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038,普通の少年とむさいおっさん

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 オークションの翌日から、宮園嬢とミリー嬢は、それぞれ手にした書物を読み耽り、ときどき魔法式を書きなぐったり、魔法を使ったりしているみたいだ。
 ミリー嬢はそれ以外にもオレが課したノルマがあるが、それはきっちりこなしてくれているので何も言うことはない。
 遠目からタイトルを見たに過ぎない書物が、本当に魔法式の本であったことには、ミリー嬢の研究者としての勘に感心したが、その中身にはさらに驚いた。
 今までの参考にしたり、改良したりしてきた彼女の父親の残した資料や本よりもずっと深い内容のものであり、これまで作ってきた魔法式の大幅な改良ができる可能性を秘めていたのだ。

 たとえば、複数の魔石を連結させて、擬似的に魔力総量を増やす方法など、完成には至っていないがゴーレムAIを使えば完成しそうなものがいくつもあった。

 生成する数が多いとはいえ、ゴーレムAIは一体のゴーレムにつきひとつだ。
 魔石を連結させて魔法式の刻まれた魔石の魔力ではなく、擬似的に繋げた魔石のほうの魔力を消費させる、魔石バッテリーともいえるものも、実は完成している。
 ただし、ゴーレムを魔石の数だけ必要とするので、すべての魔道具に使うわけにはいかない。
 しかし、魔石バッテリーは非常に有用なので、ストレリチアの装備に搭載されている安全対策の魔道具にはすでに使用されている。
 人数も少ないし、装備自体もそう多いものではないので可能な芸当だ。
 だが、以前と比べると稼働時間も回数も飛躍的に増加しているのもあって、だんだん深くなってき迷宮探索で活躍してくれている。

 そのストレリチアは、現在第三区画の迷宮であるトレスの三十六階層あたりまで探索が進んでいる。
 過去の踏破者の齎した情報によって、トレスの最下層は百階層であることがわかっている。
 まだ半分にも到達していないが、トレスを探索している現在の探索者の最前線は七十七階層らしいので、迷宮探索を始めて半年も経っていないストレリチアとしては破竹の勢いだろう。

 教官を務めている三名の元探索者たちは、それぞれ五十階層あたりが最大到達階層らしい。
 平均的には三十階層から四十階層あたりをメインに活動していたそうなので、すぐにストレリチアに抜かされそうだ。
 ただ、迷宮は構築される空間がてんでバラバラなので、階層が深くなっても魔物の強さが変化するだけで、地形に関する情報はあればある程有効だ。
 一定周期での再構築が行われるまでは、細かい地形情報は価値が高いし、大まかな情報でもないよりはずっといい。

 特に、六十階層以降の地形情報はかなり高い価値を持っている。
 このあたりになると、地形が変化する周期も長くなり、深い階層になればなるほど厳しい環境になりやすくなるからだ。
 そもそも、六十階層は一種の壁になっているようで、到達できる探索者が限られている。
 情報を持っているもの自体が稀少だし、彼らもそんな情報を安く売ったりしない。
 高い金を払って教えてもらった情報を漏らすわけもなく、情報の価値は維持されているようだ。

 さらに深い階層になってくると、入り口の転移陣からある程度ショートカットが可能になる。
 ただ、もちろんそう簡単なものではなく、いくつかの階層に時々現れる強力な魔物――ネームドを討伐すると得られる特殊な魔石が必要になるようだ。
 そのため、時間をかければ到達可能な低階層で使うものは少ない。というか、いない。

 ネームドが出現するのも、六十階層以降が多いようだし、そもそも滅多に遭遇できない上に、強い。
 ショートカットが普及していないのも理解できるというものだ
 ちなみに、その特殊な魔石を使ってのショートカットは魔石ひとつにつき一回だけである。
 転移陣の上にさえ乗れれば全員転移できるのだが、それでも運べる人数や物資の量は限られる。
 さらに、特定の階層にしかショートカットできないし、帰りは使えない。
 色々と制限はあるが、ネームドを発見したら絶対に逃してはならないのが鉄則だ。
 まあ、倒せる戦力があるのならの話だが。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 数日が経過し、魔導義体のタイムラグもかなり改善できた。
 そろそろバルドに試してみるとしよう。

「旦那。すいやせん、今はやめたほうが……」
「そこまでストレスが溜まっているのですか?」
「リハビリがまったくうまくいってねぇんですよ。そのせいでかなり気がたってるんですわ」

 隔離施設へやってきたのだが、ちょうどマッシブも来たばかりだったようだ。
 リハビリがうまくいっていないのは、彼にあげさせている報告書でもわかっている。
 だが、思った以上にストレスになっているようで、入室を止められてしまった。
 では、オレに八つ当たりされても困るので、無力化しよう。

