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007,揚げ物

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「素敵な晩餐にご招待いただきありがとうございます。……ところで、ラッド不動産の店長ラッド様がなぜこちらに?」

 ミーナ嬢へ恥をかかせたことへの謝罪として、手料理を振る舞うためについ最近越してきたばかりの我が屋敷に招待したのだが、貴族の夜会にも出れそうな胸の露出の高めの蠱惑的なドレスを着た彼女のテンションは非常に低かった。

 それもそのはず、彼女はきっとオレとふたりきりの晩餐だと思っていたのだろう。
 だが、来てみれば屋敷を紹介してくれた不動産屋の店長、ラッド氏もいるではないか。
 ラッド氏はラッド氏で、なぜここにミーナ嬢がいるのか理解不能であり、薄い頭に大粒の汗が浮かんでいる。
 青い顔をしてハンカチで汗を拭い続けていて、いつ倒れるかわかったものじゃない。
 ……本当にごめんなさい、ラッド氏。
 オレはまだ食われたくない。

 そうして始まった晩餐だが、先程までいつ倒れてもおかしくなかったラッド氏はどこへやら、猛烈な勢いで揚げたてのコロッケを頬張っている。
 ミーナ嬢も低かったテンションなどどこかへ置いてきてしまったようで、洗練された動作で黙々とメンチカツを食している。

 そう、オレが晩餐のメニューに選んだのは揚げ物だ。

 食用にできる油はこの世界にもあったのだが、誰も揚げ物に使ったりはしていなかった。
 むしろ、そういった油は香油や髪の艶を出すために使われているらしい。
 一応食べられるし、肌につけても大丈夫、むしろこっちのほうにしか需要がないらしい。

 それに、衣に使っているパン粉。
 これも揚げ物が存在しない原因だ。
 パンを砕いて衣にする。
 そのような発想がまだ産まれていなかったのだ。
 いずれはどこかの誰かが着想するだろうが、フッドフォール王国、いやアレド大陸では普及していない。
 様々なものが集まってくる迷宮都市ラビリニシアでもみないということは、ほかでは確実に普及などしていないというのが、トンカツに感動しているミーナ嬢の言だ。
 惜しむらくはソースがないことだろう。

 だが、塩だけでもトンカツはイケる。大丈夫だ!

 迷宮では海産資源も入手することができる。
 その日によって揚がってくるものは違うが、今日は運がいいことにタコとキスが手に入った。
 今更だが、食材は地球のものと似通ったものがおおい。
 たまに、見た目と違った味と食感のものもあるが、大半は地球のそれと同じものだ。
 都合がいいので、深く考えないようにしている。
 不思議な事もあるものだ。

 揚げ物のレシピや調理法は、商売として使えるだろうかとミーナ嬢に聞いたところ、天下が取れる、とまで言われた。
 さすがにそれは大言壮語にすぎると思うが、タコ唐揚げを口いっぱいに頬張って淑女という言葉をどこかに置き忘れてきたミーナ嬢のテンションは高すぎるので仕方ない。

 それに比べて、キスのカラカラ揚げを神妙な顔で食べているラッド氏の方がまだ冷静だろう。
 キスは小さいものばかりだったので、揚げ物尽くしということもあって天ぷらではなく、骨まで食べられるこちらにした。

「一体いくら分捕るつもりなのか」

 それがラッド氏がボソっと呟いた言葉だった。
 それだけで十分このレシピは武器になると確信できた。

 最後は、みんな大好き鶏のから揚げで〆る。
 レモンもあったが、ラッド氏は「これは邪道!」と今日一番の大声を張り上げ、逆にミーナ嬢は「全部にかけるべきです!」と戦争一歩手前だった。

 ちなみにオレはマヨネーズ派です。
 今度マヨネーズ作ろう。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ソウジ様、私はまだあなたを侮っていたようです。今日それに気づくことができました。あなたの隣に並ぶにはまだまだ未熟でした。ですが! きっとあなたの妻にふさわしい女になってみせます! だから、だからそのときまで待っていてください!」

 揚げ物祭りでお腹をパンパンに膨らませたふたり。
 途中でミーナ嬢はドレスからゆったりとした服に着替えてすらいた。
 そんな彼女が帰り際に、悲痛な表情から涙を浮かべての訴えがコレだ。

 もうなんていうか、揚げ物って偉大すぎる。

「ミドー殿、今後不動産関連で何か入り用がありましたら、すぐにご連絡を。そして揚げ物をするときは私にすぐにご連絡を。絶対ですぞ。あと、どの油を使ったほうがいいのですかね?」

 ラッド氏には、私的な使用でのみ揚げ物をすることを許可してある。
 ベテルニクス商会がレシピを料理ギルドに売り込むまでは絶対に秘匿するという証文まで書かせてあるので大丈夫だと思うが、ちょっと心配だ。
 あと、不動産関連で強い味方ができた。
 使うかどうかはわからない人脈だが。オレには不相応な大きな屋敷もあるし。
 だが、今は純粋に喜んでおこう。

 テッカテカの顔で帰っていたふたりを見送り、オレは今回の晩餐が大成功に終わったことに安堵の息を吐いた。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 翌日。
 侍従ギルドからベテルニクス商会ラビリニシア支店を経て、十数名の使用人たちが屋敷にやってきた。
 ベテルニクス商会が間に入っているので、身元も性格も技量も保証された人材たちだ。
 給金に関しては、ベテルニクス商会が半分をもってくれるため、オレへの負担は少ない。
 ……とはいえないが、これだけの規模の屋敷を維持するには必要な出費だろう。
 幸いなことに、昨日ミーナ嬢が帰る前にお付きの使用人からいくつかの書類を渡された。
 その中身は、アイディア料と月に支払われる特許使用量の一覧だった。
 なんと、以前ミーナ嬢との雑談で話した内容でいくつか特許を取ったそうだ。
 そして、すでに実践している買い取り改革のアイディア料も支払うという。
 売り上げが急上昇したとはいっていたが、まさかアイディア料を払ってくれるとは思っていなかった。
 しかもその金額はかなりのものだ。
 ぶっちゃけ、現在の資金が一気に倍になってしまっている。
 月々の特許で得られる額もそれなりのようだし、屋敷の維持や使用人への支払いなどはなんとかなりそうだ。

 雑談で話した内容だったし、本当なら支払う必要もなかったものだ。
 特許だって、オレ名義ではなく、ベテルニクス商会名義でとってしまえばオレに支払う必要はない。
 だが、そこで不義理を働くようなベテルニクス商会、いや、ミーナ嬢ではないのだ。
 まあ、勝手に人の名義を使っているのはこの際置いておこう。
 現状ではメリットしかないわけだし。

 オレへの個人的な想いなどはこの際置いておいて、さすがは支店長を務めるだけある。
 商人として尊敬すべき相手だ。
 オレは商人じゃないけど。

 使用人たちへの給金の心配も当分はしなくて済むが、すべてを特許料だけで賄うことは当然できない。
 拠点も手に入ったことだし、そろそろ本格的に動き始める時期だろう。
 結果が出るのはずっと先になるだろうが、それも織り込み済みだ。

 まずは、職業ギルドへ行ってとっとと無職を卒業しよう。

 顔合わせを済ませた使用人たちの中から、侍従ギルドからの推薦もあったベテランの方を執事長とメイド長として任命し、采配を奮ってもらうことにする。

 昨日のうちに一通りすべての部屋を細かく確認したが、特に問題があるものはないし、オレ自身私物がほとんどない。
 せいぜい着替え程度なので、洗濯などをしておくように指示を出すだけだ。
 あとは、任せておこう。
 使用人用の離れもあるので、そちらを整えたりする時間も必要だろうし。
 清掃業者が一応入ったはずだけど、使うのは彼らだからね。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 指示出しを終え、辻馬車を拾って職業ギルドへ赴く。
 本当はもっと早く来るはずだったが、思った以上に早く拠点も手に入ったし、ミーナ嬢の件もあったので仕方ない。

 職業ギルドは、その名と違って、就労者の管理をしているギルドではない。
 勘違いしやすい名前だが、行なっている業務は適正職の見極め及び、職業訓練である。

 適正職は、特殊なアーティファクトを使用して人間が本来持っている適正を見極めることができるらしい。
 適正職とは、才能が開花しやすい分野とでもいうべきもので、その職にしか就けないというわけではない。
 あくまで可能性がほかと比べて高いというだけで、絶対に成功する保証があるわけでもない。
 そのため、適正職の見極めを行うのは、特にこれといって就きたい職業があるわけでもない人たちだったり、失業して今度は失敗しないように適正職を知っておきたいものなどだ。

 オレの場合は、念の為、というやつだ。
 この世界には、地球にはない魔法や魔道具など、色々と面白いものがある。
 もし、オレにそういった適正があるのならば、チャレンジしてみるのもいいかもしれない。
 まあ、なくても別に困ることはないが。

 そういった理由で、職業ギルドで適正職を見極める人はあまり多くない。
 今もほとんど人がおらず、順番待ちなどなしで検査を行うことができた。

 検査は比較的簡単だ。
 アーティファクトが繋がっている水晶に両手を添えて待つだけ。
 あとは勝手に紙に適正職がプリントアウトされる。
 紙は質は悪いが植物紙だ。
 ここでも知識チートのひとつが無理だとわかってしまった。
 せめてパルプ紙あたりの知識があれば違ったのかもしれないが、残念ながらそれは知らない。

 ちょっとがっかりしつつも、プリントアウトされた結果を受け取る。
 そこ書かれていた内容は――

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