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029,魔道具
しおりを挟む第二支店の支店長となったオーナ嬢は色々と忙しいようで、オレは平和な日々を送ることができていた。
ミーナ嬢も魔法袋の件でまだまだ忙しいそうなので、次回の試食会の目処すら立っていない。
おそらく次の試食会には、ふたり揃っての出席となるだろう。
というか次回以降は全部そうなるだろうが。
迷宮で経験を積んでいるストレリチアは、順調そのものだが、日々彼らの知名度は上昇している。
特に、最近では魔物の群れに襲われた資源回収班――人足を大量に連れて浅い階層で資源の回収を目的とした行動を取る探索者集団――を助けたり、第六区画で問題になっていた迷賊――迷宮を根城にした盗賊集団を皆殺しにしたりと、大活躍だ。
ただ、そうなってくると、やはり魔法袋に気がつく人間がちらほら出てきている。
すでに、大貴族や大きなクランには一、二袋程度だが、渡っているし、そちらからも噂として流れていたようだ。
ストレリチアの装備には、目立つところにベテルニクス商会の商会印が入っているため、魔法袋についての問い合わせがすでに何件かきているらしい。
そろそろ大々的に情報公開をするタイミングかもしれない。
もちろん、品薄であり、超高額商品であることは変わらないので、手に入れることができる人間は限られているだろうが。
実際は、完成した魔法袋を魔法袋に入れてたっぷりと在庫を確保してあるのだけどね。
そのほかには、ストレリチアの人数がひとり減ったことだろうか。
大手のクランからの引き抜きに応じてしまったものがいたのだ。
虫も寝静まった深夜、屋敷を脱走した少年の首が大手クランの屋敷の中で弾け飛んだことを、事前に忍び込んでいたほかのストレリチアメンバーが確認している。
そのままベテルニクス商会から人員がすぐさま派遣され、契約違反による損害賠償を求めて裁判が始まった。
この世界の裁判は日本と違って、すぐに始まり短期間で終了する。
弁護士なんかも少なく、基本的には権力と金がものをいう。
まあ、ベテルニクス商会には商会専属の弁護士がいるので、大手クランといえども探索者の集団では相手にならなかった。
首が弾け飛んだ少年は、雇い主であるオレの了解を得ずに引き抜きに応じているし、それを知りながら大手クランでも契約させていた。
少年がストレリチアの力の秘密を喋ろうとした瞬間に、ゴーレムがアウトの判定を下したので、契約違反の上、多重契約になり、あっさりと勝敗は決した。
事前に報告してくれたほかのストレリチアのメンバーのおかげでもある。
裏切ろうとする少年へ何度も説得を試みたようだが、それでも意思を翻させることができなかったため、オレへの報告へと至っている。
裏切り者の少年の末路についても、魔道具のことは明かさずどうなるかだけをメンバー全員に話した上で、契約を解除したいものは申し出るようにいったが、誰ひとりとしていなかった。
これをオレへの忠誠ととるか、申し出れば秘密裏に殺害されるととったのかはわからない。
だが、裏切ればどうなるかだけは、しっかりと理解したはずだ。
少年が裏切った理由だが、肉体改造の際に再起不能になった少年のうちのひとりが実の兄だったようだ。
自分の兄が再起不能になった恨みもあったようだが、契約違反は契約違反。
残念だが、自業自得だ。
オレもずいぶんとこの世界の命の軽さになれてきた気がする。
自らが仕込んだ魔道具で死んだ少年に、何の感慨も浮かばないのだから。
ちなみに、その少年の兄である再起不能になった少年は、もうひとりの少年とともに今現在も治療を受けている。
全面的なバックアップをしているし、見捨てるつもりもない。
ただ、ミリー嬢の開発した魔法式の実験には協力してもらっているが。
彼の弟が死んだことや、その真相については体がよくなったら話そう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お館さま、そろそろストレリチアをもう少し深い階層に潜らせてみてはどうでしょうか?」
七名に減ったストレリチアだが、元々経験を積む目的で潜っていた浅い階層ではほぼ無双状態だったこともあり、ひとり減った程度では何の影響もなかった。
しばらくの間は連携や、行動の隙間を埋めるために時間をとったが、すでに十分な結果が出ている。
教官役を務めているマーシュたち元探索者三名からも、こんな話が出るようにもなってきた。
ただ、マーシュたちは実際に迷宮に同行できるわけではないので、ストレリチアの報告と日々の訓練の状況をみての進言となる。
本当は同行させて確認するのが一番なのだが、彼女たちの体では着いていくのですら難しい。
ストレリチアが虚偽の報告をしているとは思っていないが、今のところひとり減った以外は順調過ぎるほどに順調だ。
何か落とし穴がないか再確認したい。
やはり、第三者の目が必要か。
「そうですね。検討してみましょう。ですが、現在は今まで通りの層で経験を積ませてください」
「わかりました。よろしくお願いします」
一先ずは現状のまま経験を積ませ、第三者から報告をさせることにした。
使うのは、当然ほかの探索者、などではない。
「エドガーさん。頼みましたよ」
「お任せください。お館さまから預かったこの魔道具があれば失敗するほうが難しいでしょう。では、行ってまいります」
身体能力向上の魔道具の実験の際にも協力してもらった護衛のエドガーは、その後もいくつかの魔道具の実験に協力してもらっている。
