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003,ようこそ、迷宮都市ラビリニシアへ
しおりを挟む農業に関しても、堆肥などの肥料は当然のこととして、輪栽式農法も広まっており、簡単に技術介入できるようなものではない。
それこそ、専門家でもない限り無理だろう。
何よりも、オレは日本に帰りたい。
所持品の売却によってまとまった金もあるので、この世界で生きることよりも、そちらの情報を集めることのほうが重要だ。
異世界もののラノベは友人に好きなやつがいたので、いくつかお薦めを読んでいるので、内政チートとか若干憧れなかったわけではない。
だからこそ、帰還の手段を模索しながらも、オーナ嬢やドルザール氏に色々聞いていたのだ。
まあ、結果としてオレには内政チートは無理だとわかったのだが。
そんなわけで、ベテルニクス商会の支援もあり、オレは地球への帰還の可能性を掴むことができた。
もちろん、確実に帰れるというほどの情報でもない。
もしかしたら、という程度である。
だが、オレからしてみれば、その程度の可能性でも賭けてみる価値はある。
だからこそ、大商会として名だたるベテルニクス商会の勧誘を蹴ったのだ。
「あちらについたら、支店のほうに必ず顔を出してくれ。渡した紹介状を見せれば必ず便宜を図ってくれるだろう」
「ありがとうございます。必ず向かいます」
「うむ。しかし、本当にうちで働く気はないかね? 幹部待遇を約束するぞ?」
「お父様。もう何度目になると思っているのですか?」
「む。いや、だがな……」
本当に何度目になるかわからないドルザール氏の勧誘に苦笑を返すが、オーナ嬢がとりなしてくれたおかげで毎回険悪になるようなことはない。
今回もオーナ嬢のおかげで、明るい雰囲気のまま勧誘は終わってくれたようだ。
「近い内に私もそちらへ出向くと思いますので、そのときはお勧めの料理を御馳走致しますね」
「それは楽しみです。オーナ様には本当にお世話になってばかりで」
「いいのです。それに、前にもいいましたが、私のことは、オーナ、と気軽にお呼びください、ソウジ様」
「そうだぞ。遠慮することはない。ソウジ君のことは息子のように私も思っているのだ。いっそ本当に息子になるつもりはないかね?」
「いや、あの、あはは……」
毎日彼女たちの質問攻めを受け、それにひとつひとつ丁寧に答えていたのもあって、彼女たちとは名前で呼ばれるくらいには打ち解けることができた。
それに、社会人として当然のマナーや態度などが、どうもこの世界の商人たちには好意的に映るらしく、大層気に入られたような気がする。
今だってドルザール氏からはオーナ嬢を嫁にしないか、的なジョークが飛び出すほどだ。
さすがにどこの馬の骨とも知れない、それどころか自称異世界人という頭のおかしなことを言い続ける男に向けて、本気で言っていると思うほどオレの頭はお花畑ではない。
日本人お得意の、曖昧に笑って誤魔化すテクニックで流している。
ただ、ドルザール氏だけではなく、オーナ嬢からも呼び名を様付けから呼び捨てにしてくれとやんわりと頼まれているのが気になる。
いや、それだってオレを留まらせるための商人のテクニックのひとつだろう。
彼女たちとこの数日過ごし、伊達に大商会の会長とその娘ではないと、何度思ったことか。
「それでは名残惜しくはありますが、そろそろ転移の時間も迫っておりますので、これにて失礼させていただきます。本当に色々とありがとうございました」
「なに、気にすることはない。それに支店のほうにもたまにだが、顔を出すつもりだから、ここでお別れというわけではないさ」
「そうです。すぐ再会できますよ」
「そうですね。では、また」
彼らといるここは、主要な街にしか設置されていない転移施設だ。
転移のアーティファクトは、その名の通りに一瞬にして遠距離を移動できるもので、アーティファクトである。
その有用性から、発見されれば必ず国が買い上げ、主要な街に設置させているそうだ。
使用には莫大な魔力――魔道具を動かすエネルギーを必要とするため、使用料金がかなり高い。
だが、凶暴な原生生物が蔓延る危険な街道を何日も移動するのと比べれば、なんてことはない。
その料金もドルザール氏の好意で奢ってもらえたのだが。
ちなみに、ギテールの街の周囲を石の壁で囲っているのは、凶暴な原生生物から身を護るためだ。
地球の生物と違って、熊やライオンなんかよりももっと強く凶暴な生物が外には棲息している。
オーナ嬢が連れていた護衛たちはそういった生物を追い払い、ときには駆除するための部隊なのだそうな。
さすがに、主要な街にしか転移のアーティファクトは設置されていないため、ギテールの街の近場の村や街には街道を使うしかない。
大店の商会の娘のような立場の人間が、危険な外で行商を行うのには首を傾げざるを得ないが、ベテルニクス商会は行商部門に力を入れており、ベテルニクス家のものは行商の実績を積み重ねてこそ一人前とみなされるらしい。
