上 下
2 / 10

はりつく笑顔

しおりを挟む
「んー。いい香り!」

 暖かくなったと思ったら、もう、花が咲いて、お屋敷の庭には、たくさんの花が笑っている。
 ここで働く様になってから、2ヶ月が過ぎた。

 父親に「落とせ」と言われたこの屋敷の、御令息、レンヴラントというお方は、使用人たちの話でも、ずいぶんと優秀な人物らしい。

(まぁ、あんまり関係ないか)

 あの日から、数える程しか、レンヴラントを見ることはなかったので、レティセラは、あんまり気にとめずに、仕事をして過ごしていた。
 

「こうやって、丁寧に切ってやってくれよ? あぁ、あまり咲き過ぎてないやつ、がいいな。オレは用事あっから」
「こうですか?」

 パチンっ、とハサミで茎を切り、かごに入れる。

「そう、そう、その調子で頼むな!」

 お屋敷に飾る花を、庭師のおじさんにもらっていると、彼は用があると言って、わたしをその場に残していった。


 パチン、パチン。
 花を切っていた手をとめ、レティセラは垣根に目をむけた。

 話し声がする。

(なんだろう?)

 レティセラが、垣根からのぞきこんでみると、レンヴラントが女性と話していた。

「あなた! わたくしをその気にさせた癖に、婚約はしないって、どういう事なの?」

「どうも、こうも。あんた、おれが、その気だと思ってたのか? その匂いの強い香水。胸元の空いた服。それで、ひとんちまで押しかけてくる図々しさ。あばずれじゃないか?」

 ひどい言いようだった。

 修羅場だわ……

 これは、見られたくもないだろうし、これ以上見たくもなく、レティセラがそろっと離れようとすると、バチンっ、と音がして思わずかごを落としてしまった。
 バサっ!

(バレたわぁ)

「よくも……最低!!」

 わぁぁぁ、と女性は泣きながら走っていく。音で気づいたレンヴラントと目が合い、両手で口をおさえて目をそらした。

「お前、この間のメイドだな? ぬすみ見とはいい度胸だ」

 彼が怖い顔で、歩いて近づいてくる。

「ふっ」

 その顔を見て、レティセラは、我慢できずに吹き出してしまった。

「お前~~!」
「すみません!」

 だって、端正なお顔が腫れていて……
 もう一度吹き出さない様にこらえて、落ちてしまったかごをひろい、レティセラはにっこりと笑った。

「申し訳ありません、誰にも言いませんので!」
「あ、おいっ!」

 逃げるが勝ち。
 言葉だけをおく。レティセラは、走ってお屋敷の中に戻ってくると、大きく息をついた。

(あぁ、怖かった)

「どうしたの? そんなに息を切らして」

 同じメイドの1人に見られて、驚いたかおをされた。彼女の名前は、アネモネ。わたしと歳が近く、仲良くしてもらっている。

「レンヴラント様がいらっしゃって、びっくりしたの」
「レンヴラント様が?! いいわねぇ、きっと今日も素敵なのでしょうね」

 うん。顔はね。

 レティセラは、にっこりと頷いた。

「庭園にいらしたのね? わたしも見に行って来ようかしら?」

 うん? それは……

「やめた方がいいかも。すごく機嫌がわるかったみたい」
「そうなの? 残念だわ」
 
 そういうと、アネモネは残念そうに「昼の休憩にいこう」とレティセラを誘った。

「その前に、わたしはこれを飾ってこなくちゃ」
「うん、じゃあ、先行ってるわ」

 アネモネと別れて、階段したでレティセラが花を飾っているところ、後ろから声がした。

(げ……)

「そこのお前」
「はい、なんでしょうか? レンヴラント様」
「さっきはなんで逃げた?」

 レティセラは、笑って目を逸らし、やり過ごそうとした。

(あれ?)

「頬……」
「あんなのは、魔法でどうとでもなる。なんで逃げた?」

 レティセラはにじりよられると、しぜんに顔に笑顔が張りついた。

「逃げたのではありません」
「あれのどこが逃げてないんだ」

 うるさい男。なんでみんなこんなのがいいんだろ。

「わたしは、この花を早く飾らなくては行けませんでしたので」

 花を見て、レンヴラントにお辞儀をし、もう行こうとすると、彼に呼び止められた。

「お前、名前は?」
「レティセラと申します」
「目障りだ、さっさと行け」

(人を呼び止めておいて、コイツは……おっと我慢)

「申し訳ありません。すぐに」

 心の中で、殴り飛ばしたい気持ち、をいつもの調子でおさえこんで、にっこりと笑い、レティセラは、そそくさと休憩室に向かった。

               ※

「おい、アルバート」

 アルバートは、うちの執事をしている。

「何ヵ月か前に来たメイドで、レティセラって女はいるか?」
「ええ、ノートン家の御令嬢ですね」
「ノートン?」

(へぇ、ノートン家なんて、まだあったんだな)

 レティセラの実家であるノートン家は、財が尽きて落ちぶれた、と言うのは、レンヴラントも知っている話だった。

「御当主から、とても強く希望があり、オズヴァルド様も断れなかった様です」
「フンっ、目的はおれか」
「さぁ? どうでしょう。仕事態度はまじめで、おかしいところは、今のところ何ひとつ見当たりませんが」

 まあいい。
 そう言うつもりなら、少しいじってやるか。

「レンヴラント様、お気に触るのでしたら、彼女を送り返しましょうか?」
「いや、いい。どうせ、自分から帰ることになる」
「かしこまりました」

 椅子にすわり足を組む。
 金髪に近い髪をまとめ、張りついた笑顔を思い浮かべて、あの仮面を剥がしてやる、とレンヴラントは机においた1本の花を指ではじいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

処理中です...