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031◇工房での日々(7)
しおりを挟むいろいろと情報収集を続けてる。
俺が『前世』を過ごしていた「太陽系」とは異なる銀河にあると思われる、この恒星系の主星は『太陽』と呼ばれていた。
いちばんでっかい金貨と同じ名前だ。
俺がいま「今世」を過ごしている、「地球」に相当するこの惑星は『この世界』と呼ばれていた。残念ながら「おっぱい星」じゃなかったのだ(※そりゃそうだ)。
耳で音だけ拾うと「アアス」と聴こえる。『地球銅貨』と同じ発音だ。
俺には自前の脳みそと『前世の記憶』で構成されてる『脳内言語変換システム』みたいなものがあるけど、そこでは『この世界』という書式が固まってしまってる気がする。
多分、俺が目覚めて以来ずっと、頭の中でこの世界の事を「この世界」と呼んでいたせいだろう。
そして『この世界』は、前にミーヨがチラッと言ってたけど、圧倒的に「海」が広い「水の惑星」らしい。
で、『太陽』の周りを『この世界』が公転して、一周すると「一年」になるわけだけど……『この世界』には『地球』の「西暦」に当たるものが無かった。
毎年、一年の終わりに『神殿』のお偉いさんたちが、その年に名前を付けるらしいのだ。
「夏の荒々しい嵐の著しき一年」とか「とても寒い冬の厄災多き一年」とか……そんなんがミーヨが『日記帳』と呼ぶ文庫本サイズのメモ帳の後ろの方に、ずらーっと並んでいて、それと照合しながら「あの事件はこの年にあった」とか「自分はこの年に生まれた」とか回顧するらしい。
正直、めんどくさいし、分からない。
なので、俺はそれを華麗にスルーしている。
理解しようと努めても、無理なものは無理なのだ。
で、それは置いといて「一年」は大きく四分割されていて、それぞれが「四分」と呼ばれていた。
たぶん、英語の「四分の一」と同じ事だろう、と思う。「冬季」「春季」「夏季」「秋季」って感じで、「季節」がきちんとあるらしい。
でもって、「四分」が三分割されて『地球』の「一ヶ月」「月」にあたるのが『○○の日々』だそうな。
さらに『日々』を四分割した8日間が『地球』の「一週間」に相当する『巡り』と呼ばれる区切りになるらしい。
なお、『○○の日々』の、○○の部分には、卑猥で淫猥な言葉ではなく、「色の名前」が入る。
おそらくは何千年か前に地球から連れてこられたであろう、この惑星の……『この世界』の人々のご先祖は、長い長い時間をかけて天体を観測し、太陽の運行を観察して、一年間のあいだに訪れる「冬至」「春分」「夏至」「秋分」を見つけ出して、「冬至」のある「日々」の次の「日々」を、便宜的に「新年の最初の日々」と設定したらしい。
一月にあたるのが「白の日々」。たぶん雪の色かな? 寒そうだ。
二月が「銀の日々」。寒さ募って氷の色かもしれない。
三月が「土の日々」。雪が解けて地面が見えるからだと思う。
土の色ってそれぞれの土地土地で違うらしいので、決まった色じゃなくてただの「土」らしい。
四月が「萌えの日々」。
まるっきり違うことを想像してしまうけど、植物の芽や若葉の事らしい。
これも決まった色がないので、こう呼ばれている。
五月が「水の日々」。
これも色じゃねーだろ! といい加減突っ込みたくなる。
春の雪解け水のことらしい。それとも雨かな? とにかく水だってさ。
で、六月以降はざっくりと、青・深緑・クリーム色・黄色・赤・こげ茶・黒――だ。
ま、「クリーム色」って何だよ? って気がしないでもないけど、何故か俺の『脳内言語変換システム』ではそう訳されてる。
そして実はこれ、『この世界』でよく食べられている『虹色豆』の色の変化に対応している。
ミーヨは「収穫する時期によって、色がいろいろ変わるんだよ」と言ってたけど、実は逆で、『虹色豆』の色の変化に合わせて、それぞれの「日々」の名前が決まっているっぽい。
聞いたら『虹色豆』は、ず――っと大昔に『巫女』が『神様』にお願いしたら「冬至」にあたる日に授けられたものらしい。
なんか、こうガリガリの「遺伝子組み換え」とか「ゲノム編集」(同じか?)的な人造……イヤ、神造の植物っぽい。
そんで『巫女』つっても、日本の「巫女さん」とはかなり違うみたいだ。
ついでに言うと、「それきっかけ」で「冬至」の日は『神授祭』という祝日になっていて、今でも『巫女』がお願いすると、神様から何かしらのプレゼントが貰える……と信じられているらしい。
クリスマスとサンタクロースみたいな感じだろうか?
