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33 王妃ヴェロニカ
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「先代王妃の、まあそうだったのですか!」
「はい。ヴェロニカ様と私は王立学院で同じクラスだったので、その縁で親しくさせていただいていました。そして卒業しても嫁ぎ先が決まらない私に、良かったら侍女にならないかと誘ってくださったのです」
義母は少し恥ずかしそうに言葉を続けた。義母は確か子爵家の四女だと聞いている。あまり裕福ではない貴族家系の三女や四女が、持参金を用意できずに嫁き遅れるのはさして珍しい話ではない。その中で比較的優秀で容姿の良い者が高貴な方の侍女になるというのも良くある話といえるだろう。
「ヴェロニカ様は銀色の髪に紫の瞳のそれは美しい方でした。学院時代はずっと首席でマナーも所作も完璧で……少し誤解されやすいところはありましたが、根はとても優しい方でした」
義母の話によれば、当時の王立学院には、義母と公爵令嬢ヴェロニカの他にも、当時は王太子だった国王リチャードや、当時は男爵令嬢だった側妃マリアもともに通っていたらしい。ヴェロニカはリチャードの奔放な振る舞いに対して苦言を呈することも多かったためか、リチャードはヴェロニカを疎ましがって、ピンクブロンドの男爵令嬢マリアを寵愛していたとのこと。
「学院時代に陛下が『できるものならヴェロニカなんかよりマリアを王妃にしたいんだ』と仰っているのを、私自身何度も耳にしたことがあります」
「まあ、それは不快な男ですわね! まるでリーンハルト様みたいですわ」
クローディアは思わず怒りの声を上げた。少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』には、兄ユージンが愛のない政略結婚で生まれたのに対し、主人公のリリアナは大恋愛の末に生まれた娘であることが好意的に語られているが、視点が違うと随分と印象が変わるものである。
「でしょう? 私も本当に腹が立って……」
言いかけてはっと息をのむ義母に、クローディアは「あくまでここだけの話ですわ」と微笑みかけた。
「そうですわね。ここだけの話ですものね」
「そうですとも。それでも結局ヴェロニカ様はその不快な男の正妃になられたのですよね」
「はい。当時はまだ先代の陛下が生きておられたので、陛下も好き勝手は出来なかったのです。ご寵愛のマリア様は側妃という形で落ちつきました」
そして数年後に王妃ヴェロニカが王子ユージンを、その半年後に側妃マリアが王女リリアナを出産した。国中が慶事に沸いたものの、さらにその一年後、まだ赤ん坊のリリアナが乳母によって誘拐されて行方知れずになり、側妃マリアは心労のあまり病に倒れて儚くなった。そう、そこまでは公知の事実である。問題は、そのあとだ。
「その後ヴェロニカ様が亡くなられた事情について、お義母様はなにかご存じですの?」
「それは……」
義母は困ったように視線をそらしてから、「まあ」と小さく声を上げた。
見ると大人同士の話に退屈したのか、ソフィアがこっくりこっくりと居眠りをしていた。
「申し訳ありません。この子ったらお姉様に会えるって興奮して、昨夜はなかなか寝付けなかったものですから」
「ふふ、はしゃぎつかれたのかもしれませんわね。このまま起こさずにお部屋まで運んであげましょう。サラ、従僕を呼んできてちょうだい」
クローディアが片隅に控えていた侍女に声をかけると、サラは「かしこまりました」と頷いて部屋を出て行った。そしてサロンにはクローディアと義母、そして眠るソフィアが残された。
義母はしばらく沈黙していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「クローディア様、これからお話しすることはけして口外しないと約束してくださいますか?」
「はい。お約束いたしますわ、お義母様」
「ヴェロニカ様が亡くなられたころ、私はすでにこちらに嫁いでいたので、詳しいことは分かりません。ただリリアナ殿下が誘拐されたときに、陛下はその黒幕がヴェロニカ様ではないかと疑っておられたようでした。お前が嫉妬に駆られてやらせたのではないかと、詰っているのを耳にしたことがあります」
「まあ、そんなひどい言いがかりを?」
「はい。むろんヴェロニカ様は否定しておられましたが、陛下はまるで耳を貸さないご様子で……。その数年後にヴェロニカ様が毒杯を賜ったと言うのが事実なら、数年たってヴェロニカ様が誘拐に関わった何らかの『証拠』が出てきたからかもしれません」
義母は痛みに耐えるような調子で言葉を続けた。
