユウイさんのお怒りは、。』

ラファイアは、徹頭徹尾てっとうてつび、自己保身をはかる、極めて利己りこ的な妖精さんである。

・・・・・・・・

「・・・話をもどすわ。ラファイア、何が聞きたいのよ。」

「エメラルアさんのことですよ。本当はやり合われたんでしょう。」

「やり合った?きわめて友好的な話し合いをしただけよ。」

ラファイアは、全く信用してないまなざしで、ラティスをながめている。

『ほんと、光の属性の妖精のくせに、妙に小さい事にこだわるんだから。』

ラティスは、ブツブツ思いながらも天啓てんけいとも言うべき思いがひらめく。

『そうか、わたしみたいな高貴な妖精は、ラファイアのような下賤げせんの妖精を、
導かなければならないわ。これは選ばれた妖精の義務ね!』

それは、ラファイアが知ったら、怒りで、見渡す限りの大地が消滅するような
危険な匂いのする思考だが、偶然か必然か、
ラティスも言葉、いや精神波にものせなかったため、
この場の静謐せいひつは保たれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...