1 / 3
異世界で毒消し草売ってます。
しおりを挟む「はい、毒消し草」
私はいつものように懐から1束の草の束を取り出すと目の前で嘔吐物を撒き散らしながらのた打ち回っている人に差し出した。
「あがあああああありがあああってええええええ」
「御代は500ジェニーになります」
藁にも縋る物というタイトルがぴったりの顔と声で毒消し草を受け取った人はすぐに口に含むと咀嚼する時間も惜しいと一気に飲み込んだ。
効果は劇的。
見る見るうちに土気色だった顔に赤味が帯び、震えて暴れるばかりだった四肢はその動きを収める。
「た、助かったぜ……。まさかアバラドニニシの毒を浴びちまうとは……もう少し遅かったら俺はあの世行きだった……。
あ、あぁそうだったこれは代金だ。ありがとう」
「いいえ、お役に立てたのなら幸いです」
アバラドニニシの毒が何なのか知らないけれど私には特に問題もない。
私は毒消し草を売るだけだ。
懐から無限に出てくるこの草の束を売るだけ。
それが私。
それだけが私の生きがい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく歩けば太い木ばかりだった場所から草原に視界が切り替わった。
もうちょっと歩けば次の街が見えてくるはずだ。
でも視界に見えるのは草原ばかりではなかった。
いつものことだ。問題ない。
「くそ! アドル! アドル!」
「ヒック! アドルの腕が! 腕がぁ!」
「わかってる! わかってるけど……!」
気絶している男の腕は肩口からなくなっていて噴出すように血が溢れている。
その男に縋りつくように女性が泣き喚き、もう1人の男も絶望の表情をしている。
周りには緑の巨体にその体の半分近くもある棍棒がおちている。どうやら緑の巨体――オーガと戦闘をした結果のようだ。
尚も絶望の叫びを上げ続けている女性と奥歯が砕けそうなほどに歯を噛み締めて耐えている男の下へいつもの歩調で向かう。
手は懐に。
私の視界に映るものは大体似たようなものだ。
これも私に与えられた運命の1つ。
だから私の歩調はいつでも変わらない。
「はい、毒消し草」
「え……」
「どく……けし、そう?」
懐から出した草の束を女性の目の前に差し出すと2人はきょとんという顔で私の手を見つめる。
大体いつもこんな感じだ。問題ない。
「腕に押し付けるようにしてみてください」
「ど、毒消し草で治るわけないでしょ!?」
「……い、いやまて! これは……」
「なによ!? 何なのよ!? アドルが死にそうなのよ!? それなのに毒消し草がなんだっていうのよ!?」
ヒステリックに喚き散らす女性を押しのけ、私の手から壊れ物を扱うかのように草の束を受け取る男の表情は先ほどの絶望から驚愕の表情に変わる。
これもいつものことだ。問題ない。
「あ、あんた……こ、こんな……いいのか!?」
「御代は500ジェニーになります」
「わかった! 受け取ってくれ! 頼む!」
男が財布代わりの布袋を全部渡してくるのでその中から500ジェニー硬貨だけ貰うと残りを返そうとしたが、男はすぐに草の束を腕のなくなった男に押し付けている。
これもいつものことだ。問題ない。
邪魔をしてはいけないので袋を置いて私はいつもの歩調でゆっくりとその場を離れた。
少し離れたところで歓喜に彩られた男と、腕が生えた!? という女性の驚愕の声が響いてきたけど私の歩調は変わらない。いつものことだ。問題ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街に着く。
街の中でも私の歩調は変わりない。
人がたくさんいて色々な種族が混ざり合った混沌具合がこの世界のデフォルトだ。いつものことだ。問題ない。
「おい、聞いたか? 領主の娘の病がそろそろやばいらしいぞ」
「あぁ聞いたぜ。遠くの魔導師まで呼び寄せてたのになぁ」
「あぁ、残念だ」
たくさんすれ違う人々の隙間から色々な噂話が聞こえてくるが、その中から私は1つの噂話を選んだ。
次の販売先が決定した。いつものことだ。問題ない。
「ま、まて! 止まれ! とま! とまって! お願いだから!」
