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006,積極的な

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 専門の掃除業者が作業を開始するのを確認して、報告も兼ねて支店を訪れた。
 だが、オレを発見した瞬間店員が店の中に走り込んでいったのにはちょっと驚いた。
 そのあとすぐに、入れ替わるようにベテラン店員さんが案内してくれたのだが。

 店内は、前回訪れたときと少し……いやだいぶ様子が変わっていた。
 前回は少ししかみていないから、記憶間違いかと思ったが、そうではないみたいだ。
 前回まで掲示されていなかった素材買い取りの値段表や、値段を読み上げる店員などが明らかに増えている。
 さらに、素材の損傷具合による値引きの一覧表も見やすいところに掲示されており、素材を売り込みにきた武装した集団や、商人たちが多数見上げている。

 ……確か、ミーナ嬢との雑談でオレが言ったことのような気がする。

 基本的に、商品に値札がないのが常識のこの世界。
 買い取りの場合でもそれは同様であり、ある程度相場を知っているのが前提となっている。
 さらには値切り交渉は当たり前なので、買い取り額などは交渉人次第になる。
 もちろん、そういったことが苦手な人間は買い叩かれるし、得意な人間は得をする。

 だが、交渉自体ある程度時間がかかるものだ。
 買い取り価格を一定にすることで、そういった時間を削減する。
 その結果、回転率が上がり、時間単位で買い取れる素材の量も増え、総合的に利益が上がる。
 買い叩かれていた人間も、一定の金額で買い取ってくれる店の方が損をしないため、こちらに持ち込んでくるようになる。
 交渉が得意な人間は離れるかもしれないが、この支店に迷宮の資源を売りに来るものは商人などは少ない。
 基本的に、迷宮へ毎日のように潜っている探索者、または冒険者と呼ばれる存在だ。
 そういったものたちは大半は、腕っぷしは強いがおつむはあまりよろしくない。
 交渉に強い人間なら商人になったほうが稼げるし、雇われるのもいい。
 つまり、実際は買い叩かれている人間の方が多いのだ。

 そんな話をした覚えがある。
 だが、まさかすぐに実践しているなど、誰が考えよう。
 前回支店を訪れたのはおよそ四日前。
 たった四日で、実験的とはとてもいえないような規模で改革が行われている。
 支店の八割の買い取り所が交渉不可の看板を掲げ、一定の値段での買い取り限定になっているのだ。
 いくらなんでもやりすぎだろう。

 だが、残りの二割では今まで通りのやり方をしているみたいなので、かなり広いこの支店ではうまくいっているようにもみえる。
 実際に、前回訪れたときは大混雑だった支店内は、綺麗に誘導用の紐が張られ、列がきちんと出来上がっている。
 誘導用の店員も多数置かれ、間違った列に並ばないようにしっかりと整理している。
 さらには最後尾の看板を掲げた店員もいる。

 ……雑談でちょっと喋ったことが、ここまで本格的に実行されているというのは、正直なところ気味が悪いなんてもんじゃない。

 やばいよ、ミーナ嬢。

「ソウジ様! ようこそいらっしゃいました! さあ、奥へどうぞ」
「え、あ、はい……。あ、あの、ミーナ様?」

 店内の変わりように呆然としていると、ミーナ嬢が女神もかくやといった笑顔で近づき、その豊満な胸にオレの腕を抱え込む。

「そんな様付けなんて他人行儀なことはよしてください。どうぞ、私のことはミーナ、と」
「い、いやですが……」

 奥に引き込まれるように連れていかれ、前回とは違った応接室に案内される。
 その間中、ミーナ嬢の双丘に挟まれた腕は大変幸せなことになっていたが、前回の反応と違いすぎて困惑しかない。
 確かに前回、最後の方はだいぶ打ち解けたと思ったけど、ここまでではない。

 案内された応接室は、甘い香りが充満する酷く私的なスペースのような感じだった。
 調度品も、質の良いものではあっても、客に対して誇示するようなものではないように思える。
 どちらかというと、個人の趣味に合わせた――

「み、ミーナ様。この部屋は……」
「ここは私の個人的な部屋です」
「なっ!? そ、それはいけません!」
「心配せずとも平気です。私ももう成人していつ婿をもらってもいい年ですから。あ、恋人はもちろんいませんよ」
「いや、あの、そういうことではなくですね」

 もたれかかってくるミーナ嬢をなんとか押し留めつつ、逃げ出すための算段を始める。
 さすがにこれは想定外すぎる。
 いくらお世話になったドルザール氏の娘さんとはいえ、いや、それは逆だ。
 お世話になった人の娘さんだからこそ、彼女の部屋でふたりきりというのはまずすぎる。
 それに、まだたった二回しか会ったことないでしょう!?