「んー……。そうですね。じゃあ、眠らせてください」
「だ、旦那……」
「拘束のほうがいいですか?」
「す、少し時間をもらえやせんか?」

 オレの言葉にたじろぐマッシブだが、せっかく魔導義体が実用段階に達したのだから早く試したい。
 だが、マッシブは引く気はないようだ。
 実力行使に出られても困るし、ここはこちらが引いてやるか。
 でも――

「……わかりました。では、落ち着いたらすぐに報告をしてください。それと、リハビリに効果的な魔道具が見つかったので、そのことを教えてあげてください」
「ほ、本当ですか、旦那!?」
「ええ、本当です」
「今すぐ落ち着かせてきやす!」

 現金なもので、オレの言葉を聞いた途端マッシブがバルドの部屋へ駆け込んでいった。
 オレの持って来る魔道具の性能が普通ではないことを、マッシブはよくわかっている。
 オレが効果があるといえば、本当にあるということを彼はいやでも理解しているのだ。
 ……というか、始めからそういえばよかったな。失敗失敗。
 調整を頑張った分だけ、オレも気が逸っていたらしい。子どもか!

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 しばし待つと、マッシブが戻ってきてバルドが落ち着いた、というより期待の眼差しで待っていることを伝えてくれた。

 入室すると、ベッドで体を起こすことだけはなんとかできているようで、緊張した面持ちでバルドは待っていた。

「お館さま! よろしくお願いします! あっ」
「バルド! 大丈夫か!?」
「す、すみません、マッシブさん……」
「気にすんな。旦那がおまえのためにとびっきりの魔道具を用意してくれたんだ。おまえはすぐよくなる」
「はい……。はい!」

 バランスを崩したバルドをマッシブがすぐに支え、励ますという、美しい光景なのだろうと思うのだが、見た目的には普通の少年とむさいおっさんなので、どうにも感動が伝わりにくい。
 これが美少女とイケメンだったら、物語が動き出すところだったりするのかな?

 そのあとは、ベッドに寝かせたバルドに魔導義体を取り付けるために麻酔の魔道具を使う。
 今回は魔導義手なので、以前再生させた腕は邪魔だ。

 説明を受けてふたりもかなりびびってはいたが、納得してくれたのですぐさま手術を始める。
 基本的に再生させた肉体は繋がっているだけなので、専用の魔道具で簡単に外せるようになっている。
 脳のリミッターが作動しないので、暴走した際にすぐさま無力化できるようにしてあるのだ。
 安全対策は万全だ。

 同じ様に、魔導義手も簡単に外せるし、逆に簡単に繋げることができる。
 その辺は同じシステムを流用しているので問題ない。

 ただ、激痛が発生する。
 そのための麻酔の魔道具だ。
 暴れられても困るからね。

 バルドの意識が落ち、麻酔が十分に効いたのを確認したあと、右腕を取り外し、魔導義手を接続する。
 マッシブがなんともいえない顔でその光景をみているが、そんな顔をするくらいなら見なければいいのに。

 魔導義手は、すでに金属の骨組みの状態ではなく、疑似生体をかぶせてあるので一見して人間の腕と変わらない。
 ただ、触ってみるとかなり硬いので違いがわかってしまう。
 その辺はまだまだ要研究だろう。

 専用の魔道具を使って、問題がないか最終確認をして麻酔の魔道具を停止させる。
 すぐにバルドが目を覚まし、右腕が変わっていることに気づく。

「じゃあ、バルド。今から言うとおりに右腕を動かしてみて」
「は、はい! ……こ、これ!? す、すげぇ……。腕に、腕に感覚がある!」

 魔導義手に仕込まれたオレのゴーレムたちを起動すると、すぐにバルドの魔力が義手に流れ始める。
 完全に魔力が循環したところで、バルドも感覚が復活したことにかなり驚いているようだ。
 再生させた肉体はただ繋がっているだけで、感覚までは再現できていなかったようだからね。

 だが、魔導義手は違う。
 通常の肉体のすべての感覚を再現できているわけではないが、それでもゴーレムAIのおかげでそこそこ再現できているはずだ。
 実際、バルドの反応からもそれがわかる。

「感動しているところ悪いけど、指示通りにやってくれるかな?」
「は、はい! すみませんでした! もう大丈夫です!」
「じゃあ、まずは――」

 確認を進めていくと、本来のスペックの三分の一程度しか性能を引き出せていないことがわかった。
 それでも、今までの擬似生体では不可能だった動きが短時間でできるようになっている。
 リハビリがほとんど必要ないほどの滑らかな動きだ。
 まあ、これなら日常生活には困らないレベルだろう。

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