魔糸使いの魔道具生活(仮)

天界

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021,ミネルバ・カッツェ

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 行きにみた景色を逆走し、多少の魔獣に追いかけられはしても、特に問題はなく港街ダンズまで戻ってくることができた。
 もうボクの力の一端をみているミネルバに隠す必要もないので、追いかけてくる魔獣はすべて殺して、魔石のみ回収してある。
 とはいっても、ミネルバがボクの魔糸による攻撃を認識できるわけがないので、追いかけ始めた魔獣がいつの間にか消えているといった感じで気づいただけだ。

 ミーグスの足なら振り切れるとはいえ、やはり魔獣に追いかけられるのは怖いらしいので、とても助かると感謝していた。
 ミーグスも、魔獣に追いかけられるのは慣れているとはいえ、やっぱりストレスになる。
 凹凸がそこら中にあり、悪路といって差し支えない道なのだから、一歩間違えれば大惨事になりかねない。
 魔獣に追いかけられていてもミーグスなら大丈夫とはいっても、絶対ではないので余計な負担はかけないのが一番だ。

「ソラさん、ありがとうね。あなたが魔獣を蹴散らしてくれたからいつもよりだいぶ早くついたと思うわ」

 結局、ダンズまでにかかった時間は、行きよりも十分以上早かった。
 それはミネルバも体感的にわかったのか、嬉しそうに感謝の言葉を口にする。
 ミーグスも心なし機嫌が良さそうだし、万々歳だね。

 港街ダンズの門の前には、朝同様に何台かの荷馬車が待っており、運搬はそこまでの約束だ。
 何せボクは街に入れないからね!

 迷宮街でのトラブルなど、おくびにも出さずに取り引きを済ませるミネルバに少し感心する。
 青い顔をしてソファーから立ち上がれないくらい怯えていたのに、大したものだ。

 そのあとは、一度別れてそれぞれ別行動をとるはずだったのだが、ミネルバがボクについていくというので、一緒に行動することになった。
 気丈に振る舞ってはいても、やっぱりまだ怖いのかな?
 ボクといれば、大概のことはどうとでもなる。
 銀証級とやらが束になって襲ってきても、ボクなら一歩踏み出す前に全員の首を切り離すことくらい朝飯前だしね。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 まだお昼までには時間がある。
 昨日の続きで聖竜湖の探知をしようと思っていたけど、ミネルバが一緒なので予定を変更するとしよう。
 どうせなら、ミネルバが仕事をとってくる様子とかみてみたい。

「ミネルバ。仕事」
「え? ああ、うん。大丈夫よ。ベルフェゴール商会から明日以降の依頼も受けてるし、ほかにも色々ととってきてるから」

 ミーグスを門前の巨大厩舎に預けに一緒に行くついでにその旨を伝えてみるが、いまいち伝わっていない。
 まあ、ボクの言い方が悪いんだろうけど、もうちょっと察してくれないかな。いや、無理か。

「見たい」
「え? 依頼書がみたいの?」
「違う。仕事をとってくるところを見たい」
「あ、あー。そういうことね。ねえ、ソラさん。あなたが無口なのはわかってるんだけど、もうちょっと単語を増やせないかしら? その、難しいかな?」
「むぅ」

 かなり頑張って長文にしてみたらやっと伝わったようだけど、ミネルバから無理難題が逆に飛んできた。
 ボクとしてはこれでも頑張ってるんだけど。
 それにボクは別に無口なわけじゃない。
 ちょっと言葉にして出すのが苦手なだけだ。

「ま、まあ、いますぐにってわけじゃないわ。きっとそのうち慣れれば大丈夫よ。ね」
「むぅ」
「うーん……。ごめんなさい。ソラさんはソラさんなりに頑張ってるのよね。私もソラさんの言いたいことを理解できるように頑張るから、お互いにってことでどうかしら?」
「がんばる」
「よかった。少しずつ頑張っていきましょ」
「ん」

 口を尖らせて不満を訴えていると、ミネルバも努力してくれるというので、ボクも妥協することにする。
 確かに言いたいことが伝わらないのは面倒だ。
 理想は何も言わないでも察してくれることだけど、さすがにそこまでは無理だろう。
 他人とうまく付き合う方法は、お互いの妥協点をみつけることだ。
 でもその妥協点はお互いの力関係によって変わる。
 今のボクたちの力関係では、この辺がちょうどいい。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ミーグスを預け、徒歩で向かうのは壁外にある商店だ。
 ミネルバの話によると、運搬する木箱はいつでも満載なわけではないらしく、複数の商店でひとつの木箱に物資を詰め込んでいくこともあるらしい。
 一度に五箱頼むほうが珍しいのだそうだ。
 朝の運搬は、初日の一番目の仕事だったので、頑張ったそうだ。

 二回目となる昼の運搬は、それぞれ一箱単位でいくつかの商店からとってきたパターンなので、迷宮街で下ろすのも複数の場所になるそうだ。
 ただ、一箱を複数の商店で使う場合は、どこからひとつの商店に集まってもらってそこから自分たちで運んでもらう形式らしい。
 全部回っていたら面倒だしね。
 ボックス持ちが貴重でなければ、そういった面倒な作業もしなければいけないだろうけど、こちらのほうが立場的には上となるので必要ないそうだ。