「私、これほどまでに殿方を想ったのは初めてなのです。ソウジ様から頂いたアイディア通りにやってみたところ、たった二日で売り上げが急上昇したのです。今までうちを敬遠していた探索者たちもたくさん訪れるようになって……。だから……」

 だんだんと声に艶の乗ってきたミーナ嬢の上気した吐息が頬に触れる。
 ……このままでは食われる!
 オレは日本に帰るんだ!

「みみみみ、ミーナ様! 大変申し訳ありませんが、緊急の用事を思い出してしまいました! 今日のところは失礼致します!」
「あん。ソウジ様……」
「このお詫びはいずれええええ!」
「きっとですよー!」

 心の中で警鐘がガンガン鳴り響いてしまったので、なりふり構わず逃走を選んでしまった。
 さすがにあまりにも失礼であり、女性に恥をかかせてしまったという罪悪感から、捨て台詞のような詫びの言葉が後方へと流れていく。
 ミーナ嬢の返答が、言質をとったときの商人のように生き生きとしていたのは聞き間違いであってほしかった。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ホテルへと逃げ戻ってから、ミーナ嬢へどうやって詫たらいいのか無い頭を必死に回転させて考えた。
 さすがに男としてアレはない。
 童貞だった学生の頃でもまだマシな対応ができただろう。

 いや、だが、あのときのミーナ嬢は、まるで自らの糸で獲物を雁字搦めにする蜘蛛のような恐ろしさがあった。
 絶対に逃がさない、そんな背筋も凍るような何かだ。
 だが、実際にはあっさりと逃げ帰ることができたし、オレの捨て台詞に喜色満面の声音で返答もしていた。

 しかし、それはそれ。
 女性に恥をかかせたことには変わりない。
 早急に誠意ある態度で謝罪をしなければ。

 それでも、先程のようなことになっては意味がない。
 食われるのはちょっと勘弁してほしい。
 こちらの世界にはなるべく柵は作りたくないのだ。
 今更かもしれないが、日本に帰る際の足かせは多くないほうがいい。

 お世話になるくらいならまだいい。
 しかし、体の関係やましてや子どもなどできた日には、日本に帰るに帰れなくなる。
 そういった、帰還への妨げになりかねないことは一切慎むべきだ。
 せめて、帰還の可能性がないとわかるまでは。

 ただやはり、それはそれ。
 お世話になった以上はこのままにはしておけない。
 何かいい手はないだろうか……。

      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 三日後、無事清掃業者から清掃完了の旨を受け、引っ越しが開始された。
 とはいっても、元々荷物なんてあってないようなもの。
 身一つで屋敷へ向かい、鍵を開ければ引っ越し完了だ。

 使用人たちに関しては、明後日に顔合わせとなっている。
 なぜ明後日なのか。

 それは、ミーナ嬢への謝罪として、手料理を振る舞うことにしたからだ。
 ただし、ふたりきりではなく、ここを紹介してくれた不動産屋も呼んである。
 食われるのは勘弁なので、その対策だ。
 苦肉の策ともいえる。

 作る料理に関しては、この世界にない料理にすることにした。
 彼女への謝罪なのだから、レシピ一式も進呈する。
 ベテルニクス商会は料理関連は扱っていないが、まったく新しい料理のレシピでもうまく扱ってくれるだろう。

 引っ越しまでの三日で、色んな料理店や通りに立ち並ぶ料理の露店をまわったが、どの店でもこの料理は売っていなかった。
 店主に雑談がてら聞いてみたが、そんな料理は聞いたこともないといっていた。
 もちろんそのあとで、レシピを聞かれたが、さすがに教えるわけがない。
 聞いただけでは作れないだろうし、聞き込みに関しては問題ない。

 材料も一式揃えて試してある。
 日本で食べたものと比べるとちょっと物足りないが、素人料理としてはうまくできただろう。
 竈なんかも魔道具で一般家庭で使われているものよりも高性能だったので、火加減の調節も簡単だった。
 おかげで、一定の温度を保つのも楽だった。

 これが一般家庭に普及している安物の魔道具だったら難しかったことだろう。
 何せ、オレは魔道具の扱いにまだ慣れてないからね。

 そんなわけで、先程ベテルニクス商会ラビリニシア支店に趣き、直接ミーナ嬢に招待状を手渡してきた。
 また引き込まれそうになったが、そこは男のプライドでなんとか引き込まれる前に用件を伝えることができた。

 そのときのミーナ嬢の嬉しそうな顔といったら……。
 気をしっかり持て、オレ……。

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