そういった事情もあり、ストレリチアにも渡していない魔道具をいくつもエドガーは使用した経験をもっており、無論、秘密厳守の契約を交わし続けている。
契約もあるし、様々な新作魔道具の使用経験などからも、今回の第三者視点での監視に最も向いた人物だろう。
彼には監視のための魔道具をいくつも持たせたので、元探索者の経験も活かしやり遂げてくれるだろう。
あとは結果を待つだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ところで、魔道具というものは、一般的には棒の先に魔石がついた形状をしている。
棒は魔力の伝導率が比較的高く、安い金属である銅が使われている。
棒に魔力を通すことで魔道具は発動し、ある程度のイメージで強弱を決定することができる。
魔石の中に蓄えられている魔力が尽きるまでは、何度でも繰り返し魔道具を使うことができる。
魔力が尽きればそこで魔石が砂のように崩れ落ちてしまうので、基本的に消耗品だ。
だが、オレが作っている魔道具はそんな形状はしていない。
たとえば、極小のゴーレムを内蔵した裏切り防止用の装身具の場合、腕輪や足輪、指輪などの形状をしており、金属の中に魔石が埋め込まれている。
これはもちろん、他者の使用を計算に入れていないからできる形状ではあるが、そのほかにも魔石が露出していない魔道具の形状のものはたくさんある。
要は魔法式の刻まれた魔石に魔力を通せればいいので、魔力を伝えられるものに触れられればいいのだ。
なぜ魔石がそのまま露出しているのかは、単純にコストの問題だろう。
余計なものを省いて極限までコストを軽減することによって、一般人でも購入しやすい値段まで落とすことに成功しているのだ。
それに、魔石の大きさは内包する魔力量によって、ある程度一定なので、棒部分を大量生産できるのも理由のひとつだろう。
魔道具を作っている魔法使いが棒部分を購入し、魔法式を刻んだ魔石をセットする。
これで魔道具が完成になるのだから、作る側としても簡単でいい。
詰まるところ、製作における簡易性とコストの両立による結果なのだ。
では、魔物や自然環境が敵となる迷宮においてもこれで問題ないかというと、そうではない。
魔石がむき出しになっている魔道具は、ちょっとした衝撃で破損する。
魔物に攻撃されたりしたら、直撃どころかかすっただけで魔石が砕け散ってしまうほどだ。
武器としての魔道具などには、対策として金属のカバーがしてあったりするが、所詮はその程度だ。
オレの作っている魔道具で一番多い形状のものは、対衝撃素材を内部に敷き詰め、それを小型の鋼の箱に入れたタイプだ。
箱を専用の魔道具ホルダーにセットすると、魔力を通しやすい特殊金属のケーブルを通して使用することができるようになっている。
ホルダー内の箱を切り替えることで、いくつもの魔道具を瞬時に使用可能にしているのだ。
ホルダーには、使用者の好みに応じて十個まで自由に魔道具をセットできるようになっている。
ストレリチアたちを使った実験で、平均的に両手の指の数までが自由に扱える上限だとわかっている。
魔道具ホルダーも、専用の魔法袋に収納することで、戦闘中にケーブルを切断されにくいように設計されている。
指にケーブルがつながっているので、手を怪我してしまうと使えなくなる可能性があるが、そういったときのために非常用の魔道具ホルダーが腰のポシェットや装備の隙間などにいくつも内蔵されている。
ちなみに、使用回数は各自自分でカウントするか、鋼の箱を確認することで大体わかるようになっている。
この辺りは改善のために色々と考えているが、まだ実用段階には至っていない。
とにかく死なないため、生き残るための工夫が施されているので、体中に魔道具ホルダーが装備されている形だ。
魔法袋がなかったらこんな芸当は不可能だったろう。
端からみればどこにそんなに魔道具があるんだ、というくらいに詰め込まれている。
ストレリチアの装備は基本的に統一されているが、指に接続されている魔道具ホルダーだけは各自の好みに合わせて変更が効くようになっている。
強力な威力がある魔道具ばかりをセットしているものもいれば、防御に重点をおいた構成にしているものもいる。
各々の性格がよく出る組み合わせだろう。
武器になる魔道具ばかりを装備しているのは少女だが、彼女はオレたち以外の人からは魔法使いだと思われているみたいだ。
実際は簡単な魔法すら使えないのだけどね。
それだけ潤沢に魔道具を使っている。
もちろん、オレの許可は出ているので問題もない。
何せ、彼女たちが一日に消費する魔道具よりも、生産数のほうが多いのだから。
オレのゴーレムたちは実に働き者だ。
ただ、深い階層に潜るようになれば、魔道具の補充もできなくなる。
魔法袋があるとはいえ、長期間の迷宮探索ではいずれ問題になるだろう。
その辺りの解決策をミリー嬢と一緒に考えてはいるのだが、なかなかに難しい。
単純に別の魔石などから魔力を補充できればいいのだが、オレたちの手ではどうやってもそれができない。
しかし、アーティファクトでそういったものがあるという話を聞いたことがあるので、絶対に無理なわけではないようだ。
ベテルニクス商会にも頼み、そのアーティファクトが手に入らないか検討しているが、今のところ解決には至っていない。
せめて、魔法式だけでもみれればなんとかなるのに。
順調に進んでいるとはいえ、まだまだ課題は山のようにある。
ひとつひとつ丁寧に取り除いて、ゆっくりと進むしかないようだ。
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