 ミネルバの今回の営業活動は、基本的に迷宮街で店を出していて、且つ懇意にしている店を周る形で行われている。
 ダンズの中で営業しているような店はそうでもないらしいが、壁外の場合は少しハードルが下がる代わりに、値段的にも落ちる。
 運搬する量も減るので、木箱に隙間なく詰め込むようなこともない。
 それでも荷馬車での運搬よりは求められる。

 意外と荷馬車の運搬は経費がかかるのだそうだ。
 まず、荷馬車を自前で持っている場合でも、護衛を雇ったり、荷馬車を引く魔獣などの世話代、御者も出さなければいけないし、何よりミーグスと違って魔獣に襲われれば逃げることができない。
 朝や夕の大所帯での移動でもない限りは、魔獣は普通に襲ってくる。
 そうなると、どうしても被害が少なからず出てしまうものだそうだ。
 無傷であっても、護衛に対して多少の料金の上乗せは必要になる。
 無論、襲われる前提で護衛を雇っているのだから、魔獣を追い払うのも仕事のうちではあるが、慣習や襲われない場合などもあるため、そういう形式になっているみたいだ。
 魔獣に襲われなければある程度出費を抑えることができ、襲われれば襲われた回数だけ料金を上乗せする。

 それに、基本的には朝夕の大所帯に同行するといっても、自前で護衛を雇わず、周囲の冒険者たちに魔獣の排除を期待するような寄生行為は歓迎されない。
 自分たちを標的にしているならともかく、他人を命がけで守るほど冒険者たちも甘くはない。
 それも寄生行為をしているような荷馬車なら尚の事。
 そういったこともあり、冒険者が数多く同行する場合でも護衛は雇うのがあまり前なのだそうだ。

 冒険者は冒険者で、商人の荷馬車をターゲットとする魔獣をスルーするわけではない。
 助けることで恩を売れるのはもちろん、討伐した魔獣を運んでもらえたりするからだ。
 無論、荷馬車に余裕があったり、持ち主の許可があればの話だが。
 助けてもらっておいて、余裕があるのに断る商人は少ないらしいけど。

 襲ってくる魔獣の対処をすれば、当然集団から遅れるものも出てくる。
 欲張って解体で時間をとられたりしても、当然ながら集団は待ってくれない。
 魔獣の排除にはそういったデメリットもあるが、襲われれば対処するほかない。
 同じパーティを組んだ仲間であれば、排除後の解体などの問題も意思統一が簡単かもしれないが、仲間以外が戦闘に絡み、分前を要求してくる場合はそうもいかない。
 そういったことの対処法として、様々なルールや慣習があるのだが、ストルトム王国では決定打を与えたものたちが権利を主張できるそうだ。
 安全地帯から矢を一本射って、分前を要求されてはたまったものではないわけだしね。
 その決定打というのも、なかなか曖昧だと思うけど。

 自前の荷馬車を持たない商人でも、迷宮街とダンズを往復している馬車に委託することもできる。
 利用している商人も多いが、利用料金はそれなりに高い上に道中での破損や紛失があっても保証はされない。
 高い料金を払って運搬しても、破損や紛失があってはそれ以上に費用がかかってしまうが、それ以上に迷宮街では稼げるので問題ないらしい。

 こうして教えてもらうとわかるが、同じ料金をとっても、ボックス持ちなら破損や紛失もないし、何よりミネルバの場合はミーグスがいるから早い。
 ベルフェゴール商会のような大店でも依頼してくるのが理解できる。
 ただ、ミネルバの場合は信頼関係を大事にしている商人なので、小さな商店でも仕事をとってくるみたいだけど。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 お昼近くまで数件の店を訪ねたミネルバは、その全てから仕事をとってきた。
 ボックス持ちのボクがいるからなのか、ミネルバの腕がいいのか。
 はたまたその両方なのかはいまいちわからない。
 だって、ミネルバの交渉方法は世間話をしていたとしか思えないのだもの。
 それでもいつの間にか依頼がまとまり、仕事をとってきている。
 とてもではないが、ボクには真似出来ない。

 まあ、ボクは商人ではなく、魔導人形なんだから別に問題はない。
 く、悔しくなんてないんだからね!

 馴染みの相手との商談をいくつもまとめたからなのか、ミネルバの調子もだんだんと戻ってきたようだ。
 もう、顔色も良いし、冒険者をみてびびったりもしていない。
 そんなつもりはなかったけれど、いつものルーチンワークとでも呼べる商談をしたことで、気持ちをフラットに戻せたのだろう。
 ボクの深呼吸と同じものだ。

 つまりは、ボクのおかげだね!
 もっと感謝してもいいんだよ、ミネルバ!

「ソラさん、そろそろお昼だけどどうする?」
「決まってる」
「そうなの? じゃあ私も一緒でいい?」
「大丈夫」

 せっかくなので、ミネルバにも醤油の素晴らしさを教えてあげることにした。
 きっと今頃、ボクのためにたくさん魚介類を仕入れた露店の店主が待っているだろう。
 ……名前、なんだっけ?

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