彼女が愛した彼は

朝飛

文字の大きさ
上 下
11 / 20

5ー2

しおりを挟む
休憩終了後、時芝を部屋に残したまま会社に戻り、楓子にメッセージを送る。するとすぐに返信が来た。

「これ、本当にあの時芝ですか?」

 文面から驚いている声が聞こえてきそうだ。

「はい。間違いありません。顔とセットのアングルをよく確かめて下さい」

 メッセージに添付した画像を見返しながら送る。我ながらうまく撮れたものだ。

 行動を起こす前、計画の話し合いをした時、時芝の秘密について口にした時の楓子は半信半疑だった。真也も計画が失敗することを予測し、もう一つ別の復讐を考えていた。時芝と鈴原を楓子と同じ目に遭わせるという計画だ。

 だが、こちらの計画には穴があった。詐欺師である彼らを同じやり口で罠に嵌めるほどの技術を持ち合わせておらず、何より6年経ったとはいえ、楓子は彼らに顔を知られている。

 そこで提案したのが、時芝の秘密を利用するというものだったが、ここまで上手くいくとは。

 僅かばかり高揚を覚えながら楓子の反応を待つと、それから数分と経たずに返ってきた。

「間違いないようですね。後で今後のことを話し合いましょう」

 至って冷静な文面だが、無理もない。本番はこれからなのだ。

 了承の返事をし、仕事に戻りかけると、ぽんと肩を叩かれた。振り仰ぐと、川凪がにやにやしながら立っている。

「何だ」

「いや、最近やたらとスマホを触っているなと思って。でも、相手は」

 奥さんじゃない、と声を潜めて言う。

「なんでそう思うんだ」

 冷静さを保ちながら問うと、川凪はにやけたまま答える。

「新婚の時は多少は触っていたようだが、結婚4、5年目か?の、今となっては全く触っていなかった。仕事に集中していたみたいだしな。それが、ここ最近になって急に触るようになった。こうなれば、答えは簡単だ。女が他にできたんだ」

 即座に否定すると逆に怪しまれると思い、ゆっくり首を振った。

「残念ながら違うな」

「じゃあ、相手は」

「川凪、お前も分かるだろ。最近、親に早く子どもをつくれとせっつかれているんだ。それに反論しているうち、つい話が白熱してな」

 もっともらしい説明をすると、川凪は残念そうに溜息を吐いた。

「なんだ、そういうことか。でもそれは俺も気になっていた。お前ら、子どもをつくらない主義なのか?」

 川凪の言葉で、ある光景が浮かんだ。

 暗い部屋。朱海の何を考えているか分からない目。

 あの時、朱海はどうして。

「おい、高藤。聞い……」

 川凪の声を遮るように、デスクの上で固定電話が鳴り始めた。川凪に片手を上げて電話に出ると、若い女がおずおずと話し始める。

「すみません、この間そちらに伺った林ですけど……」

「林様、ですか。少々お待ち下さい」

 急いで資料を取り出して確かめると、電話をかけてきたのはこの間対応した新婚夫婦だと分かった。付箋に記していたメモを見て、頭を抱えたくなる。

 物件を案内。日付は今日だ。しかも約束の時間を30分も過ぎている。

「申し訳ありません。今すぐそちらに向かいます」

 言い訳もせず、ひたすらに平謝りで電話を切る。

「なんだなんだ?どうした」

「物件の案内、行ってきます」

 川凪の間が抜けたおう、という声を背に、会社を飛び出した。

 幸い、目的のマンションは車を飛ばして5分ほどで着き、駐車場にいた林夫婦に謝罪を重ねると、さほど怒っていない様子だった。なんでも、近くの浜辺を二人でゆっくり満喫していたそうだ。

「ここ、海が見えるからいいよね」

「本当だ。波の音もする」

「え、ほんと?」

「ほら、耳を澄ませてみて」

 ベランダに立って楽し気に会話をする夫婦を見ていると、再び朱海のことを思い出した。

「ほら、言ったでしょう?都会の景色より海がいいって」

 引っ越した初日、朱海が海を指差しながら見せてくれた笑顔。景色よりずっと綺麗だ、なんて思ったが、それは口に出して言えなかった。

 もう、朱海のあの顔は。

「すみません。もうだいたい見たので、満足しました」

 夫婦の声で我に返り、頭を切り替えていく。

 たった今浮かびかけた言葉は、気が付けば霧散していた。

 その後、いつにないミスをしたおかげか仕事に集中できるようになり、珍しく定刻に終えることができた。

 手早く帰り支度を済ませて楓子のデスクを見ると、ちょうど彼女も帰るところのようだ。目で合図を送ったが、目を合わせずにスマートフォンを触っている。

 すると数秒後、真也のスマートフォンが内ポケットで震えた。取り出して見ると、案の定、楓子からだった。

「あの喫茶店で落ち合いましょう。先に行ってて下さい」

 顔を上げた先には、デスクに座り直して何やら整理をしている楓子の姿があった。既婚者の自分とよからぬ噂が立たないための配慮かもしれないが、あまりの徹底ぶりに笑ってしまいそうだ。

