事実は小説よりも奇なり

朝飛

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奥の手

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 もう説明するまでもないことだろうが、陸空は腐男子だが、男を好きになったことはない。いや、正確にはないとは言い切れなくなった。

妄想のおかずにしていた友人の大祐が、告白めいた台詞を投げかけてきて以来、それまで以上に頭の中をその友人が占めることになってしまった。

とは言え、いざ付き合うかどうかと言われたら、まだその勢いには乗り切れない。そのため、大祐には煮え切らない返事をしている。

何しろ、互いにノンケ同士だ。妄想だけは人一倍逞しい陸空からすると、男同士でノンケとなると、色々と支障が出ることを心配していた。要するに、体的な意味だ。何とも気の早い心配である。

そんなことまで考えてしまっている時点で、既に大祐を受け入れる体勢になっているのだが、当人はそれに気が付かずに大祐に持ちかける。

「よし、大祐。勉強しに行こう」
「ん?勉強?」
「決まっているだろう、先輩たちだ」
「待て、意味が通じるように言ってくれ」

 陸空は当然のように大祐の腕をむんずと掴み、引っ張っていこうとするが、大祐には何が何だか分からないようだ。そこで、陸空は特大の爆弾を投下した。

「男同士で寝る方法を勉強しに行くんだ」
「はっ!?……え、いや、ちょっと」

戸惑ったり赤くなったりと忙しない大祐をよそに、陸空はずかずかと足を進めていく。陸空より比較的体格がいい大祐が引きずられる構図は、些か妙だった。

「陸空、待てって。何でそんな勉強を」
「お前は野暮だな。ノンケ同士は色々と下調べが必要なんだ。俺も流石にあっちは経験がない」
「ノンケ同士……」
「俺とお前だ」
「はっ!?」
「だから、俺とお前がもしそんなことをやるとしたら、だな」

そこまで一息にあからさまな説明をかましたところで、大祐が腕を振り払った。驚いて大祐の方を向くと、見事にトマト色に染まった顔で挑むように陸空を凝視してきた。
「何だ」
「何で、だって俺たち付き合ってもいないだろう。お前、俺が告白っぽいこと言った時、考えさせてくれって言った」
「断ってはいない」
「そういう問題じゃ……っ、というか、それ返事として取ってもいいのかよ」
「返事?どれを」

まるで分からないという風に返せば、大祐は呆れたように大きな溜め息をついた。そして、手を差し出してくる。

「大祐?」

 問いかけながらも、反射的にその手を取ると、しっかりと包み込まれた。緊張でもしているように汗ばんでいたが、嫌ではない。

「そのことは後で追求するから、とりあえず誰に教わるって?」

その口元に楽しげな笑みを浮かべて見せた理由は分からないが、陸空もニヤリと笑って答えた。

「陸空、俺の言いたいことは分かっているだろうが……」
「皆まで言わなくていい。大祐も共犯だからな」
「……そうだな。いや、それを置いておくとしても」


陸空と大祐は、二人して屋上にいた。そして先客を給水タンクの裏から見守って……いや、窃視というのだろうか。をしていた。

それも、再び例の二人である。

「不知火と坂田がそこまでやる関係だというのも驚きだが、何でここにいるって分かるんだ」

至極当然の問いかけを最小限の声量で尋ねる大祐に対し、陸空はどや顔で言ってのけた。

「それは野生の勘だ」
「激しく突っ込みを入れたいんだが」
「ほら、そう言っている間に」

 他人がやっている様子を眺めて興奮する性質ではないが、陸空は完全に研究対象でも眺めているように真剣に見ていた。そうして、油断していたとも言える。

「大祐?」

不意に、背中から体温に抱き込まれた。言うまでもないが、その相手は大祐以外にいない。戸惑って身
を捩ると、ますます拘束が強くなる。

「大祐、何を……」
「しっ、黙って。聞こえるから」

 言われてはっと顔を上げると、向こう側では何も知らない二人がむつみ合っているのが見える。バレていないことに息をつきながら、大祐の体温を感じて、次第に速くなる鼓動が胸を打つ。

そうしている間に大祐の手が伸びてきて、ベルトからシャツを抜き取られた。

「……っ、え、ちょっ……ん……」

声を上げかけたところを慌てて堪えると、褒めるように唇を撫でられた。触り方が明らかに性的な意味を含んでいて、やらしい。

 そして唇を撫でるだけでは終わらず、指先は口の中に侵入してきた。

「ん、ぅ……」

唾液が大祐の指にまとわりついても、構わずに口内を弄んでいく。間違えて噛んでしまわないか気が気ではない。ねばついた指先にねっとりと歯列を擽られ、もどかしいような感覚が込み上げる。

 しかしそっちに気を取られていたところ、もう片方の腕はシャツの中に入ってきて素肌を撫でた。びくりと反応すると、その反応さえ楽しむように滑らせてきて、少しずつ上ってくる。

「っあ、……」

 爪先が突起を引っ掻いた途端、高い声が出そうになって、弾みで大祐の指が口の中から押し出された。歯を食い縛って堪えようとするうちに、胸元を弄り始めていた指先が止まり、ひたりと掌を当てられる。
「心臓、すごいな」
「!」