「ですがヴェロニカ様はけしてそんな方ではありません。あの方は、誰かに陥れられたのです」
「はい。ヴェロニカ様と私は王立学院で同じクラスだったので、その縁で親しくさせていただいていました。そして卒業しても嫁ぎ先が決まらない私に、良かったら侍女にならないかと誘ってくださったのです」
義母は少し恥ずかしそうに言葉を続けた。義母は確か子爵家の四女だと聞いている。あまり裕福ではない貴族家系の三女や四女が、持参金を用意できずに嫁き遅れるのはさして珍しい話ではない。その中で比較的優秀で容姿の良い者が高貴な方の侍女になるというのも良くある話といえるだろう。
「ヴェロニカ様は銀色の髪に紫の瞳のそれは美しい方でした。学院時代はずっと首席でマナーも所作も完璧で……少し誤解されやすいところはありましたが、根はとても優しい方でした」
義母の話によれば、当時の王立学院には、義母と公爵令嬢ヴェロニカの他にも、当時は王太子だった国王リチャードや、当時は男爵令嬢だった側妃マリアもともに通っていたらしい。ヴェロニカはリチャードの奔放な振る舞いに対して苦言を呈することも多かったためか、リチャードはヴェロニカを疎ましがって、ピンクブロンドの男爵令嬢マリアを寵愛していたとのこと。
「学院時代に陛下が『できるものならヴェロニカなんかよりマリアを王妃にしたいんだ』と仰っているのを、私自身何度も耳にしたことがあります」
「まあ、それは不快な男ですわね! まるでリーンハルト様みたいですわ」
クローディアは思わず怒りの声を上げた。少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』には、兄ユージンが愛のない政略結婚で生まれたのに対し、主人公のリリアナは大恋愛の末に生まれた娘であることが好意的に語られているが、視点が違うと随分と印象が変わるものである。
「でしょう? 私も本当に腹が立って……」
言いかけてはっと息をのむ義母に、クローディアは「あくまでここだけの話ですわ」と微笑みかけた。
「そうですわね。ここだけの話ですものね」
「そうですとも。それでも結局ヴェロニカ様はその不快な男の正妃になられたのですよね」
「はい。当時はまだ先代の陛下が生きておられたので、陛下も好き勝手は出来なかったのです。ご寵愛のマリア様は側妃という形で落ちつきました」
そして数年後に王妃ヴェロニカが王子ユージンを、その半年後に側妃マリアが王女リリアナを出産した。国中が慶事に沸いたものの、さらにその一年後、まだ赤ん坊のリリアナが乳母によって誘拐されて行方知れずになり、側妃マリアは心労のあまり病に倒れて儚くなった。そう、そこまでは公知の事実である。問題は、そのあとだ。
「その後ヴェロニカ様が亡くなられた事情について、お義母様はなにかご存じですの?」
「それは……」
義母は困ったように視線をそらしてから、「まあ」と小さく声を上げた。
見ると大人同士の話に退屈したのか、ソフィアがこっくりこっくりと居眠りをしていた。
「申し訳ありません。この子ったらお姉様に会えるって興奮して、昨夜はなかなか寝付けなかったものですから」
「ふふ、はしゃぎつかれたのかもしれませんわね。このまま起こさずにお部屋まで運んであげましょう。サラ、従僕を呼んできてちょうだい」
クローディアが片隅に控えていた侍女に声をかけると、サラは「かしこまりました」と頷いて部屋を出て行った。そしてサロンにはクローディアと義母、そして眠るソフィアが残された。
義母はしばらく沈黙していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「クローディア様、これからお話しすることはけして口外しないと約束してくださいますか?」
「はい。お約束いたしますわ、お義母様」
「ヴェロニカ様が亡くなられたころ、私はすでにこちらに嫁いでいたので、詳しいことは分かりません。ただリリアナ殿下が誘拐されたときに、陛下はその黒幕がヴェロニカ様ではないかと疑っておられたようでした。お前が嫉妬に駆られてやらせたのではないかと、詰っているのを耳にしたことがあります」
「まあ、そんなひどい言いがかりを?」
「はい。むろんヴェロニカ様は否定しておられましたが、陛下はまるで耳を貸さないご様子で……。その数年後にヴェロニカ様が毒杯を賜ったと言うのが事実なら、数年たってヴェロニカ様が誘拐に関わった何らかの『証拠』が出てきたからかもしれません」
義母は痛みに耐えるような調子で言葉を続けた。
「ですがヴェロニカ様はけしてそんな方ではありません。あの方は、誰かに陥れられたのです」
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