 口元を緩ませながら外に出ると、行き交う人々が、車が、建物が、景色の全てが黄昏色に染まり、飲み込まれようとしていた。赤らんだ巨大な太陽が無言で真也をじっと眺めている。

 簡単に、飲まれてなるものかと一瞬睨み返し、目に染み込んだ残光を瞬きで掻き消しながら、喫茶店へ向かって歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~

とちのとき
ミステリー
人形工房を営む姉弟。二人には秘密があった。それは、人形が持つ記憶を読む能力と、人形に人間の記憶を移し与える能力を持っている事。 二人が暮らす街には凄惨な過去があった。人形殺人と呼ばれる連続殺人事件・・・・。被害にあった家はそこに住む全員が殺され、現場には凶器を持たされた人形だけが残されるという未解決事件。 二人が過去に向き合った時、再びこの街で誰かの血が流れる。 【作者より】 ノベルアップ+でも投稿していた作品です。アルファポリスでは一部加筆修正など施しアップします。最後まで楽しんで頂けたら幸いです。

10秒の運命

水田 みる
ミステリー
 その日16才の女子高生が不幸な事故死を遂げた。 それは不幸な偶然に巻き込まれた死であった。 ー10秒、10秒違えば彼女は確実に生きていただろう。 彼女は死後の世界で出会った人物から、その10秒をもらい再びやり直す。 ー彼女はやり直しで偶然の死を回避できるだろうか?

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

線路と暗闇の狭間にて

にのまえ龍一
ミステリー
将来の夢について、未だロクなもの一つ抱けていない女子高生、尾上なち。高校生活二年目も終わりに差し掛かる二月の中旬、登下校用の電車に揺られ、いつも通り帰路に着こうとしていた。ところがその日、なちの乗っていた電車は線路を外れ、雨混じりの暗闇へと転落してしまう。  都心から離れた山間部、しかも夜間であったために救助は絶望的という状況の中、無惨にひしゃげた車内で生き残ったのはたった一人、なちだった。幾度も正気を失いそうになりながらも、暗闇の中車内に散らかり横たわる老若男女の遺体と共に、なちは車内から脱出する方法を模索し始める。  なちが電車に搭乗する少し前、彼女は青田駅のホームにて同じ高校の男子生徒『女乃愛人』の〈声〉を聞き、後に転落した車両の中で白猫に姿を変えた彼と対面する。さらに車両内には金と銀のオッドアイをした喋るが鳴かない黒猫『オズ』も現れ、戸惑うなちに淡々とこう告げる―――ここは〝夢〟の中だ、助かりたければオレについて来い、と。  果たしてなちは〝夢〟から抜け出し、あるべき場所へと戻れるのだろうか。そして、彼女は自らの意思で夢を描き出すことができるのか。

ヨハネの傲慢(上) 神の処刑

真波馨
ミステリー
K県立浜市で市議会議員の連続失踪事件が発生し、県警察本部は市議会から極秘依頼を受けて議員たちの護衛を任される。公安課に所属する新宮時也もその一端を担うことになった。謎めいた失踪が、やがて汚職事件や殺人へ発展するとは知る由もなく——。

殺人推理:配信案内~プログラマー探偵:路軸《ろじく》九美子《くみこ》 第1章:愛憎の反転《桁あふれ》~

喰寝丸太
ミステリー
僕の会社の広報担当である蜂人《はちと》が無断欠勤した。 様子を見に行ってほしいと言われて、行った先で蜂人《はちと》は絞殺されて死んでいた。 状況は密室だが、引き戸につっかえ棒をしただけの構造。 この密室トリックは簡単に破れそうなんだけど、破れない。 第一発見者である僕は警察に疑われて容疑者となった。 濡れ衣を晴らすためにも、知り合いの路軸《ろじく》九美子《くみこ》と配信の視聴者をパートナーとして、事件を調べ始めた。

化粧品会社開発サポート部社員の忙しない日常

たぬきち25番
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞受賞!!】 化粧品会社の開発サポート部の伊月宗近は、鳴滝グループ会長の息子であり、会社の心臓部門である商品開発部の天才にして変人の鳴滝巧に振り回される社畜である。そうしてとうとう伊月は、鳴滝に連れて行かれた場所で、殺人事件に巻き込まれることになってしまったのだった。 ※※このお話はフィクションです。実在の人物、団体などとは、一切関係ありません※※ ※殺人現場の描写や、若干の官能(?)表現(本当に少しですので、その辺りは期待されませんように……)がありますので……保険でR15です。全年齢でもいいかもしれませんが……念のため。 タイトル変更しました~ 旧タイトル:とばっちり社畜探偵 伊月さん

処理中です...