一際高く鼓動が跳ね上がる。このままではまずいぞ、と思った。大祐も自分も息が上がってきていることに気が付いたからだ。

「大祐、俺たちは勉強をしに来たのであって、こんなことしようなんて一言も……」

「見るより実践がいい。それに、『もし俺たちがそんなことをするとしたら』、なんて考えている時点で、いつか俺とすることを前提にしているだろ」
「!待っ……そうだとしても、それは今じゃな……っん」
「俺は今がいい」

そう告げて、反応を確かめながら陸空の胸の粒を捏ねたり引っ張ったりし始めた。そんなところに自分の性感帯はないはずだったが、徐々に主張し始めたそれは、赤く色づいてきている。

大祐の指先が触れるだけで痛みと、それとは違った感覚が込み上げてきた。

「うまそうだな」

まるで熟した果物でも評価するように、大祐は舌なめずりしながら言った。妄想で何度も考えたが、現実はもっと生々しく、腰に来るものがある。こんなにエロい大祐の声は知らない。妄想なんかでは追い付けない。

「食っちまいたいけど、その前にこっちを可愛がらないとな」
「っ……!」

 ベルトをかちゃつかせて、何を始めるかは考えるまでもない。ずり落ちていくズボンの隙間に潜り込んだ大祐のごつごつとした手が、下着の上からそれをなぞった。

「待っ……、ぁ……」

制止の声をものともせずに、形を確かめるように辿っていき、柔らかく握り込まれた。びくりと陸空が震えると、手の中でそれも反応する。

薄い生地に隔てられた感触がもどかしいと思いかけたところで、不意に後ろから伝わる固いものを感じた。

手を回すと、自分のものより大きいそれに触れる。窮屈そうにしていた。

「大祐、勃起してる」
「わざわざ言うな」
「出してやろうか」
「いや、今はいい。お前のが先」
「じゃあ口で」

 勢いで口走ると、大祐は一瞬固まった。また何かやらかしたらしい。

「……すごく魅力的だが、それなら俺が先にやりたい」
「いや、俺が先にやる」


そんな押し問答を続けるうちに、声が大きくなってきていたらしい。二人して、近付いてくる気配に気が付かなかった。


ぱしゃっとシャッターを切るような音がして、何事かと振り返ると、揃って眩しいほどのおかず二人……いや、イケメン二人が笑っていた。後光が差していると半ば本気で思いかけたが、ただ太陽を背負って立っている坂田と不知火である。

「言ったでしょ、絶対お仲間だって」
「いい絵が撮れたな」

二人して何やらニヤニヤと言葉を交わしながら携帯を構えている。目的が見えないが、何か良からぬことを企てている顔だ。

「お前ら、勝手に写メを撮っただろう」

 さりげなく背中に陸空を庇いながら、大祐が進み出る。小声で「早くはけ」と言っている。一瞬反応が遅れたが、すぐに何のことかを察してズボンを引き上げた。今さら慌てたところで遅いが、情けない格好をしていた。

「何のことかな?」

不知火は伸びやかに惚けて見せて、坂田に視線を投げ掛ける。すると心得たように、坂田は精悍な顔を歪めて笑うと、核心をついてきた。

「人のこと言えないんじゃねえの。お前ら、こないだからこそこそと人のこと見ていただろ」
「面白いから、俺たちも見せつけてやろうってことにしたんだよね。そしたら、やっぱり君たちもお仲間でした、なんてオチ」

不知火の手のひらで掲げられ、ひらひらと振られている携帯の画像は、先ほどの自分たちに違いない。ざっと血の気が引いた。

「俺はただの変態だと思っていたけどな」
「坂田は考えが浅いよー」
「何だと」


勝手に二人で言い愛……失礼、言い合いを始めてしまいそうなところで、大祐が声を絞り出す。

「それで……お前らは何が望みだ。俺たちを晒し者にでもするのか」
「んー、どうしようかな。ねえ」

不知火が考える素振りを見せて、坂田を見やる。嫌な予感がした。

「俺たちもこんなことはしたくないんだが……ちょっと遊びに付き合ってくれないか」
「遊び?」

 大祐が声を震わせた。見ていられない。お得意の妄想力で、陸空にはこの後の顛末をはっきりと予測できてしまった。自分が辱しめを受けるのは構わないが、大祐が危ない目に遭うのは避けたい。いくらなんでも3Pとか4Pは初心者には早すぎる。

そこで、陸空は最終兵器を取りすことに決めた。

「ちょっと待った」

声を張り上げると、三人の視線が陸空に集中する。陸空は悲壮感に包まれた表情で苦渋の告白をした。

「ずっとお二人の追っかけをしていました。隠し撮りもありますが、二人の関係を色々と妄想して作品にし、コミケで販売したことも多々あります。申し訳ありませんでした」

土下座せんばかりの勢いで頭を下げると、沈黙が返ってくる。あまりに長過ぎる沈黙だった。
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