なんとなく、今から楽しみだ。
でも今は初夏で、それと真逆の「一年でいちばん昼の長い日」……「夏至」だ。
日没の時間って、実際には緯度によって違うはずだから、『女王国』って『地球』でいうと、どの辺にあるんだろう? という疑問も湧くけど……俺個人の力じゃ調べようもないしな。
それはそれとして「夏至」は『女王国』では、『絶対に働いてはいけない日』と呼ばれていて、祝日になっていた。
実は今日がそうで、『冶金の丘』全体が弛緩しきっていた。
なにしろ、一年に一度の『絶対に働いてはいけない日』なのだ。
だらけないといけないのだ。
こう、だら――んと。夏場の金○袋みたいに(笑)。
なんでそんなにだらけた休み方しないといけないのか? とスウさんに訊いたら、
「だって、一年でいちばん昼の長い日だから」
と雑な感じで言われた。
そして、そうか、つまり『地球』の「夏至」と同じかあ……と気付かされたのだった。
この『絶対に働いてはいけない日』は全ての店舗が休業するので、人々はその前日に食料品やお酒の買い出しに躍起になる。
俺とミーヨがお世話になっているスウさんのパン工房も、どえらい忙しさだった。
遊びに来たドロレスちゃんは、その様子を見て、手伝わされるのが嫌なのか、
「あたし、『神殿』に行ってきます」
と言って立ち去った。
彼女は、ちょくちょく『神殿』に行ってるようだ。よく知らないけど信仰心が篤いんだろう。
俺なんて、その『全知神』さまに一度殺害されて生き返ってるので、とても拝む気にはなれない。
ミーヨから『この世界』の「聖典」らしい『神行集』とか言う文庫本くらいの本を貰ったけど……まったく読めなかったしな。『俺』に成る前の「ジンくん」は、フツーに「読み書き」は出来た子だったそうだけど……その本はまったく読めなかった。ひょっとして生理的な拒絶反応かもしれない。
とにかく、誰もお手伝いがいないまま、普段は早朝と午後の2回しか焼かないのに、その日に限ってはまったく休む暇なく5回もパンを焼いた。
『絶対に働いてはいけない日』なんて逆にいらないし、迷惑だと思えるほどの、その前日の煩雑さだった。
そう言えば、日本の大晦日の風物詩「絶対に笑ってはいけないあの番組」。
もう観れないんだなあ……しみじみ。
◇
「あれ……ジンくん、どこ行くの?」
ミーヨがベッドに横になったまま、訊いてくる。
まだ、寝ぼけまなこだ。早朝なのに、起こしてしまった。
「今日なら人もいないだろうし、ちょっと行ってこようかと思って」
俺はベッドから下りて、立ち上がる。
「んー……塔に登りたいって、本気だったんだ? わたしも行きたいけど……ごめん、疲れてる」
「昨夜はタイヘンだったもんな。いいよ、寝てて」
仕事が忙しかったという意味だ。
「うん、お休み」
「お休み」
俺はそっと扉を開けて部屋を出る。
工房の二階の部屋をつなぐ廊下は、壁のない外通路になっていた。
通路の手すりの上に右足だけで立って、明るくなりかけてる東の空を見る。
『明星金貨』の名前の由来になってる「明けの明星」が金色に輝いてる。
惑星『この世界』よりも内側の、太陽に近い軌道を回ってる惑星だろう。『地球』から見える『金星』よりも大きくて眩しい気がする。
しばらく、朝焼けの空を眺めたあとで、俺は身につけていた『旅人のマントル』をすぐ下の裏庭に放り投げる。
そして、そこから全裸で投身した。
――自分でも奇行だと思う。
でも、無敵のバリアー『★不可侵の被膜☆』は、俺の皮膚でしか発動されないから、全裸になるしかないのだ。
目算で4mくらいの高さだったろう。下は石畳だった。
身体が地面に触れると、その瞬間に『★不可侵の被膜☆』が発動し、全ての衝撃がキャンセルされる。
自分としては、衝撃――運動エネルギーが被膜それ自体の硬度に転換されるような印象を抱いている。
着地した部分の石畳も、無傷だった。
自分の想像どおりなら、石畳に何らかのダメージがあるはずなのに、それがない。
(――やっぱり仕組みがよく分からないなぁ)
俺の身体は……普通だったら打ち身や骨折でのたうち回るような行為なのに、ぜんぜん痛くも痒くもなかった。
コケタッター!
別にコケてねーよ!
『地球』のニワトリそのものの「日の出鳥」が、人を小馬鹿にしたみたいに鳴いてやがるぜ。「コケコッコー」と鳴け。
――何日か前に、暇を見つけて、こっそり街を取り囲む『濠』を泳いで越えて、森に遊びに行ったことがある。
そこで「シャクレオオカミ」とかいう『ケモノ(この場合は化け物ではなく獣だ)』の一種と遭遇した。
森の中で子供の悲鳴を聞いたような気がして、駆けつけたら、放し飼いにされてた「日の出鳥」が襲われそうになってるとこだったので助けたのだ。ちなみにさっき俺を小馬鹿にしたヤツとは違う個体だ。
シャクレオオカミは、名前の通りに下顎が突き出てはいたけれど、それ以外はただの犬みたいだった。なので『★不可侵の被膜☆』の実験のつもりで、そいつの好きなようにさせた。
さんざん噛みつかれたり、爪を立てられたりしたけど――何ともなかった。
そいつは、俺を噛みちぎれないと悟って、諦めて帰っていった。
『ケモノ』は人類の敵認定されているので、きっちり倒すべきだったかもしれないけど、戦うまでもなく、森の奥に引き返して行ったので、追いかける気にもなれなかったのだ。
その後、工房に戻ってから、ミーヨに『★消臭☆』という珍しい魔法をかけられた。
帰りも水の中を泳いだから、大丈夫だと思ったけど……臭かったらしい。
確かに、バニラを濃くしたような甘ったるい匂いが鼻の奥に残っていた。
――そんな事を思い出しながら、俺は立ち上がって『旅人のマントル』を身に着ける。
今回は、この『全裸ダイブ』を、円形広場の真ん中にある『塔』の上部から行ってみようと思う。
平日なら、広場にはたくさんの人が居て、塔からの飛び降り実験なんて不可能なので、チャンスを狙っていたのだ。
ホントは右目の『光眼』に付加した「新機能」の「実験」が最優先だけど。「それ」はかなり危険なので、街中では無理だし、見晴らしのいい塔の上で思う存分やってみたいと思っていたのだ。
俺は、『旅人のマントル』をひるがえし、塔へと駈け出した。
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