私の足に縋りついて泣き喚いているのは領主の館を守護する騎士の皆さんだ。
私が懐から出した草の束で斬りかかってくる剣を捌き、突いてくる槍を捌き、弾き飛ばそうとする盾を捌き、閉じようとする門を捌き、最後には肉の壁として立ちはだかったのを捌いたらこうなった。
いつものことだ。問題ない。
「お願いだから! お願いします! 止まって! 止まってくださいいぃっぃいい」
何人も縋りついて来る騎士の皆さんを引きずったままいつもの歩調でいつものように。
すぐにまた肉の壁が出来るけれど、草の束で捌く。捌く。捌く。
引きずる量が広い廊下いっぱいになる頃には目的の場所についたようだ。
「や、やめぐすえぐ、ほんとにやめでぐだざいいいいいそこはりょうじゅざまのむすめのリオーネさまのへやでずうううう」
鶏冠のついた兜をかぶって偉そうにしていた騎士の人が私の足に縋りつきながら顔を歪めて大泣きしているけれど、いつものことだ。問題ない。
扉には鍵がかかっていたけれど、草の束で一撫ですれば鍵はカチャリと音を立てて外れる。
中には悲壮な表情で武器を震える手で構えた侍女達がいるけれど、私の足に縋りつき泣いている騎士の皆さんをみた瞬間には全員が武器を取り落とし、腰が抜けたのか座り込んでしまった。
これもいつものことだ。問題ない。
「な、何者なんだ……き、君は……」
1人だけ腰が抜けていない壮年の男性が震える声で誰何してくる。
私の歩調は変わらない。
いつものように。
いつものように、歩み。彼の前に着くと懐から新しい草の束を取り出して差し出す。
「はい、毒消し草」
私の差し出す草の束を訳が分からないという表情で受け取った壮年の男性は草の束と私を何度も交互にみる。
いつものことだ。問題ない。
「飲ませる」
「……わ、わかった……」
一言だけ簡潔に説明すると、男性は喉を鳴らすほどの大きさで唾を飲み込み滴る汗を拭いもせずに震える手に握った草の束をベッドに横たわっている少女の口元に持っていった。
だが少女は自力で口を開くことも困難なようだ。
このままでは飲ませるのも難しいだろう。困った表情で振り返る男性。いつものことだ。問題ない。
「はい、毒消し草」
懐からまた新しい草の束を取り出すとそれを一瞬ですり潰して取り出した容器にいれると差し出す。
これなら飲めるだろう。
「あ、あぁ……ありがとう」
私が草の束をすり潰す様を口をあんぐりとあけて凝視していた男性だったが、差し出された容器を受け取り目は見開いたまま礼を口にする。
少女が草の束のすり潰しを飲んだあとは劇的だ。
顔色の悪かった少女の頬に赤味が差し、単発的だった呼吸も平常時のソレに戻る。
すぐにうっすらと瞼を開けた少女は定まらぬ視線を彷徨わせた後、横にいる男性に気づいた。
「おとう……さま……わた……し……?」
「ううおおあああありおおおおねえええええ」
ダムが決壊したように流れ出る涙。
縋りつくように、愛しく抱きしめる少女もまたその瞳には涙が光っていた。
用も終わったので呆然としている騎士の皆さんを足から引き剥がして館を後にする。
行きと違って誰も私の前に立ちはだかったりしない。いつものことだ。問題ない。
私の行く先はいつもこんな感じだ。
だから何も問題などない。
いつものように、いつもの如く、ただただ草の束を売る。
私は毒消し草売り。
いつもの歩調でいつものように、この毒された腐り落ちるだけの世界で私は今日も毒消し草を売る。
「あ、御代貰うの忘れた」
2
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!
のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、
ハサンと名を変えて異世界で
聖騎士として生きることを決める。
ここでの世界では
感謝の力が有効と知る。
魔王スマターを倒せ!
不動明王へと化身せよ!
聖騎士ハサン伝説の伝承!
略称は「しなおじ」!
年内書籍化予定!
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる