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027,ストレリチア
しおりを挟む極小サイズのゴーレム内蔵装身具は、特定の行動を感知すると、内部に格納されている魔道具を発動させることができる。
その特定の行動というものも、かなり細かく、なおかつ間違いがないように複雑に設定が可能だ。
さらには、オレからどこまで離れたら行動不能になるのかを検証したところ、オレがオーナ嬢に助けてもらったあの始まりの草原に至っても問題なかった。
この結果から、オレのゴーレムの活動範囲に距離はほぼ関係ないのではないかと推論が立っている。
アレド大陸の端から端まで届くようであれば、迷宮の深部に至ったとしても問題なさそうだ。
もちろん、迷宮の様に転移で移動する空間でも、実際に試したので大丈夫だ。
ただ、確認できたのは浅い層だけだ。
そのうち、迷宮の深部でも動作するのか確認したい。
実験結果からわかるように、迷宮の探索を開始している。
まずは経験を積むために、浅い層のみに限定して活動させているが、すでに耳ざとい探索者や冒険者たちの間では噂が広まりつつある。
突然現れた少年少女たちで構成されたパーティ――迷宮探索における二名以上の集団――が浅い層で暴れまわっている、と。
しかも、その集団の装備にはベテルニクス商会の商会印が刻まれており、装備の質も高く、何よりも強い。
彼らに発見された魔物は、例外なく討伐され、そしてその死体がなぜか残らない。
彼らが荷車や荷物運びの人足を連れているわけでも、彼ら自身が大荷物をもっているわけでもないため、噂は尾ヒレを盛大に生やして、怪談の類のようにすらなっていたりもする。
そう、魔法袋の運用も開始している。
もちろん、最新の注意を払って使用するように厳命しているので、今のところバレてはいないようだ。
ただ、そのうちバレるだろう。
そうなったら、もっと小さいものを少量ずつベテルニクス商会から売り出す予定になっている。
少数による希少価値と、ほかの探索者たちに旨味を完全に渡さないためだ。
ならば売らなければいいだろうと思うが、そうなると今度はオレの専属探索者たちが狙われることになる。
リスクを回避するためには仕方ないことだ。
魔法袋の利便性を考えれば、十分にお釣りがくる。
尚、迷宮探索を開始したことにより、八名の専属探索者候補たちには正式にパーティ名を与えた。
彼らは今後、ストレリチアと呼ばれることになる。
輝かしい未来、という花言葉を持つ極楽鳥花からとったものだ。
この世界に極楽鳥花があるのかは知らないが。
ちなみに、別に好きな花というわけではない。
エドガーにパーティ名があったほうがいいと助言をもらったので、なんとなく浮かんだからこれにしただけだ。
だが、専属探索者候補たち八名には非常に好評なようだ。
意味も教えたからだろう。
彼らの未来が輝かしい光で満ちていますように。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ストレリチアの迷宮での運用が開始されてから数日。
まだまだ浅い層で経験を積ませているが、その成果は上々といえるものだ。
ほとんどの探索者や冒険者は、今まで運搬の都合上、有用な魔物の部位のみを持ち帰っていたものが、死体を丸々持って帰ってくるし、その数も多い。
迷宮の深部にある大結晶をとってくるのが最終的な目標ではあるが、だからといって戦闘ばかりでは深部にすらたどり着けない。
ときには迷宮に存在するものだけで生き抜かねばならないときだってある。
そういったときのために、採取などをして、食べられるものや有用なものの知識を身に着けておかなければならない。
ほかにも、様々な地形や気候を覚え、ときには自然災害なども迷宮では発生するので、その対処法なども学ぶ必要がある。
そこで、役に立ってくるのが、三名の教官たちから聞き取りを行なった情報だ。
継続してストレリチアの教官として雇用しているので、そのまま彼らは迷宮の情報を学んでいる。
第三区画以外の迷宮へも出向かせ、様々な地形や環境にも実際に慣れさせる訓練も行なっている。
とにかく様々な知識や技術を習得しなくては、迷宮攻略は遅々として進まないのだ。
そうやって、今日もストレリチアは別区画の迷宮へ遠征にいっているのだが、オレはといえば、第一区画にある転移施設へと足を運んでいる。
なんと今日はベテルニクス商会の次女であり、オレの命の恩人であるオーナ嬢が迷宮都市へとやってくる日なのだ。
それも一時的滞在ではなく、第二支店の店長としてやってくるそうだ。
現在、ベテルニクス商会は、第二支店も順調で、第三支店の話もでているくらいなのだそうだ。
最近ではストレリチアが持ち込む魔物や採取した様々な素材のおかげで、かなり売り上げも伸びているそうだ。
特に、魔法袋。
未だ一般販売はされていないが、一部の貴族や超一流の探索者へ少しずつ販売されている。
そのため、ミーナ嬢の負担が大きくなってしまっているのも第二支店をオーナ嬢に任せることになった要因でもある。
魔法袋の噂を聞いたほかの貴族や探索者たちからもせっつかれているらしく、今までにない忙しさでてんてこ舞いのようだ。
もちろん、稀少且つ、製作にかなりの日数がかかると説明しているので、今すぐよこせと強権を奮ってくるものは少ない。
そういった人物には、すでに手を回し終わっているあとだからだ。
さすがはミーナ嬢。対策はばっちりだ。
そういうわけで、忙しいミーナ嬢に代わって、オーナ嬢を迎えに来たわけだが、ベテルニクス商会から派遣されている人間もたくさんいるのに、転移の間の前に用意されている控室にはオレしかいない。
護衛のエドガーたちまで排されているのはなぜだろうか。
一応自衛の魔道具は極小ゴーレムに内蔵して、いつでも身につけているから大規模な襲撃でもなければ人が来るまで持ちこたえる自信はある。
まあ、厳重な警備が敷かれている転移施設なので、そんなことは起こらないだろうが。
しばし控室で待っていると、隣の部屋から声が聞こえてきた。
どうやらオーナ嬢たちが到着したようだ。
立ち上がって出迎える準備を整えると、控室の扉が開き――
「ソウジ様! お久しぶりです!」
「おっと……」
「全然会いに来てくださらないのですから、寂しかったです」
オレを見つけるなり駆け出したオーナ嬢が勢いよく、胸に飛び込んでくる。
ミーナ嬢といい、オーナ嬢といい、オレは彼女たちにここまで好かれるようなことをしただろうか。
いや、ミーナ嬢には試食会や商談を通じてかなりの利益を提示しているし、支店が増えるきっかけともなった改善案などもあるので、まだわかる。
だが、オーナ嬢とは、ギテールの街に滞在している間しか接点がない。
まあ、今思い返してみれば、それなりにこの世界でもやれそうな技術革新を雑談で話していたと思うので、それだろうか。
「オーナ様、皆がみていますので」
「構いません。むしろ、私とソウジ様の仲を周知するには打って付けではありませんか? それに、オーナ、です」
どうやら、オーナ嬢の攻勢はミーナ嬢より強めらしい。
自ら手勢を率いて行商を行なっている行動力のある娘さんなので、さもありなん。
しかし、オレはこの世界で誰かを好きになるつもりはない。
迷宮攻略も始まったばかりだし、ここで自分に足枷をつける愚を犯すほど考えなしでもないのだ。
「すみません、オーナ様。そういうわけにもいかないのです。ご理解ください」
「もう……。ソウジ様は本当に奥ゆかしい方ですね。わかりました。私も困らせたいわけではありませんもの。ですが、これだけは知っておいてください。私はお姉さまに負けるつもりは毛頭ありませんから」
苦笑してやんわりと抱きついていたオーナ嬢を離すと、少女とは思えない妖艶な笑みでそんな宣言をされてしまった。
ベテルニクス商会本店には、オレがミーナ嬢に対して提供しているレシピやアイディアは報告されていると知らされている。
しかし、まさかミーナ嬢のオレへの想いまで伝わっているとは思っていなかった。
いや、ミーナ嬢からのオーナ嬢への牽制もあったのかもしれない。
美人姉妹がひとりの男を取り合うなんてシチュエーションは夢のようではあるだろうが、今のオレにとっては遠慮したいものだ。
困らせるつもりはないと言うが、オレの手を握って歩きだした時点でどうかと思う。
だが、これがオーナ嬢の妥協点なのだろう。
手を離してくれるつもりはないようだ。
ミーナ嬢によく似た美少女と手を繋いで転移施設を堂々と移動していくのは、さすがに目立った。
とにかく目立った。
あの男は誰だ? ベテルニクス商会によく出入りしている男だ。ミーナ・ベテルニクスと親しくしていると噂が。ではあの手を繋いでいる相手は? まさか!?
といった感じでひそひそ声がひそひそ声ではなくなった辺りで、施設を出てベテルニクス商会が用意した馬車へと乗り込むことができた。
明日辺りにはミーナ嬢の耳にも入っていそうだ。
しばらくは忙しいだろうから屋敷に乗り込んでくることはないと思うが、いずれは来るだろう。
その前に試食会を開いて有耶無耶にしたい。
今回はマヨネーズを大量投入してもきっとダメだろう。
何か考えておかなければ……。
尚、馬車の中でもオーナ嬢は手を離してくれなかった。
会えない時間が想いを大きくしてしまったのだろうか。
現実のオレを知って幻滅してくれないだろうか、などと考えていたが幸せそうなオーナ嬢をみると無理そうな気がする。
むしろ、試食会などへの招待はしないわけにもいかないので、評価がさらにあがりそうで困る。
この世界に骨を埋める気だったら、どんなに楽だったろう。
いやいや、気をしっかりもて、オレ。
確かにオーナ嬢はミーナ嬢に似て非の打ち所のない美少女だ。
行動力もあり、商人としての才覚もミーナ嬢クラスなのだろう。
でなければ、家族のつながりだけで第二支店を丸々任せられるわけがない。
……いや、やばくないか? 地球でも稀なレベルの高スペックさだ。
そんな女性がふたりもいて、どちらもオレに向けて好意を示してくれている。
これは本格的に対策を講じなければいけない気がしてきた。
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