オーナ嬢には、商人としての才覚があり、本人たっての希望で行商をしているのだそうだ。
ギテールの街の大商会の会長とその娘が見送りにきているということで、オレたちには結構な人が注目している。
転移の時間が迫っているのも本当のことだし、注目が集まりすぎて恥ずかしいのもあって、別れの挨拶をさっさと切り上げる。
転移の施設は、日本の役所のような形になっており、厳重に守られた部屋に転移のアーティファクトが設置されている。
バカ高い料金の割には順番待ちをしている人数は多く、やはり長距離を一瞬で移動できるというのは非常に有用なのだ。
もし、地球に転移のアーティファクトが存在していても、同じくらい、いやそれ以上に需要は高いだろう。
順番待ちといっても、整理券のような木札が配られているので、列ができているということはない。
転移のアーティファクトが設置されている部屋の前には、大きな看板を持った職員がおり、その看板に書かれた数字によって次の利用者がわかるようになっている。
ちなみに、数字はアラビア数字にしかみえない。
日本語で文字を書いても、英語で文字を書いても、この世界の人たちには問題なく通じてしまうのはここ数日で理解している。
言葉にしても文字にしても、なんとも謎な現象だが、いちから文字や言葉を覚えなくてもいいのは助かっている。
すぐにオレの順番がまわってきたので、職員に木札を渡して部屋へと案内される。
すぐに転移のアーティファクトが設置されている場所に行くわけではないようで、内部にはいくつもの部屋があり、待機室も兼ねているようだ。
転移のアーティファクトは、人間とその人が持てる分だけの荷物を運ぶことができる。
なので、禁制品などの持ち込みを防止するために、荷物検査と身体検査は厳重に行われる。
とはいえ、高い金を払っているので、無礼になるような検査は行われない。
オレに対しても、丁寧な検査が行われ、無事通過して待機室に進むことができた。
職員の話では、あと数分ほどで順番がまわってくるらしい。
初めての転移のため、かなり緊張していたが、職員がいうには皆そんなものらしい。
この世界でも転移のアーティファクトは貴重で、使用するには高い料金を払わなければいけないのだから、利用しないもののほうが圧倒的に多い。
一生涯で一度も利用しないものだっているのだ。
こちらの緊張を解そうと、色々教えてくれる職員に感謝しながら話を聞いていると、すぐに順番はまわってきた。
緊張も先程よりはマシになっており、職員に感謝の言葉を伝えてから転移の間へと移動する。
転移の間は、四方を石壁で覆われ、窓ひとつない部屋だった。
地面には魔法陣が刻まれており、これが転移のアーティファクトなのだそうだ。
魔法陣の表面には何かしらのコーティングがされているようで、魔法陣には直接触れることができないようになっている。
ガラスとはまた違うもののようだが、アクリルなんてないのは確認済みなので、材質はよくわからない。
ただ、十分に硬度があるようなので、何人も乗ってもびくともしないだろう。
これなら、もし仮に、魔法陣を破壊しようとしてもなかなか難しいのではないだろうか。そんなことしないけど。
部屋の隅には完全武装の兵士がいつでも動けるように待機しているし、不埒な輩が行動する前に無力化されるだろう。
「それでは、ミドー様。迷宮都市ラビリニシアへの転移の準備が整いました。転移後、お渡しした書類を職員へ預けてください。それでは、魔法陣の中央にお進みください。……では、転移開始」
職員の言葉に従って魔法陣の中央で待機すると、すぐに魔法陣全体が赤みがかり、一瞬のうちに景色が変化していた。
「書類をお預かり致します」
「あ、はい。これです。えっと、転移、終わったんですよね?」
「はい、終了しています。……書類に問題はありませんね。ようこそ、迷宮都市ラビリニシアへ」
ギテールの街の転移の間よりも少し広めの石造りの部屋には、あちら同様完全武装の兵士と職員が待機していた。
確かに一瞬で違う場所に移動している。
だが、どうにも転移したという実感が沸かない。
「お客様は初めての転移でいらっしゃますか?」
「あ、はい」
「では、実感が沸かないでしょう。ですが、外へ出てみればひと目で転移の素晴らしさを実感することができますよ」
なんともいえない顔をしていただろうオレに、手慣れたように職員が話しかけてくる。
そして、そのまま転移の間から外へ出ると、そこは確かに先程までいたギテールの街ではなかった。
ギテールの街とは比べ物にならないほどの人の量。
街は活気に溢れ、建物の高さも二階建て三階建ては当たり前のようだ。
ここは、迷宮都市。
地球への帰還の可能性があるかもしれない場所だ。
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